第17話 おっさんマ(略 ですが比較ゲノム解析にはマシンパワーは不可欠です
アンデッドの親玉を倒した俺たちは、ノーライフロードと国王から報償を貰えることになったわけだ。皆の衆は良かったじゃないか。俺もようやく仕事に戻れる……っと、待てよ。いいことを思いついたぞ。
「そうだアラン」
「何だ」
「まずは今回も助かった。お前たちいなかったらあいつの討伐はきつかったと思う」
「……お前がそうやって褒める時ってロクなことがないんだけど」
「そう言ってくれるな、頼みがちょっとあるだけだ」
不審な目で俺のことを見つめるアラン。だがこれはアランにしか頼めないことだ。
「……クリスの烙印の件で」
「ちょっと待て。俺にあの子を何か助けられることなんてないぞ」
「それがあると言ったら?」
「……あるのか?」
「もちろん、それだけでは助けられるわけじゃないぞ。だがな、大きく前進する」
理由はわからないけどアランはクリスのことを気にかけているようだし、なんならアランにならクリスのことは任せられると俺は思う。
「……そうか」
「ああ。力を貸してくれるか?」
「あの子のためならな」
「頼みというのは他でもない。お前を(分子生物学的に)隅から隅まで調べさせて欲しい」
「お、おう?」
アランのこめかみの辺りがなんかピクピクしている。唇も引きつっている。
「心配はいらん、痛いこととかはないから」
「ならいいんだが」
「(ゲノムレベルで)丸裸にして調べあげるだけだから」
「勘弁してくれ!」
「既に(ゲノムレベルで)調べあげたクリスと比較してみる」
「おい、ちょっと待て」
「なんだ」
「お前まさかクリスにも同じことをしたんじゃないだろうな?」
アランの表情が険しくなる。怒られるようなことをしたか俺?したような気もするが。
「したが、必要なことだ」
「……必要なんだな?」
「ああ」
「よし、わかった。そこまでいうなら仕方ない。本当にクリスの為になるんだな?」
「二言はない。なる」
「ならいい。ちょっとテリオスたちに断り入れてくる」
かくして俺とアランはクリスとともに研究所に戻った。さて、早速遺伝子をだな……っておい、アラン何脱いでんだお前。ちょっと待て上はともかく下はヤバい!
「おいアラン何脱いでんだ!」
「何脱ぐって、丸裸にして調べ上げるってお前が言ったんだろうが!」
「脱ぐ必要ないから!服着ろって!!」
「なら誤解を与えるような表現するんじゃねぇよ!」
……なんかこのやり取り以前にもした気がするな。兄妹か!アランもクリスも!アランがズボンを履こうとしている時に、クリスが部屋に入ってきた。
「……アランさん、何をしているんですか……」
「えっ?え?ご!誤解だクリス!」
なんかクリスの顔がえらい怖いことになっているが、どういう誤解だよアラン。
「誤解も何もないじゃないですか!いかがわしいことしようとしてたんですよね!」
「するわけないだろ!」
え?何言ってるんだクリス?ひょっとして勘違いしてるの?思い込み激しすぎだろ!
「あー、クリス。前にクリスのこと調べさせてもらったことあるだろ。アレと同じことをアランにもしようと思ってな」
「えっと……あー……ヒロシ、ひょっとしなくても同じ説明したんですか?」
「同じことをするんだから当たり前だろ」
「同じ誤解生んでどうするんですかぁ!少しは学習してください!」
怒られた。どうやら俺は何かを間違っていたんだろうか?男だし別にいいだろと思ったのだが……。
「ひょっとしてクリスも同じ説明を受けたのか?」
「はい。ああ言われたら脱ぐ必要あるのかと思いますよね」
「思うよな。脱いだのか」
「……ちょっと」
「やはり討伐対象だな」
「……はい」
おい、アラン、刃物は人に向けちゃいけないと思うんだが。上半身裸だし。服着ろよ。そしてクリスさん、何か詠唱ですよねそれ。二人とも怒ってらっしゃる?ちょっと待ってみようか。
「待て待て。確かに俺が悪かった。そこは謝る。謝るが、アランも調べるのは必須なんだ。烙印を調べるのに」
「……調べるのに?」
アランが刃物を下ろしてくれた。服も着はじめてくれた。危ない危ない。クリスも詠唱を破棄してくれたようだ。一命をとりとめたか。
「クリスってどうやって造られたかを考えるとだ、卵細胞に何らかの形で勇者の資質の遺伝子を導入したと考えられる」
「ちょっとよくわからないが……」
「そこでだ。元々勇者の資質の遺伝子そのものを持ってるアランのゲノムと比較してやって相同な領域を探す」
「相同な領域……」
「その相同な領域の前後にある配列で相同なモノを捜してやる。おそらくそれが、烙印だ」
「悪い、俺の頭が悪いのかついていけていない」
「つまりアランさんの遺伝子を目印に、私の烙印を探すってことですか?」
すまんアラン、多分頭が悪いわけじゃない。俺の説明か知識が足りてないと思う。クリスは多少は把握してくれているようだ。
「まずな、人間の身体は全て細胞からできている。その中には個人のいろんな性質を決める情報を含んだ、遺伝子というものがある」
「……知らなかったな……」
「そのくらいは知っているかと思ったが、この時代の教育水準は酷いな」
聖剣のいうことももっともだ。過去には遺伝子を組み替え、個体すら調整できた世界で、遺伝子の知識すらないってのは恐ろしいレベルの教育の衰退だ。
「クリスを造ったヤツはおそらくアランからその情報を複製したんだ。アルコールと界面活性剤、石鹸みたいなヤツだ、があればDNAは採取できるし、量の不足自体はPCRでも使えりゃ髪の毛一本で足りる。単分子シーケンサー使って少量から取る手もある」
「途中から何を言ってるのかわからんが、しかしいつの間に……」
「ベッドから髪の毛でも採取すればいいしな。メイドでもに銀貨握らせて髪の毛とらせればすぐだ」
「組み替え方についてまではまだわからんがな。俺がいた世界だとトランスポゾンという、『動く遺伝子』と呼ばれている塩基配列、ある生物から別の生物に遺伝子を移動させる存在が知られていた」
クリスが手をあげた。学校みたいだ。質問には答えるよ。なんだろ。
「どうした?クリス?」
「えっと、……ひょっとして、自然に遺伝子組み替えが起こるって事ですか!?」
「起こることはある。多くの場合は病原体、ウィルスという小さな生物と非生物の間の存在と人間などや、微生物と人間などで起きてるが、ダニが恐竜っていう、ドラゴンみたいなヤツから遺伝子取り込んだ事例も知られている」
「ええええええぇぇぇぇっ!?」
「クリス、そんなに驚くようなことなのか?」
「そうですよアランさん!では烙印って……」
「さすがにトランスポゾンそのものではなだろうけど、何らかの理由で遺伝子組み替えだと意図的にわかるようにしたんだと思う。俺のいた世界では、ゲノム編集っていう方法では遺伝子組み替えの痕跡残さないようにできるのは知られていたから、逆に敢えて目印にしているようだな」
「そんなの要らないんじゃないか?」
「技術的に古代のモノを使ったせいで、そこまでやれなかったんだろうな。あるいはワザとか」
聖剣の意見が正しいとして、後者なら最悪だな。そのせいでクリスが迫害され、俺も苦労してるんだから。
「話は変わるが、勇者の資質が共通だとすると、アランとクリスは遺伝学的には兄妹みたいなもんだと思う」
「妹……どおりで……」
「どうした、アラン?」
「イヤな、クリスって結構かわいいとは思うんだよ」
「ちょ!ちょっと!アランさん!?」
クリスが真っ赤になって騒いでいる。相変わらず褒められるのに弱いね。
「でもな、なんていうかじゃあ付き合いたいかといわれると、烙印とか関係なくなんかイヤな気がしたんだ」
「そりゃそうだろうな。遺伝学的に近いんなら忌避する可能性も高いだろう。そこまで思うなら、HLA型まで近いかもしれんな」
聖剣のいうとおり、よほどの変態でない限り、血の繋がった兄妹で付き合いたいとか思わないだろ。
「嫌いってわけじゃないんだけどな。むしろクリスには幸せになってもらいたいしそのためなら手は貸すぞ。その話が本当なら、妹みたいなもんだからな。パーティのこともあるからあまり積極的にはムリだけど」
「わかった。よろしく頼む」
「お願いしますね」
確かに髪の毛も同じ色だし、顔もちょい似てるから、アランとクリスが並ぶと兄妹みたいだとは思っていた。クリスもだけど、アランもいいヤツだ。
「それで、服は脱がなくていいとしてどうるんだ?」
「血液ちょっとくれ。その中にも遺伝情報入ってる」
「よかったぞ。全裸とかキツいなと思ってたんだ」
「全くです」
「実は遺伝情報調べるの、俺のいた世界では全裸以上にヤバいんだけどな」
「全裸以上にヤバいものなんてあるのか……」
「無論必要に応じて本人たちに了承は取ってる。サインなども貰っている。そういうものが必要ということはだ」
「なるほど。そこまで規制されているのか」
アランも頭が回るので助かる。前のパーティからは、アランがいなかったらとっくに追い出されていたはずだ。アランも板挟みだったんだろうな。クリスがもっと早くいてくれたら……それでも仲間が足りないか。
さて、アランは元のパーティに帰っていった。彼の血液からゲノム配列のデータは大量に出てくるのはいいけど……配列解析しないと……って待てよ。
「フルゲノムの比較だな。流石に時間かかるだろうが。単分子シーケンサーだから長い配列だし」
聖剣に言われて気がついた。くそ、次世代シーケンサーのデータに慣れすぎだろ俺。おまけにだ。
「解析用のプログラム、ひょっとして自分で組むのか?しかも低水準から」
アセンブリとかから組まないといけないのか?しかしプログラム書かないと解析なんて終わらんぞこれ……
「エクソン領域とか保存されてますように……」
思わず何にともなく祈りを捧げてしまう。仕方ないだろこれ。とりあえず単純な文字列を比較するプログラムを聖剣とあーだこーだいいながら書く。ここまで1週間がすぎた。途中で働きすぎをクリスに怒られて、強制的に休まされながらも、配列の比較ができるようになった。ちょっとずつ配列を読み始めて気が付く。遅い。遅すぎる。マルチスレッドとかないんかい。あるのは小型の情報処理機器だけ。20世紀に戻った気分だ。
「ここって高性能なサーバとかないだろ」
「何が言いたい?」
「今出てきた2000本分のヒトのフルゲノム、マージするのにどのくらいかかる」
「……結構かかるぞ。少なくみて数か月のオーダーだ」
おい!どんだけへぼいんだよここの環境!聖剣がとうとうブチ切れた。
「情報処理のメインを担うアッシュが存在しないんだぞ!こんなことになるなんて状況想像できるか!」
「アッシュとやらはどこにあるんだよ」
「わからん」
しかしこのままじゃ配列を比較することもままならん。A〇Sとかクラウドで構築なんてこともできず、さらにSI屋もサーバ屋もいないこの世界は残酷だ。 金貨なら1000枚はあんだよ。金パウァーで解決したいがそれも不可能か。
「
「確かに。現実問題これ以上ちんたらやってたくないな。わかった。探しに行こう」
「だからお前たち、順番がおかしいって」
聖剣に言われるまでもないが、本来の順序は聖霊を探す→聖剣を入手する→魔王を倒すだったはずだ。魔王爆殺→聖剣入手→聖霊捜索なんて誰も考えていなかっただろう。……そもそも論だが、誰が聖剣、聖霊、魔王を生み出したんだろうか。
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