第359話 半蔵が伝える

「ぎぃ…………あああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 痛覚が本格的に活性化し、ロナは痛みで絶叫をあげる。


 ブンブンと腕を振り回すが、腕から出るのは、赤い血液のみだ。


「……半蔵さん」


 叫び続けるロナと、腕を切り落とした半蔵をマドカはただじっと見ている。


 一方、半蔵は拘束していたツタから離して、ロナの両腕を回収していた。


 回収したロナの腕を布のようなモノで覆い、宝物を献上するようにマドカの所へ持って行く。


「……それは」


「これで、『手打ち』ということに出来ませんか?」


 文字通りに。


 本来の意味は、柏手から来ているそうだが。


「……ロナさんの命を助けたいんですね」


「はい」


 頭を下げ、ただ半蔵はマドカの言葉を待つ。


 半蔵の左腕からも、血は止まることなく流れている。


「……いくら腕を切っても、痛みを与えても、本人は」


「分かっています。それでも、どうにかお嬢様の命だけは」


 ロナはまだ叫んでいる。いくら暴れてもマドカの拘束が解けることはないが、周囲は血で真っ赤に染まっていた。


「私が、なんとかしますから」


 そう告げると、半蔵はロナの両腕を置いて立ち上がり、ロナの元へと歩き始める。


「半蔵さん」


「お嬢様をどうか、頼みます」


「う……うう……腕が……私の……」


 血液を流しすぎたせいだろうが、ロナの痛みと混乱が、ようやく、ほんの少しだけ収まった。


 叫ぶ元気がなくなっただけ、とも言えるが。


 虚ろな目をしているロナの元へ、半蔵がやってくる。


「半蔵……なんで……私の……腕を……」


 信頼していた。


 もう一人の親のように思っていた。


 そんな人物からの裏切りに、ロナは恨みよりも悲しみのこもった目で、半蔵を見てる。


 そんなロナに、半蔵は微笑んでみせた。


「……お嬢様」


 ロナは答えない。


 しかし半蔵は話し続ける。


「明星真司に、助けを求めてください」


 半蔵が何を言っているのか、ロナには分からなかった。


「お嬢様はツカサ様にお会いした影響で、彼の息子までも邪険に扱いましたが……明星真司は、信頼できる人物です。助けを求めれば、必ず答えてくれます」


「半蔵……何を……」


「お嬢様が誰を好きでもかまいませんが……明星真司は、敵ではありません。そして、駕篭獅子斗は敵です。忘れないでください」


 言い聞かせるように、力強く半蔵は言うと、地面に落ちていた黒い筒状のモノを拾い上げる。


 それは、ロナが拘束された時に落としていた『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』の2号機。


「半蔵、何をする、つもり……」


「警備を担当しているモノが、どんな理由であれ警護対象を傷つけてしまった。なら、責任は取りませんと」


『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』を、半蔵は口に加える。


 いつの間にか半蔵は靴を脱いでいた。


「は……半蔵っ!」


「お嬢様……生きてください」


 ニコリと笑ったあと、半蔵は引き金に足の親指をかける。


 パンと乾いた音が響いた後、半蔵の頭は完全に消失した。


 脳髄が、頭蓋骨が、目玉のかけらが、パラパラと落ちていく。


「い……いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………
















ァアハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!」


 大きな笑い声が響いていた。



 何もない広野の一角。


 空には一つの大きな雲。


 そして、空間に映し出されているのは、様々な場面の映像。


 明星真司に一方的に殴られ続ける駕篭獅子斗。


 水橋ユリナから逃げまどう岡野ユイ。


 常春清に追いつめられ、自分の檻に引きこもる引間小鳥。


 門街 半蔵が目の前で自殺し、叫び声をあげるロナ・R・モンマス。


 それらの映像を見ながら、一匹の獣が笑っていた。


 最高だった。


 特に、最後の半蔵とロナの映像。


「やはり……愛とは素晴らしい。美しい」


 彼女の目には涙が浮かんでいる。


「生かしておいてよかった。送り出してよかった。想定したとおりの行動をして、想定以上の光景を見せてくれた」


 その涙は、決して悲しみの涙ではない。


「親子が持つような親愛の情。傷つけあうことで守られる命。それを知らないモノの絶望と悲しみ」


 快楽の、愉悦の涙。


「楽しいですねぇ。愛ゆえに起こる悲劇は。これ以上の喜劇は存在しない。なんて滑稽な光景でしょう。愛は、勇気は、誰かを思う優しい心は、悲劇を喜劇にするために存在する」


 獣の名前は、セラフィン。


 ハムスターのような白い羽の生えた獣。


 シシトたちを勇者にした、化け物。


「そう思うでしょう? 『聖域の勇者』山田小太郎?」


 セラフィンが目を向けた先には、一人の少年が倒れていた。


 美しい顔立ちの少年。小学生くらいの見た目だが……彼こそはシンジの親友。『聖域の勇者』山田小太郎。


『遊技制作者』という職業につき、『決められた見えない悪戯(サイコロトリック)』という範囲内に新しい設定を作る、最強の技能をもった人物。


 そんな彼が傷だらけで倒れていた。


「相変わらず、性格が悪いなゴミババア」


 倒れているコタロウの返事に、セラフィンは笑みで返す。


「ふふふ……元気なようで何より。アナタには、まだまだ私たちの相手をしていただかなくてはいけないのですから」


 セラフィンの背後で、雲が動いた。


 いや、それは雲などではなかった。


 雲のように見えた塊は、一つ一つが白いハムスターのような形状をしている。


 数千にも及ぶ、セラフィンの群だった。


「……羽虫が、群れやがって」


「ふふふ……楽しいですねぇ。このゲームは」


 数千ものケタケタと響くセラフィンの笑い声に、コタロウは睨みつけることしか出来なかった。

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