第298話 プレゼントがビーム
「い、いつから……ってか、早くないですか? いつもはもう少し後に起きてくるのに……」
ミナミの質問に、少し眠そうにシンジが答える。
「昨日、ちょっと枕元に……久々だから忘れていたけど……まぁ、大丈夫だよ」
シンジは力なく笑う。
「そ、そうですか。えっと、すみません。何か食べますか? まだ朝食は準備中で……」
「いや、いいよ。皆と一緒に食べよう。そっちの方がおいしいでしょ?」
シンジはミユキに言うと、ミユキは照れくさそうにうなづく。
「それより……これ」
シンジはそう言うと、ミナミとミユキに、袋を手渡す。
「これは……」
「クリスマスプレゼント。皆靴下とか置いてないだろうから、手渡しにしたんだけど」
「そ、そんな。悪いですよ!そんなの……」
ミユキが断る中、ミナミは嬉しそうにシンジが持っているプレゼントに手を伸ばす。
「ありがとうございます。うわーい。お返しは何にします? キスでもしましょうか?」
「はぁっ!?」
ミナミの言葉に、ミユキが一番大きく反応を示す。
「……いや、気持ちだけでいいよ。二人にはいつも色々してもらっているから」
シンジも一瞬固まったが、すぐに切り返す。
「おおう、振られちゃった。で、これ何ですか?」
特に気にした様子も見せず、ガサゴソとミナミがプレゼントの袋をしげしげと見る。
「まぁ、開けてみて。実用性を考えたから、デザインとかは気にいらないかもだけど……」
言いながら、ミユキにもシンジはプレゼントを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「へー何だろ」
ミユキとミナミはプレゼントの袋を開ける。
「……これは」
「おお!」
ミユキへのプレゼントは、透明の包丁だった。
水晶のように、刀身が煌めいていて、思わず息を呑むほどに美しい。
そして、ミナミへのプレゼントは、フレームまで透明のメガネだった。
「飾堂さんの包丁は、俺が『神体の呼吸法』で溶けないようにした氷で作った氷包丁。豊橋さんのは、レンズの倍率を変えて、視力を自由に調整出来るメガネ」
「氷の……?」
「つまり、望遠鏡みたいな使い方も出来るメガネってことですね」
「ちなみに、そのメガネ、ビームも出せる」
「マジですか!!」
ビームと聞いて、ミナミのテンションが爆上がりする。
一方、ミユキは氷の包丁をマジマジと見つめていた。
「どうかな、飾堂さん。料理によっては、温度の変化がダメって言うから、試しに作ってみたんだけど……」
「……そうですね。氷の温度で食材を切ったことはないですけど……面白そうです、これは」
ミユキの顔に自然と笑みが浮かんでいく。
その顔を見て、シンジは満足そうにうなづく。
「……ちなみに、その包丁もビームが出せるから」
「なんで!?」
ミユキから笑みが消え、驚きだけが残った。
「いや……出せたら面白いかなって」
「面白いって、メガネ……も分からないですけど、包丁にビームはいらないでしょ?」
「メガネにビームは必要だよ? ミユキン」
「うるさい。知らない。なんで、こんな……」
ミユキが包丁の柄を見ると、確かにビームが出せそうなボタンがある。
「まぁ、ほら。今はこんな世界だから。自分で戦える手段は多い方がいいでしょ?」
「……そうですけど」
シンジの言葉にうなづいて、少しだけミユキは口をとがらせた。
「いやぁ、しかしこんな良いものもらったら本当にお礼が必要ですねぇ……何が良いですか? 何でもしますよ? 明星さん」
ニコニコと嬉しそうにしていたミナミが、そのまま自然にシンジに腕を絡ませる。
「ちょっと、おい……!」
ミユキは慌ててミナミを外そうとするが、シンジはそのままミナミを見て、そしてなぜか廊下の方に目を向ける。
「お礼……何でもいいの?」
「はい。料理でも、エッチなことでも」
「お前、マジで何を言って……」
「ミユキンがするので」
「はぁっ!?」
ミナミの無茶ぶりに、ミユキが声を裏返させる。
一方シンジは、特に表情も変えず、廊下の扉を見ている。
「じゃあ、料理を教えてほしいんだけど」
「……料理ですか? 裸エプロンで?」
「お前はマジで何を言っているんだ!? エプロンだけで料理が出来るか、バカ! 不衛生だろ!」
顔を真っ赤にしながら、調理の際の衛生面を考えているあたり、ミユキは根っからの料理人なのだろう。
しかし、シンジは、首を振ると、一息置いて答える。
「裸エプロンはまた別の機会で……というか、料理を教えてほしいのは俺じゃない」
「じゃあ、誰に……」
「それは……」
廊下の扉が、ゆっくりと開く。
「……おはよう、ございます」
入ってきたのは、駕籠獅子斗の妹、ネネコだった。
ネネコが部屋に入ってきた瞬間、聞こえてきたのは、『ゴッ』と、堅いモノ同士がぶつかる鈍い音だった。
音の正体はネネコの頭だ。
ネネコは、シンジの姿を見つけると、瞬時に自分の頭を床にぶつけたのだ。
頭の後に、両手を床につけて、だから、その行為は土下座だったのだろう。
「……ごめんな、さい!」
二度、三度。
何度でも、ネネコは床に自分の頭をぶつけていく。
「ごめんなさい!、ごめんな、さい! ごめ、んなさい!」
鬼気迫るネネコの声と、頭がぶつかる鈍い音に、ミユキも、ミナミも口を閉ざす。
シンジも、黙って、ネネコの行為を見ていた。
「な……なにしているの! ネネコ!!」
起きてきたのだろう。パジャマ姿のヒロカが、ネネコに駆け寄り、彼女を羽交い締めにする。
「離して、離してよ! ああ……もう……死にたい」
額から血を流しながら、ネネコは力が抜けたようにうなだれる。
昨日、目覚めてからのネネコの動揺は激しいモノではあったが、シンジを見たときは昨日の時以上のモノであった。
『兄が殺した被害者であり、自分の命の恩人』
そんなシンジを見て、冷静ではいられなかったのだろう。
「ああ、本当に、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、死にたい、死にたい、ゴメンナサイ、死にたい……ああ、イヤだ、もう、死にたい」
ブツブツと、まるで呪いの言葉のように、ネネコはつぶやく。
呪いの相手は、自分自身だ。
「んー……」
ネネコの様子を見て、終始黙っていたシンジが頭を掻きながら、ネネコに近付く。
「……お兄さん」
力なく、ネネコはシンジを見上げ、ヒロカは縋るようにシンジを見つめていた。
被害者であるシンジからの許しの言葉。
今のネネコには必要なモノ。
「おはよう。あとメリークリスマス。これ、二人にプレゼント」
だが、シンジからネネコと、ヒロカに与えられたモノは、別のモノだった。
リボンが巻かれた袋が二つ。
クリスマスプレゼントだ。
突然差し出されたプレゼントに、二人はきょとんと目を開ける。
「……ふざけないでください!」
そして、しばしの間を空けて、憤慨したのはヒロカだった。
「こ、こんなの受け取れるわけがないじゃないですか! 私が、私とネネコが、お兄さんにどれだけ借りがあるか……それに、ネネコには、こんなモノより……」
「……ヒロカ?」
ヒロカは、ネネコを抑えていた手を離し、シンジの前に立つ。
そして、シンジを睨みつけた。
「受け取れないって、今日はクリスマスだし……」
「そんなの、今の状況で、関係ないじゃないですか!」
「クリスマスはクリスマスでしょ」
「っ……!!? だからっ!!」
「ヒロカッ!」
ヒロカが体から羽を生やし、爪をとがらせる。
そして、シンジに飛びかかろうとしたとき、ネネコがヒロカの体を押さえた。
「お、落ち着いて。ヒロカ。明星さんは、悪気があるわけじゃないと思うし……」
「でも、ネネコが血まで流しているのに、こんなの……なんか、バカにされているみたいで……」
バタバタと、ネネコとヒロカが、取っ組み合いを始める。
その様子を見て、一番驚いていたのが、ミナミとミユキだった。
さきほどまで、一番、この場で困惑し、混乱し、今にも自殺しそうだったのは、ネネコだったはずだ。
なのに、そのネネコが、ヒロカを抑えようとしている。
突然のシンジからのプレゼントに、ヒロカの暴走。
これらが、混乱していたネネコの思考を一端リセットさせ、落ち着かせたのだろうが、実際に起きている目の前の光景をミナミとミユキは信じることが出来なかった。
一方、シンジは、その光景が当たり前であるかのように、ごく自然に話を続ける。
「えーっと、ヒロカちゃん」
「な、なんですか?」
「確認だけど、ヒロカちゃんとネネコちゃんは、俺に恩を感じているってことでいいのかな?」
「お、恩と言うか、私は……」
「え、あっ……その……」
シンジの質問に、二人は言いよどむ。
「どっちにしても、贈り物を断るってことは、相手を許せないか、関係を断ち切りたいと思っているかだ。二人が俺のことを嫌いじゃないなら、素直に受け取ってくれた方が嬉しいんだけど……」
シンジの言葉に、ネネコとヒロカは目を合わせる。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
そして、大人しくシンジからプレゼントを受け取った。
「……でも、その私は、私の兄が、明星さんのことを……」
プレゼントを受け取って、それでも思うところがあったのか、ネネコがシンジに向けて、もう一度謝罪の言葉を口にしようとする。
しかし、それをシンジは遮った。
「俺は、何とも思っていないから。そこまで気にしなくていいよ。もう過ぎたことだし」
「気にしてないって、でも、明星さんは殺されて……」
「それでも、俺に申し訳ないとか、謝罪をしたいとか、借りを返したいとか。そんなことを思っているなら、二人にはお願い事を聞いてもらおうかな」
ニヤリとシンジが笑う。
「……お願い事って、何ですか?」
男性からのお願い事に、イヤな思い出しかないネネコは、少し怯えた表情を浮かべる。
一方、ヒロカは、少しだけ怪訝な顔を見せただけだった。
「それは……料理だ」
「……料理?」
「そう。あそこのお姉さんたちと一緒に、ご飯を作って欲しいんだ。これからここにいる間は、毎日ね。出来る?」
「え……えっと……分かりました」
ネネコは、シンジの提案をよく飲み込めずにとりあえずうなづく。
「どうせそんなところだろうと思いましたよ。そんな内容なら、何で一回、意地悪く笑うんだよ」
ヒロカは、呆れたように息を吐いて力を抜く。
「……じゃあ、よろしく。豊橋さんも、飾道さんも、教えながら作るのは大変だと思うけど、お願いね」
「……へ? ああ、分かりました。じゃあ、二人とも手を洗って、エプロンつけて……」
ミ ユキが、ネネコとヒロカに指示を出していく。
「……二人の面倒を見るのが私たちの、明星さんへのプレゼントのお返しか。そして、あの子たちのお返しが、料理を作ること」
シンジへのお返しのはずなのに、そこにシンジは一切関わっていない。
いつの間にか、部屋にシンジがいないことに気がついて、ミナミはそっと息を吐いた。
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