異修羅外伝 第十六の修羅

珪素

もちもちのアヤキ その1

 アヤキの だいぼうけん



 ――ふしぎな生きもの、レネモンのくらす、ここはレネモンワールド。


 きのうまでの雨はあがって、空はあおぞら、おひさまぽかぽかの、とってもいいようき。

 広いはらっぱの真ん中にある、きれいな赤い屋根とえんとつがじまんの小さな家が、ヒナコちゃんのおうちです。


 ヒナコちゃんのおうちの中を見てみましょう。

 ……おや? 家の中には、もっと小さな木の小屋がありますね。


 表札を見てみましょう……『Ayaki's House』ですって!


「アヤーッ!」


 小屋の中からひょっこり顔を出したのは、まっしろで、短くて、つるんとした、ヘビみたいなふしぎな生きもの。

 ヒナコちゃんの一番のともだち、レネモンのアヤキです。

 おはよう、アヤキ!


「アヤ、アヤ」


 短い体を、しゃくとりむしのようにしてゆっくり進みます。

 外でせんたくものを干していたヒナコちゃんも、アヤキにきづいたみたいね。


「アヤキ、おはよう!」

「アヤヤ!」


 パタパタとへやに入って、大きな手でアヤキをだきかかえてくれます。

 (ヒナコちゃんは、アヤキとくらべてとっても大きいので、両手や足もとだけしか画面にうつりません。そういうものなのです)


「いっしょに朝ごはんにしようね」

「アヤ!」


 そうして、アヤキを小さな車イスにすっぽりと乗せてくれました。

 アヤキの進みたいほうにひとりでに動いてくれる、ふしぎなのりものです。


「アヤーッ」


 そのままではゆっくり、のんびりなアヤキでも、このすぐれものの車イスがあれば自由におさんぽできます。

 この車イスも、アヤキの大事なおともだちなのね。


 いっしょにリビングにむかって、車イスからピョンとおりてごはんを待ちます。

 朝ごはんは、ヨーグルトをよくといてお皿に入れて、上にイチゴをひとつぶ。

 ヒナコちゃんは、アヤキのごはんをつくったあとで自分のごはんをつくります。


「アヤ! アヤ!」


 アヤキはぴょんぴょんはねて、しっぽをふって待っています。

 おちついて待ってなきゃだめよ?


「おまたせ、アヤキ。じゃあ、いただきまーす」

「アヤヤーッ」


 ヒナコちゃんがごはんを食べ終わるまでに、アヤキはヨーグルトをペロペロとなめて、お皿まできれいにしてしまいます。さいごのおたのしみは、上に乗っているイチゴです。

 アヤキ、おいしかった?


「アーヤ!」


 朝ごはんの後には、ヒナコちゃんは小さなチョコレートをくれます。

 アヤキの大こうぶつのおやつです!


「アヤッター!」

「あはは。もう、そんなはねないでったら」


 おなかがいっぱいになったら、アヤキの一日がはじまります。

 家の日あたりのいいところでひなたぼっこをしたり、べんきょうしているヒナコちゃんに遊んでもらったり……。

 お天気のいい日には、ひとりでおさんぽにだって出かけます。


「アヤヤ!」

「アヤキ、レネモンこうえんに行きたいの?」

「アヤーヤ!」


 アヤキは、遊びにいく気まんまんですね。


「雨で足元がどろんこになってるから、気をつけなきゃだめだよー」

「アヤーッ!」

「夕方までには帰ってきてね!」

「アヤ!」


 あらあら。本当にわかってるのかしら?


「アヤ、アーヤ!」


 きのうまでの雨はあがって、空はあおぞら、おひさまぽかぽかの、とってもいいようき。

 きもちのいいそよ風のなかを、アヤキをのせた小さな車イスがすすみます。


 レネモンこうえんは、レネモンたちの遊び場。

 手も足も出なくて(アヤキのばあいは仕方ありませんね)こわがりなアヤキは、ブランコもジャングルジムもできないけれど、ともだちのレネモンとあそんだり、トランポリンではずんだり、めいっぱい楽しんでますね。


「アヤヤーッ!」


 あら? アヤキがひもを口にくわえて、車イスにゆわえてますね。何かしら?


「アヤヤンヤ!」


 むすびおわると、車イスの全速力で土手のうえを走っていきます。

 すると、ひもの先っぽにつながった小さなたこが、ふわりと浮き上がりました。


「アヤーッ!」


 あらあら。アヤキ、この前にヒナコちゃんにもらったばかりのたこで、たこあげがしたかったのね? 車イスの中にしまって、遊ぶのを楽しみにしてたのかしら?


「アーヤ!」


 アヤキはおおよろこび! どんどんスピードをあげていきます。


「アヤーッ! アヤーッ!」


 だれど、平気かしら? あしもとに気をつけて!


「アヤヤ……アヤ!?」


 あっ、ぬかるみに足を取られて……


「アヤーッ!? ヒエーッ!」


 どろんこの坂道を車イスごとすべって、アヤキはぽーんと放り出されます。

 ころころ、ころころ、どろだらけ。


「ヒエーッ!」


 アヤキ、だいじょうぶ?


「アヤヤ~……」


 のたのたと、しゃくとりむしみたいに進んで、車椅子にもどります。

 進みたいほうにひとりでに動いてくれる、ふしぎなのりものですが……


「アヤーッ」


 いくらアヤキががんばっても、進みません。

 おしてもひいても、足もとがぬかるんで、つるつるすべるのです。


「アヤ、アヤヤ……」


 目の前には、雨でぬかるんだ長い坂道。

 これでは車イスではのぼれません。

 アヤキの足はとてもゆっくり。とても夕方には間に合わなさそう……


 アヤキもおおよわりで体をまるめています。


「アヤ~……」


 どうしましょう。助けてあげられればいいんだけど……


「ア!」


 あら? 何か思いついたのかしら。


「アヤ、ヤッ」


 車椅子にむすんだひもの端っこを口にくわえて……


「アヤ、アヤ」


 そのまましゃくとりむしのように、坂道をのぼっていきます。

 何をするつもりかしら?


「アヤ、アヤ」


 道はどろだらけ。アヤキも、どろんこになっていきます。

 体を少しずつまげて、のばして……のったり、のったり、のぼっていきます。


 ヒナコちゃんならかんたんに行き来できるこんな坂道も、小さいアヤキにとっては、とっても大変な、だいぼうけんです!


「アヤ、アヤ……ヒエーッ……」


 のったり、のったり、まげて、のばして……

 がんばって、アヤキ!


「アヤ、アヤ、アヤ……」


 ようやくのぼりきったのは、お日さまもしずみはじめるころ。

 ヒナコちゃんのおうちにはまだまだ長い道のりがあります。


「ヒエーッ……」


 けれど、アヤキはへこたれません!

 のったり、のったり、しゃくとりむしみたいに進んで、口にくわえていたひもの端っこを、坂の上にはえていた木にまきつけました。


「アヤーッ!」


 アヤキが坂道のしたによびかけると、すぐれものの車イスがひとりでに動きます。

 そう……! アヤキ、木にひもをむすんで、車イスの車輪でまき取れるようにしたのね? すごいすごい!


「アヤ!」


 アヤキが呼ぶと、車イスもチリンチリンと坂道をのぼります。


「アヤーッ! アヤーッ!」


 ぴょんぴょんとはねながら、アヤキが呼びます。

 チリンチリンと、車イスがのぼっていきます……


 もう少し! もうちょっと!


「ア!」


 やった! 車イスが、坂道をのぼりきりました!


「アヤッター!」


 まっしろな体はどろだらけですが、アヤキはおおよろこび。

 車イスも、アヤキの大事なおともだちだものね。


「アヤアーヤ!」


 時間はすっかり夕方。赤い夕日が川の向こうに見えます。

 こうえんで遊んでいたレネモンたちと同じように、アヤキもまっすぐヒナコちゃんのおうちに帰っていきます。


「アヤヤ、アヤヤ!」

「どうしたのアヤキ! どろだらけだよ!」


 げんかんで心配して待っていたヒナコちゃんも、急いでアヤキにかけよります。


「もう、気をつけてって言ったじゃない!」

「アヤヤ~」


 ごめんなさい。次からは、気をつけて遊びましょうね。

 けれど、アヤキもがんばったのよ。


「ほらアヤキ、あたま出して」


 ヒナコちゃんは大きなタオルで、アヤキの体をキュッキュとふいてくれます。

 あとで、車イスもきれいにしてあげないとね。


「じゃあ、夕ごはんにしよっか」

「アヤーッ!」


 ごはんのいいにおい! アヤキも、ぴょんぴょんとはねてよろこびます!


――――――――――――――――――――――――――――――


 ヒナコちゃんといっしょに夕ごはんを食べて、おふろに入って……

 アヤキは、ヒナコちゃんのひざの上でなでてもらっています。

 (ヒナコちゃんは、もう片手で本をよんでいます)


「アヤ、アヤ」


 アヤキの体は、やわらかくてもちもち。アヤキも、こうやってヒナコちゃんになでてもらうのが大好きみたい。


「明日はいっしょに遊ぼうね、アヤキ!」

「アヤ!」


 ヒナコちゃんとアヤキは、いつも、とってもなかよしね。


「アヤ……」


 なでられてるアヤキが、くあーっとあくびをします。

 今日はたくさん遊んで、つかれちゃったかしら?

 ヒナコちゃんもアヤキを両手でかかえて、小屋の中のふとんにねかせてあげます。


「アヤ……ムニャ」


 小さなもうふを上からかけると、すぐにアヤキも目をとじます。

 ヒナコちゃんの顔は画面にうつりませんけど、にっこり笑っていることでしょう。


「おやすみ、アヤキ」

「アヤヤ……」


 まっしろで、短くて、つるんとした、ヘビみたいなふしぎな生き物。

 アヤキは、今日はどんなゆめをみるのかしら?


 おやすみ、アヤキ!

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