第365話 マオがシンジを嫌う理由
マオが、魔人族の王、魔王になると決まったのは、35年前、マオの職業が『先導者』であると判明した時のことだった。
魔人族の国、オウマ帝国の子供は3才になると弱らせた魔物を倒してレベルアップをし、固有の職業がないか調べられる。
そして、持っている職業に応じた訓練が課せられるのだが、マオの職業である『先導者』は、まさしく王にふさわしい才能であった。
マオは魔王の第5夫人の娘であり、王位の継承権は15番目とかなり低い地位であったのだが、その固有の職業によって次期王の立場が早々に決まった。
しかしながら、ある問題が懸念された。
それは、35年後に、世界が融合するという確定した変革の時期が迫っており、その際に、マオをどう扱うのか、意見が割れたのだ。
マオがこのまま育てば、35年後は38才。
年を取っているとはいえないし、むしろ一番精力があり活躍できる時期であると考えることも出来るが、世界が融合した後に生じる混乱や困難が、10年や20年で終わるとも思えない。
なるべく、マオには世界が融合した後に、長い治世を敷いてもらう必要がある。
様々な意見が交わされた結果。
2年後。世界の融合まで33年。
マオが5才の時、決断が下される。
特殊な術式によってマオの肉体の時間を止めて、最適な年齢になったら解除される封印処理の決定。
理由は、先ほどの年齢の問題と、あと一つは、もう一人王族に現れていた神童の存在だ。
マオと同母であり、マオの姉にあたる彼女は、魔人族の中でも……いや、天使を含む、全人類が実現していなかったことをやってのけ、さらにはそれを扱う才能を十分に持っていた。
希有な才能を、変革の時期でもないのに二人も浪費するのは惜しい。
ゆえに、より王の素質があるマオを封印し……未来に送ることにしたのだ。
そして、その封印処理が行われる日。
マオは、もう一人の神童である姉と、最後の別れの挨拶をした。
『お姉様……』
マオは、これから長い眠りにつくことに怯え、震えていた。
『大丈夫。アナタが眠っている間は、私がこの国を守るから』
赤い髪の少女が、マオの頬にそっと手を当てる。
『だから、目が覚めたら、アナタが国を守るのよ。そのときは私がそばにいて、アナタを支えてあげる』
『はい……』
それでも不安げなマオに、赤い髪の少女が微笑む。
『そういうときは、『任せた』というのよ。『頼んだぞ』って。王様は誰かを守る存在。誰かに頼られる存在よ。でも、だからこそ誰かを頼らないといけない。一人では、皆を守ることなんて出来ないから。』
マオが頼るべき存在は誰なのか。赤い髪の少女の目が雄弁に語っている。
『この国は『任せました』。『頼みましたよ』、トウキール』
そうして、マオは長い眠りについた。
その後、マオが目を覚ましたのは20年が経過し、世界の融合まで13年に迫っていた時だ。
予定より5年は早い目覚めに、マオは驚いたが、その理由を聞いて、さらに困惑した。
マオが目覚める5年前に、姉であるトウキールが姿を消したのだ。
それから5年。次期王の候補がいない中、先代であるマオの父親が国を治めていたが、とうとう病に伏せてしまった。
頼るべき親もなく、任せていた姉もいない中で、マオは何とか研鑽を積み、王としての職務を全うしようとした。
しかし、まだ若いマオでは国の細部にまで気を配れなくて……『邪神』が誕生し、結果として一人の男に国を滅ぼされた。
そのとき助けてくれたのがコタロウであり、マオは彼の命の恩人として慕っている。
新しい名前も気に入っており、過去の名前に興味はない。
人間の世界に連れていってくれたことも、感謝しかないのだ。
ただ、彼の友人に問題があった。
コタロウと義賊に連れられて、人間の世界で暮らすようになってから、一ヶ月ほど経過した時だ。
コタロウの友人のところへ遊びにいくことになった。
明星真司とかいう、ゴミの家。汚らわしい血の家。
そこに、彼女がいたのだ。
『はじめまして。明星真司の母親の明星 灯輝(めいせい とうき)です』
そう名乗るシンジの母親の髪は、黒く染まっていたが、角度によっては紅く見えた。
それに、その美しい顔立ちに、何より、はっきりと感じてしまう血のつながりが、間違いなく彼女が……明星真司の母親が、自分の姉であるトウキールであることを告げていた。
なのに、それなのに。
彼女はマオを見ても何の反応も見せなかった。
ただ、息子の友人であるコタロウに彼女が出来たことを喜び、息子のシンジを『彼女を作りなさいよー』とからかっている。
暖かい、家族の光景。
それまで、マオは特にシンジに対して何も思っていなかった。
コタロウの親友と紹介されていたので、仲良くしようと思っていたくらいだ。
でも、これはダメだった。
この光景はダメだった。
愛する故郷が滅び、頼るべき親族は絶え、守るべき国民は死んだ。
なのに、唯一生き残っている肉親は、平和そうな顔で知らない息子を可愛がっている。
汚らわしい血が混じった汚物を息子と呼んでいる。
自分は『任せた』のに。『頼んだ』のに。
許せなかった。
何よりも、そう、大好きな姉よりも、大好きだった姉よりも、その姉に可愛がられている何も知らない汚らわしい人間の男が、許せなくなった。
(明星真司……)
マオが愛しているコタロウと、大好きだった姉に愛情を注がれているのだ。
だから、マオはシンジを苦しめることにした。
嫌われるようにした。
特に女性から。
蛇蝎のように、生ゴミのように、いや、それよりもさらに嫌われるように、何よりも嫌われるように。
それくらい、当然ではないか。
その程度の地獄、味わってしかるべき報いである。
本当なら、母親のようにトウキールから、マオの姉から愛情を注がれたのは、マオのはずだったのだから。
「歪んだ愛ですねぇ! 愛と憎悪は表裏一体の感情ですが……ここまで見事に癒着しているのも珍しい」
セラフィンの体が弾け飛ぶ。
しかし、間髪入れずに、別のセラフィンが話し出す。
「明星真司に罪はないでしょうに! 彼はむしろアナタを気遣い、親友であるコタロウと仲が良くなるように気を使っていたようですよ?」
すぐにセラフィンの体が吹き飛ばされるが、別のセラフィンが話を引き継ぐ。
「まぁ、しかし、気持ちは分かるのです。ええ、私はこれまでにたくさんの愛を見てきたので。恋を知っているので。分かります。分かりますよ。理性では分かっていることが、自分でもどうしようもない感情に狂わされるのを!」
グチャリと音を立ててセラフィンが潰れる。
数十メートル先のセラフィンが声を出す。
「だから、提案ですよ。あの『魔神剣』トウキールは無理でも、山田小太郎なら、操れる。アナタの恋が叶うのです。愛を手に入れませんか? 狂うほどに、恋い焦がれた愛を」
地面がめり込むほどの衝撃を受けて、セラフィンが周囲のセラフィンを巻き込んで消滅した。
拳を握りしめて、マオは血走った目で地面を睨みつけている。
「ふざけた事を言わないでほしいわね。羽虫が」
「口調が荒いですよ?」
マオが形を残していたセラフィンを踏みつぶす。
「そもそも、間違っているんですよ。前提が」
「……というと?」
「私は、愛されている。コタロウ様に。ならば、オマエのような羽虫の協力など必要ないでしょう?」
堂々と言ってのけたマオに、セラフィンは目を瞬かせるが、すぐに笑みを作り直した。
「なるほどなるほど」
「だから、私は……」
「では、明星真司の殺害に協力してくれませんか?」
マオの動きが完全に止まった。
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