第297話 ミユキとミナミが語る
得意なこと、料理
嫌いなもの、食事。
料理とは、食べ物を加工する事で、食事とは、空腹を抑える行為。
自分の中で思い出せる範囲の記憶と辿る限り、どうも物心ついた時から包丁を持っていたらしい、飾道 美幸(しょくどう みゆき)の食べ物に関する見解は、おおむねそのような物になる。
ミユキの母は、星がついているレストラン(それがどのようにスゴいことなのか、ミユキはよく知らないが)のオーナーシェフであり、そのため、ミユキは母の手伝いをよくさせられていた。
本当に、よくさせられていた。
二十四時間。
三百六十五日。
毎日、毎日。
保育園や、幼稚園に通えず。
小学校に入ってからは、学校にいる時間が唯一の休みだと感じるほどに。
常に、ミユキは母の手伝いをしていた。
じゃがいもの皮をむき、たまねぎを刻み、鍋を洗い、皿を磨き……母の料理を「美味い」と讃える、肥えた客に愛想笑いを振りまきながら、食べ終えた皿をそっと下げていく。
一応、夜の8時以降は子供を働かせてはいけないから、ミユキは厨房の奥で誰にもバレないように包丁を動かしていた。
休憩の時間に、母が作ったまかないが置いてあったが、客に出す物とは違う、ただ空腹を抑えるためのソレは、客が残した残飯よりも、はるかにみずぼらしいモノだった。
そんな空腹を抑えるだけの食品が加工されたモノを、一人で黙々と食べる日々。
食べ物を食べて、味なんて感じたことがなかった。
しかし、それでも、それだけの時間、食品の加工(料理)に携わっていたのだから、それなりに腕前はあったのだろう。
加工(料理)が出来るからと、ミユキは今、生き返っているのだから。
ミユキは、今、厨房で大量のフルーツを切っている。
『おはよう』と声をかけられたのは、約10日前。
視聴覚室で、退屈な戦争の映像を見せられていたはずなのだが、気がついたら、目の前に男子生徒が立っていた。
彼の名前は明星真司。
ミユキと一つ上の先輩で、あの完璧な聖女のような貝間真央に、ゴミのように嫌われていた人間のはずだ。
もっとも、ミユキはマオのことを毛嫌いしていたので、そのことは特に気にもならなかったのだが。
ミユキがマオのことを嫌っていたのは……似ていたからだ。
マオと母が。
彼女たちが聖女のような笑顔で、人を奴隷のように動かしていることを、ミユキはしっかりと見抜いていた。
だから、ミユキは、シンジのことが嫌いではない。
ミユキに『自分の料理は美味しい』のだと、教えてくれたシンジのことが、嫌いではない。
「あー……もう、なにこの量! 私は奴隷じゃないんだけど!!」
隣の女子生徒のグチで、ミユキは思考から解放される。
グチをこぼしているのは、ミユキと同じクラスの女子生徒、ミナミだ。
彼女も、ミユキと一緒にシンジに生き返らせてもらえたのだが、ミユキと違い、別に料理が出来るというわけではない。
もっとも、ミユキ並に料理が出来る高校生は、世界でも数えられる程度にしかいないだろうが。
「多くない? いつもは、この十分の一以下だよね?」
「しょうがないでしょ? 食べる人が増えたんだから。それに、イヤなら手伝わなくても大丈夫だけど?」
ミナミも手つきが悪いわけではないが、それでもミユキより切るペースは遅い。
ミナミが1つ果物の皮をむき終わる頃には、ミユキは10つは皮をむき終え、切りそろえている。
恐ろしいのは、それだけのスピードで切っているのに終わらない食材の量なのだが。
「……これ、もしかして昼と夜の分もない?」
朝食の分だけではいくらなんでも多すぎる量に、ミナミは疑問を持つ。
「……昨日、大変だったからな」
若干、気まずそうに答えたミユキを見て、ミナミは縁のあるメガネの奥の目をゆがめて、笑う。
「へー……そんなに、明星さんとご飯を食べられなかったのが悔しかったんだ?」
「……はぁっ!?」
ミユキは、即座にミナミに振り返る。
「な、何を言って……!? き、昨日、ご飯が遅れたから、仕方なく……バカじゃないのか!?」
「顔が真っ赤になってー可愛いねぇ可愛いねぇ。明星さんとご飯を食べるときは、いつも嬉しそうだもんね、ミユキンは」
「うるさい! バカ!」
ミナミは、ニヤニヤとミユキの頬をつつく。
「だ、だいたい、あれは明星さんが言い出したことだから。私は一人で食べるって言ったのに、『美味しそうだから皆で食べよう』なんて、無理矢理……料理人が、客と食べるなんて変なのに、『皆で食べた方が美味しいから』とか『この林檎のソースは美味しいね。とても丁寧に作られている気がする。料理のことは詳しくないけどね』とか料理の感想を嬉しそうに笑顔で……あれがどれだけ恥ずかしかったか!」
「その割にはしっかり何を言われたか覚えているし、嬉しそうですなぁ」
「うっ!? そ、そんな……それより、アンタこそ、明星さんのことが好きじゃないのか? いつも仲良さそうに話しているけど……」
「ほうほう。明星さんへの好意を認めるというわけですな? ミユキン」
「うるさい!質問に答えろ!」
ミユキの頬をつきながら、ミナミはうーんと考える。
「好きと言えば好きかな? 顔は、まぁそこそこなんだけどね。山田先輩の方がカッコいいし、女の子と遊び慣れしているとは思うけど」
でも、とミナミは付け加える。
「優しいのは明星さんだよね。それに、女の子が好きなのも。山田先輩は、多分女の子が嫌いでしょ? あれ」
「……そうなのか? 確か、遊び人って有名だったよな? 山田先輩って」
「うん。だから、『女の子で遊んでいた』んじゃない? 山田先輩の態度を見ていると、さ。まるで罠を仕掛けている蜘蛛みたいだって思うときがあるんだよね」
「……蜘蛛、ねぇ。私はあんまり話していないから分からないけど」
ミユキの中で、コタロウの印象は容姿が整っている男子というイメージしかない。
「あの超イケメンと一つ屋根の下で一緒に暮らせる!って聞いた時はテンションが上がったんだけどねぇ。今は怖くてあんまり……逆に、明星さんは話してみると意外と気さくだし優しくて……そういえば、ミユキンは明星さんにはどんなイメージを持っているの?」
「ど、どんなって……」
「好き!とか、大好き!とかは置いておいて」
「うっさい! バカメガネ!!」
一呼吸置いて、ミユキは答える。
「……まぁ、でもさっきみたいな例えなら、クモみたいな人だなって思ったよ」
「クモ?」
「空の雲、だな。近くにはいないんだけど、いつも見守っていて、日射しが強いときは陰を作ってくれて、乾いたときは雨をくれる。そんな人だなぁ……って」
「……ふーん」
答えたミユキの、何とも憂鬱な表情に、ミナミは口を閉ざす。
『近くにはいないけど』
その距離感は、ミナミもシンジに対して感じていた印象だ。
生き返らせてもらったあと、ミユキとミナミと、エリーという外国人の女性と、シンジとコタロウとユリナ。
6人で毎日食事をしていた。
その食事の会話の節々から、感じるのだ。
シンジから、言いようもない距離感を。
当たり障りのない、たとえば、どこの学校に通っていたとか、所属していた部活とか、趣味とか、そんな会話をしているだけなのに、不安になっていく。
目の前の人物が、シンジが、ろうそくの火に息を吹きかけたように、ふっと、消えてしまうのではないかと。
空に浮かぶ雲のように、気がつけば消えているのではないかと。
「ああ、でも、だから昨日の子も、あんなにベッタリだったのかな?」
「昨日の子って?」
「なんだっけ、常春ちゃんだったかな? あの、和風美人って感じの、めっちゃくちゃ可愛い子」
「……ああ」
セイのことを聞いた瞬間、ミユキの顔が険しくなる。
「あの、めっちゃくちゃ食べるヤツか。バカみたいに食べて、明星さんの分のステーキも食べたバカ」
「おおう。地雷だったのか」
悪辣なミユキの反応に、ミナミは苦い笑みを浮かべる。
「……なんだっけ? 欲望が強さに変わるから、欲望に忠実な方が強くなる、だっけ?知らねーけど、人の分まで食べるなよ、バカが。あのステーキに、私がどれだけ手間暇をかけて……」
「……まぁ、そりゃあそうだね」
突然聞こえた男性の声に、ミナミとミユキは声の方を振り向く。
「忠実になるだけじゃなくて、要所要所でコントロールしないと、本当の強さは得られない……ってのはコタロウが言っていたから、常春さんも、そこら辺は鍛えないと」
「め、明星さん!?」
そこには、シンジが気まずそうに立っていた。
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