第379話 シシトが叫んだ

「はぁー……徹底的にしたね」


 3人の後ろから、シンジがやってくる。


 シンジには、傷一つ付いていなかった。


 その後ろには、一本の巨大な木が生えている。


「周囲の風景に擬態する樹木か。シシトの攻撃を防げるくらいに強靱な木を一瞬で生やせるなんて、百合野さんも成長したね。セイも、俺があげたプレゼントを使いこなしているし、ユリナも落雷を落とせるようになって……うん。嬉しいよ。それにありがとう」


 シシトからの攻撃を守ってくれた3人に対して、シンジは素直にお礼を言う。


 そんなシンジの姿を見て、3人は目を合わせた。


「……先輩!」


「うわっ!?」


 そして、なぜかセイが、シンジに思い切り抱きついた。


「ちょっと……」


「何でこっちに来ているんですか? 大人しくしていてくださいよ」


「あとは私たちでやりますから」


 セイが抱きついても余っている部分に、ユリナとマドカが寄り添うようにくっついてくる。


「おお、シンジがモテモテだぁー」


 そんなシンジのハーレム状態を見て、嬉しそうにコタロウがやってきた。


「……アレは?」


「いるよ。上に」


 コタロウが指を指すと、上空で羽を生やしたハムスターのようなモノが笑って手を振っている。


「何匹か消滅させたけど、すぐに新しいヤツが来るから放置している……放置するしかないんだよな?」


「今のところはな」


 マオがセラフィンを消耗させているはずだが、倒すことは出来ないだろう。


 セラフィンを殺すのは、今では無い。


 今は、出来ない。


「そっか。それにしても……いやぁ、眼福眼福」


「その表現は正しいのか、この状況?」


 コタロウは、3人の少女に抱きつかれているシンジを見ながら言っている。


「正しいんじゃない? だって、彼女たちは、俺の親友が死なないように守っているんだから」


 コタロウに指摘されて、シンジは3人の位置を確認した。


 シシトとの間に入るように、ぎゅっと体を押しつけている。


 セイたちは知っているのだ。


 シンジは、シシトに殺されることを。


 そう、シンジが言っていることを。


「……大丈夫。まだ違うから」


「それは、いつ、完全に違うことになるんですか?」


 じっと、ユリナが睨んでくる。


 その質問に、シンジは笑顔だけ返した。


 そんなシンジの返答に、ユリナもマドカもセイも、一様に顔を険しくする。


「……さっさと、トドメを刺しましょう」


「そうね。あんな男、生きているだけで害しかない」


「とりあえず、根っこの量を増やすね……」


 3人は、シンジから離れずにそれぞれの武器をシシトに向ける。


 氷の花びらがまるで竜巻のように舞い、空にある雷雲はさらに黒くなる。


 シシトの体に刺さっている樹木は、メキメキと成長し、根の数を増やしていく。


 もう、虫の息の。


 しかし、まだ生きているシシトに向けて。


 そんな無慈悲な少女たちの行いに対して、シシトは言う。



「なんで……なんだよぉ!」


 シシトの渾身の叫びは、遠くまで響いた。


「なんで……なんで、おかしいだろ、こんなの……」


 虫の息であったはずのシシトは、徐々にその口調を荒げていった。


「見ただろ! その男が、メイセイシンジが! ロナたちを殺したところを!」


 荒げるだけの体力が、シシトに湧いてくる。


「あんな化け物に変えられて! 死んだんだ! ロナは! ユイは! コトリは! その光景を!皆見ただろ!!」


 その力の源は、怒りだ。


 大切な人を殺された、シシトの正義の怒りである。


「だったら……そんな男から離れろよ! そいつは殺人鬼なんだよ! ロナを! ユイを! コトリを! セラフィンを! 皆を殺した大魔王なんだよ!!」


 怒りが、シシトの体をいやしていく。


 焦げだらけの皮膚は、完全に傷一つない状態に戻っていた。


「だから……目を覚ませよ! 目覚めるときは! 今しか無いだろ! 僕といっしょに、メイセイシンジを倒すんだよ!」


 涙を振り払うように、シシトは少女達を見た。


 大好きなセイと、ユリナと、そして、この世で最も愛しているマドカを、その曇り無き眼でしっかりと見る。


 正義のまなざしが、確かに3人の少女を捉えていた。


「僕たちの……愛と、正義と、絆の力で、平和な世界を取り戻すんだ」


 シシトが手を伸ばす。


 愛と正義と絆の手を。


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