第355話 謝罪が必要

 年明けの冷たく乾いた空気が、びゅうと通りすぎていく。


「……おい」


 その空気よりも乾いた声が、男から発せられた。


 ロナの父親、バトラズだ。


「何をしている」


 娘に向けるバトラズの声がさらに重く、乾いていく。


「……お父様は黙っていて」


 そんなバトラズに目を向けることもなく、ロナはマドカを睨みつけ、銃を構えたままだ。


「何をしているのかと聞いているのだ!!」


「うるさいっ!」


 沈んでいた声が跳ね上がった途端、ロナは再び、銃の引き金を引く。


 パンッと火薬が破裂する音が響き、血しぶきがあがる。


「ぐぅっ!?」


 ひざまづいたのは、バトラズだ。


 左足の太股から出血し、肉が半分ほどえぐれている。


「なっ!?」


 驚いた声を出しているのは、滝本だ。


「なんでバトラズさんが? アイツは銃口をこっちに……百合野に向けたままだろ?」


 ロナが実の父親を撃ったこと自体にも驚きはあったが、それよりも驚愕したのは、ロナが撃った銃弾がバトラズに当たったことだ。


 ロナは一度も、バトラズの方に向けて銃を構えて撃っていないはずなのに。


「この銃は……」


「どうせ、あの人と同じ銃なんでしょ?」


 ロナの声を遮るように話し始めたのは、マドカだ。


「なんだっけ。『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』だっけ? それの二号機とかでしょ、その黒い銃」


 マドカの予想に、ロナは面を食らったようで一瞬だけ動きを止めていたが、しかしすぐにマドカに険しい顔を向ける。


「そ……そうよ。これは、シシトが持っているモノと同じ銃。持ち主の意志によって撃ち出す弾を変える希望と正義の武器。今、この銃には狙った獲物は逃がさない必中の銃弾が込められている。だから、大人しく……」


「使えるの、それ?」


 こともなげに言ったマドカの言葉に、ロナは怪訝な顔をする。


「どういう意味?」


「ああ、ごめんなさい。じゃあ言い方を変えるね。使えないよね、それ。はじめて撃つんでしょ?」


 クスリと笑ったマドカの声に、ロナは息を飲む。


「な、なんで……」


「そう思ったのか、って、見たら分かるよ。言ったでしょ? 上空から観察していたって。私は、別にヤクマだけを観ていたわけじゃない。というか、ヤクマはおまけ。私の狙いは……ロナさんだったから」


 マドカの周りに、彼女を守るように様々な植物が生えていく。


「バトラズさんに撃ったのも、予想以上の威力で驚いてるんじゃない? 太股から足がちぎれそうになっているし。銃、めちゃくちゃ震えているよ?」


「うっ!?」


 遠目からでもわかるくらいに、ガクガクとロナの体は震え、それに合わせて銃もブレていた。


「お父さんが血を流してびっくりしているんでしょ? そんなことなら、最初から撃たなければいいのに」


「うるさいっ! いいから、大人しく私の言うことを聞きなさいよ!」


 ロナは一発、空に向けて銃を放つ。


 必中、といっていたので、見当違いな方向にむけても狙えば命中するのだろうが……銃弾はなぜか誰もいない地面の土をえぐっただけだった。


「……なんで空に向けて撃ったの? 威嚇射撃で地面に当てるつもりなら、最初から地面に向けて撃てばいいのに」


「う、うるさいっ!うるさい! いいから、私の言うとおりに」


「言うとおりって、何をさせたいのか聞いてもいいかな? 一応」


 特にビビりもせずに、淡々と会話を続けるマドカに、ロナは戸惑いつつも質問に答える。


「……私と一緒に、シシトの所に来て」


「それで?」


 予想した答えだったのだろう。

 だから、間髪入れずに質問が来た。


「そ、それで……謝って」


「はぁっ?」


 明らかに、怒気が籠もったマドカの声。


 マドカはこんな声を出せる子だったのか、ロナの記憶にはない。


 ゆえに、少々ロナは動揺したのだが、しかし、しっかりとマドカを睨みつけるのは忘れない。


「逃げたことを、謝って」


「……………………はぁ」


 重くて長い息だった。


 しかし、マドカが黙っていたので、ロナは続けた。


 自分の要求を。


「シシトは、本当にアナタのことを心配していた。ずっと、アナタのことを話していたし……思っていた。これは本当なの。だから、一緒に来て、謝って。そうすれば、全部上手くいくから」


「私があの男のことをどう思っているのか、知らないわけじゃないでしょ?」


 マドカの反論に、ロナはゆっくり頷く。


 だから、もちろん譲歩する提案はある。


「シシトにも、これまでのことを謝らせるから……」


「はっ……はははは」


 ロナの提案に、マドカは声を上げて笑った。


 笑いとは、良い感情の時にのみ現れるモノではない。


「バッッカじゃないの?」


 マドカの感情に呼応するように、周囲の樹木がビキビキと音を立てて成長していく。


 荒々しく、強靱に。


「何がバカなのよ! お互いに『ごめんなさい』して、許し合って、そうやって解決するのが一番でしょう!? それとも、まさか殺し合いでもする気なのっ!?」


「殺し合いを始めたのはそっちでしょ? 何を言っているの?」


「違う! 私たちはそんなつもりはない! 私たちは、皆を助けるためにっ! 平和のために……」


「明星先輩を殺すつもりなのに?」


 マドカの周囲に生えていた植物が成長し、形を作っていく。


 巨大な亀に、木が一本生えている姿。


 神話に登場する、世界を支える亀のようだ。


 その亀の頭に乗って、マドカはロナを見下ろす。


「……反論がないけど、『ごめんなさい』には、許し合うには、明星先輩は入っていないってことでいいかな? 明星先輩を殺すつもりで……」


 マドカの言葉を遮るように、ロナは声を発した。


 怒りで顔をゆがませて。


「入っているわけないでしょ、あんな男っ!」


「……あんな男?」


「そうよっ! あんな男……私もはじめて知った時、驚いた。貝間先輩が嫌っている男が、あの気持ちの悪いハゲた詐欺師の息子だったなんて!!」


 ロナの怒りは、止まらない。


「予言師って何?人を人と見ていない、上から見下ろすような男。あんな男の言うことでお父様もワラワラとあわてて、どんな口車に乗せられたのか。それだけじゃない。あんな男の息子と私を結婚させようとさえした!」


 キッと、ロナはバトラズを睨みつける。


「未来は予言なんかで決まらない。私の未来は、私が決める。希望を胸にまっすぐ進めば、きっと望む場所へたどり着ける。予言なんて、なんの意味もない。私の人生に必要ない!」


 ロナは銃をあげる。


 マドカが作り出した巨大な亀にも怯まずにまっすぐに前を見た。


「私は、シシトが好き。予言なんて化け物みたいなことも出来ない、女の子が好きで、ちょっとマヌケで、でも、やると決めたことには一生懸命になれるシシトのことが大好き。たとえ、アイツが別の女の子に夢中になっていても……私は、駕篭獅子斗が大好き」


 どこに向けても当たる必中の銃を、それでもぴったりとロナは銃口をマドカの額に向ける。


「もう一度言う。百合野さん。私と一緒にシシトの所へ行きましょう。それがシシトの望みで……希望なの。謝罪が必要なら、私たちも謝るから」


 風が止んだ。


 キンとした寒さの静寂のなか、フッとマドカの息がこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る