第31話 おっさ(略 ですが生と死を見つめています
手をこまねいていてはいられない。次亜塩素酸と浄水器を作り始めないとな。持ってきた金属のパイプやらたるやらで浄水器を組み立てることにしないと。それと村民へ指示だ。
「ここの村でまだ動けるやついるか?」
集会場に詰めている男たちに声をかける。皆一様に暗い顔をしている。
「俺たちはまだなんとかな」
「想像通りだろうが、残念だが時間の問題だと思う。動けるうちに手伝ってほしいことがある。頼めるか」
「ああ。ところであんたは何でこんなところに来た?」
「国王の頼みでな。教会の聖水が間に合わないと聞いているんだが」
そうなんだよ、聖水ってのが何なのかよくわかってないが、とにかくそいつがあれば俺が出張る必要はなかったはずなんだよ。
「疫病ごとに聖水の聖別が行なわれているのだが、その聖別の儀式に支障が起きているらしい」
「なんだよそれ。何が問題なんだよ」
「聖水を作るには聖域からの術式を元に聖別を行う必要があるが、聖域からの術式が滞っているらしい」
ちょっと待て。聖域って、まさかと言うまでもなく擬似アストラル領域か?データセンターがトラブって業務に支障が出てんのか?それも俺のせいなのか?自業自得だが村人は被害者だな……。
「そうか。しかし俺は聖水なんてもんは作れないからな」
「えっ!?おい!それでどうやってこの村をなんとかするんだ?」
そりゃ不安にもなるだろうなそう言われると。しかしウソをついて誤魔化しても仕方ない。俺は、俺のできることをする。
「聖水は作れないが、別のものなら作れる」
「?」
「経口補水液と次亜塩素酸」
「経口補水液?なんだそれは?」
「なんで人は今流行ってる疾病で死ぬ?」
「えっ」
そりゃそういう反応になるだろうな、教会の連中、考えさせることすらさせなかったんだから。それでは教会におんぶにだっこで、挙句にこの惨状だろ?人は、自らの足で立たないといけないんじゃないか?
「人は、疾病自体が産生する毒素に抵抗しきれなければ死ぬ。しかし、抵抗し切れれば死なない」
「どういうことだ?」
「疾病は充分増殖できれば人間から出て行く。出て行きさえして体内の抵抗する力がウィルスを排除し切れれば生き延びられる」
「体内に抵抗する力なんてあるのか」
「なかったらとっくに人間は滅んでいる。とはいえこの疾病、出て行く際に大量に水と塩分や微量の成分を奪って行く。それを補う必要がある」
「それで、どうしたらいい?」
「きれいな水を作るぞ。気休めだがマスクも用意した」
持ってきた活性炭などでフィルターを作りはじめている。村人たちには石油化学の成果物のビニール様のシートを渡して、排泄物の処理場を作ってもらっている。そこや周囲には後で次亜塩素酸をぶち込む。次亜塩素酸による消毒もあちこちで行わないといかんな。救援が来るのを待って更に作業を進めたいが……。
クリスが思いついた救援は、ノーライフロード率いるアンデッドたちである。アンデッドにウィルスは無力だろ、残念だったなクソ雑魚疫病さんよ。しかし何かあるごとにあいつに頼っている気はするので、そのうち何かお礼をしないとな。俺が死んだ後あいつに、俺の身体を献体するように遺書書いとこう。あいつも研究が進んで嬉しかろう。
フィルターを作りつつ、煮沸できる窯も用意しはじめる。村長と相談し、煮沸のための燃料として薪を提供してもらうことにした。村ごと焼くくらいなら薪の方がマシだろう。幸いなことに貝殻とかも入手できそうなので、次亜塩素酸の材料も問題ない。比較的海が近いのは不幸中の幸いだった。
「あとはいつまで持つかな」
マスクはしているが、ノロのような微小なウィルスを完全に防げるようなものは用意できなかった。そうなるといずれ俺も感染することになる。野口英世のこと全く馬鹿にできねぇよ。
怪訝な顔をしている村人たちを横目に、次亜塩素酸作成の準備をはじめる。次亜塩素酸というとなんだそれはという感じだが、要は現在地球の多くの家庭に存在するキッチンハ〇ターとかそのへんの主成分の1つだ(あとは界面活性剤など)。濃い塩水を電気分解して作るのが手っ取り早かろう。
「先生なんだよこの臭いのは!?」
村人たちが次亜塩素酸の臭いに閉口しているようだ。刺激臭が半端ないからな。
「人間ですらこれだ、微小な疾病には致命傷だろうよ」
そう言ってニヤリと笑う。マスクの下なのでわからないだろうが。
「しかし教会の聖水はこんな臭いしないぞ」
「そりゃ仕組が違うからな。こちとらあるものでなんとかしようとしてるんだ」
「先生の言うとおり残りも何人か倒れはじめた。このままじゃ……」
「救援は来るからな。待っててくれ。悪い、俺も時間の問題だ。ミスった」
「どう言うことだ?」
「可能性として微小なウィルスも考えていたんだ。にもかかわらず、用意を怠った」
本当に村人たちにもクリスにもノーライフロードにも申し訳が立たない。なんでこんな初歩的なミスを犯したのか。もっともそれ言い出したら魔王城核爆破したのが最大のミスなんだよな。アランかクリスに聖剣と聖霊わたして魔王倒してもらえばよかったってことになる。聖霊も聖剣も発見するのに、時間は相当にかかっただろうけど。……その場合、魔王軍に何人殺されたんだろうな。
そんなことを少しだけおもいつつも、村人たちに次亜塩素酸ナトリウムであちこち消毒してもらいつつ、経口補水液の量産体制を整え始める。経口補水液用の浄水器も組み上げられ、水を流し始めている。とりあえずいけるか?地球ならもっとどうにでもなっただろう、というより俺が出張るまでもないんだよな。そんなことを思いながら経口補水液の味見をする。
……不味い。よし、これでいい。
経口補水液の場合アク〇リアスのようなスポーツドリンクと異なり、塩分濃度が非常に高い(浸透圧的にはどちらも体内と同等だが、塩分濃度は異なる)。塩分濃度が高いのにおいしく感じられるとすると、塩分不足が進行している可能性が高い。つまりまだ俺は大丈夫ということか。よし、あとは村人たちに経口補水液をまわさないと。そう思って経口補水液の試作品を持ち出し、外に出た時だ。見知った声が聞こえてきた。
「遅くなりました!」
「えっ!?」
馬車からクリスが声をかけてきた。もう行ってきたのか!まだ2日経ってないぞ!全然遅くねぇよ無理すんなよ!疲れた顔ではあるが笑顔を見せてくれたクリスにそう思った。
『我々も来たぞ』
ノーライフロード率いるアンデッド部隊も来てくれたか!力強い援軍だ!絶対にウィルスには倒せなかろう。
「来てくれたのか!ありがたい!」
『気にするな。デュランの頼みとあらば聞かざるを得ない。しかし、あの疫病となると、聖水なしでやれるのか?』
「そうですよ、教会も聖水の準備は進めていると王国から連絡がありました」
「でも、間に合わないだろ」
「はい。あと5日はかかります」
『……相当死ぬなこのままだと』
そんなことはさせん。全員助ける、なんて虫のいいことは言わないが助けられるものは一人でも多く助けるぞ!
「ところでノーライフロード、アンデッドで知能のあるやつらは連れてきてくれているか」
『主なメンバーは人間並みの知性があるぞ』
「よし、んじゃ、これつけてクリスを手伝ってくれ」
そういうと俺はマスクをアンデッドたちに手渡す。さらに眼鏡もわたす。
『別に要らないのでは』
「いやお前考えてみろ、アンデッドが看護しにきたら死神が来たと思うだろ普通」
『……確かにアンデッドに看護されるの嫌だな』
「お前が言うなよグラント」
聖剣の冷たいツッコミを聞き流しつつ、ノーライフロードたちがマスクと眼鏡を着用し始める。これまでにない戦いの始まりである。
病室になっている建物(集会場)には、苦しんでいる村人たちが並んで寝かされている。症状を見ながら経口補水液を飲ませたり、トイレに運んで行ったりする。村人たちは看護しているのがアンデッドだとは思っていないようで、先生たちありがとうございますなどとお礼の言葉をかけてくれている。持ってきた毛布や布も使い切っている。
『王国からの伝令です。封鎖、完了しているとのことです。次亜塩素酸による消毒もすすめているそうです』
アンデッドの魔術師が王国からの連絡を伝えてくれた。よし、ここまではなんとかなっているな。村の周りを遠巻きに兵士たちが封鎖している。外側と内側で消毒も行っている。感染拡大は抑えられるか。
「ロメリオ商会からの布の手配はどうなっている?」
『一両日中には到着するとのことです』
「わかった。あとで王国に請求してもらってくれ」
毛布とかも足りなくなりそうだ。子供たちがうめき声をあげている。まずいな。下血も始まったようだ。
「経口補水液ってのに、ポーション混ぜて飲ませるのはダメですか?」
「必要な毒素の排出まで止まる可能性がある。本当に危険な患者だけにしたほうがいいと思う」
クリスもどんどん提案を出してくれて、すっかり助手としての働きが板についているなぁ。残念ながらこの世界に学術的なポストってあんまりなさそうではあるが。危険域に達している子供たちに、経口補水液とポーションを濃度調整したものをクリスが飲ませ始めている。なんとか持ちこたえてくれ。
……不意に、寒気がした。吐き気も始まりやがった。本格的に野口英世じゃねぇか。
「クリス」
「えっと、どうしました?」
「俺も発症した可能性が高い。ひとまず指示通り進めてくれ」
「そんな!」
「……やれるな?」
「……はい!」
クリスが子供を抱きかかえてお手洗いに連れて行くのを確認して、俺はノーライフロードを呼んだ。
「……世話になったな」
『おい、まさか』
「死ぬとは限らんが、これを渡しとく」
『なんだこれは』
「遺書だ」
『クリスに渡せばよかろう』
「それはお前宛だ。もし俺が逝っちまったら、研究材料に身体使ってくれ」
『……いいのか』
「いいに決まってるだろ。お前からは俺と同じ匂いがする」
ノーライフロードがふきだした。そんなひどいこと言ったか俺。
『ハハハ……でもな。まだ先にしておけ。クリスを助けるんだろ』
「最悪アンデッドになっても研究するさ」
『……わかった。でも、私が言うのもなんだが、まだ死ぬな』
「努力はする」
こうなってしまっては、村人たちの状態を見る限りまともには動けないだろう。毛布にくるまり、寒気に耐える。きっついなこれ。ノロ以上じゃね?人体実験できてうれしかろうといわれそうだが、さすがにこれは厳しい。まだ歩けるので吐いたり出し切ることにする。うぇ……くっそ気持ち悪い。吐いても吐いても吐き足りない。ドラゴンブレスのごとく吐き気がこみ上げる。そうだ、ドラゴンに村の周囲焼いてもらおう。
「おぅ、クリス」
「なんですか?」
バリアを展開し続け疲労しているクリスにさらに頼むのも厳しいが、ほかに頼める相手もいない。
「村の周囲を、ドラゴンに焼いてもらいたいんだ」
「村を焼くんですか!?」
「村は焼かない。あくまで周囲の消毒だ」
「わかりました!『どーらーごーんさーん……』」
相変わらずまだ間延びしてるな。俺は苦笑しかできない。クリスって何でもできすぎて怖いんだけど、こういうところがあるとちょっとほっとする。
「大変だ!先生!……ロペス爺さんの体調が急変して!」
「くっ……クリス、ポーションは?」
「もう試してます……」
……打つ手がない。高齢で体力がないのか、もう持たなそうだ。這うようにしてロペス爺さんのところに向かう。手が震えている。唇の色が薄い。脈まで弱ってやがる。もう……
「……先生、わしは……」
なんもいえねぇ。これではもう、持たないのは目に見えている。万策尽きたか。……想定はしていたがつらいな。
『ヒラガ、あとは私に任せろ』
「グラント、お前に何かできるのか」
『私に考えがある』
聖剣とノーライフロードが何やら小声でつぶやいているが、俺はもう立っているのも限界だ。
「すまない」
それだけ言うと俺は這うようにその場を離れる。あの場で倒れたらさすがに爺さん死んじまうわショックで。それだけは避けたい。あかん、歩くのもつらい。なんとか自室に戻り経口補水液をのむ。むっちゃ美味い。しゃれになってない。しかしすぐ吐き気がこみ上げる。下血が始まったらポーションも飲むか。あとは鉄剤も持ってこないと……。そんなことを考えながら俺は意識を失った。
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