第283話 お風呂が先
くるくると回っている、顔の整った少年。
小学生の姿になっているコタロウに、その場の全員が反応に困っていた。
「シンジが! あのシンジが! こんな美少女たちを引き連れて帰ってくるなんて! 親友としてこんなにうれしいことがあるだろうか! いやない!」
「うるせーよ。ていうか、さっさと案内しろ。皆、疲れているんだからな」
シンジに言われると、コタロウはうれしそうにくるくると回りながら進み始める。
「オッケーオッケー! じゃあお決まりの言葉を言ってみよう」
てへ、とコタロウは舌をだした。
「……なんだよ」
「お風呂にする? 食事にする? そ・れ・と・も・し・ん・じ?」
シンジはコタロウの頭を蹴り飛ばす。
「痛い!? 何をするんだよ!」
「蹴られて当たり前だろうが。なんでそんな使い古されたしょうもないギャクに巻き込まれなきゃならねーんだよ。スベるなら一人でスベろ」
基本的に、先ほどのせりふは言った本人でシメるモノだ。
「そんな!スベるときは一緒だってあのとき誓ったじゃないか!」
「そんな誓いたてた覚えはねーよ!」
「我ら、ボケる時は違えど、スベるときは同じである」
「なんだその地獄の誓いは!」
なんて言い合いをしている二人の後ろで、少女たちはぽかーんとそのやりとりを見ていた。
「なんか、あんな明星先輩をはじめてみるんだけど」
「男友達相手だとやはり違うということでしょう。私はこの10日ですっかり見慣れましたが」
そんなユリナは、やけにうれしそうな顔を浮かべている。
「なんか、やっぱりユリちゃん……」
「なんですか?」
「いや、なんでも……」
皆の前では、特に、シンジの前では聞きにくいとマドカは口を濁す。
「で、大丈夫なのか? 急に人数が増えたけど」
「あー、さすがにあと少しかかるってさ。だから、真面目な話、先にお風呂はどうかな?」
コタロウの提案に、シンジはマドカたちをみる。
「風呂か。どうする? 温泉は前みたいに使えるし。ちょっと時間は早いけど」
今は夕方の4時。まだ明るい時間ではある。
「……そうですね。その方が都合がいいのなら……」
なにやら準備をしていることを察したマドカが、シンジの提案に乗る。
「私は、先にネネコを寝かせてもいいですか?」
ヒロカは背負っているネネコをみる。
「……そうだね。お願いできる?」
ヒロカがうなづくのを見て、シンジは自分の胸元に目を向ける。
そこにいるのは、絶賛お姫様だっこ中のセイだ。
「というわけで、常春さんもお風呂に入ったら? 疲れているでしょ?」
「……むー」
返事をせずに、セイは不満げにシンジの胸に顔をグリグリと押し当てる。
「……完全にだだっ子だね」
「まぁ、気持ちは分からなくもないですけどね」
「分からなくもないって」
不思議そうにマドカはユリナをみる。
「目の前であんな死に方をされたんですよ? 離れるのが不安になって当然でしょう」
と、ユリナは平然な顔で答えた。
平然と言うか、どこか余裕さえ感じさせる。
「しかし……気持ちは分かるのですが、やはりセイとマドカにはお風呂に入ってきてほしい気持ちはあるんですよね」
「あー……やっぱり?」
ユリナの言いたいことを、マドカは理解している。
「んーしょうがない。私からセイちゃんに言うよ」
「……おや? 大丈夫ですか?」
「うん。それに、さっきからセイちゃん私にヒドいことばっかり言っているし、これくらいはね」
そう言って、マドカはセイに近づいてくる。
「ねぇねぇ、セイちゃん。ここは先輩の言うとおりお風呂に入ろうよ」
「……イヤだ。なんでマドカさんにそんなことを……」
「でもさ、セイちゃん」
ちらりと不機嫌そうな顔を見せたセイに、マドカは近づいて耳元でささやく。
「昨日から歩きっぱなしで、汗もろくに拭けてないよね?」
セイは、マドカの言葉を聞いた瞬間、がばりとその顔を上げる。
「う……あ……」
セイの顔は、真っ赤になっていた。
「セイちゃん、お風呂に入ろう?」
「あ……あ……」
セイはわたわたとあわてて、シンジはそっとセイを床におろす。
「そ、その、ありがとうございます、明星先輩。あ、あの、じゃあ、私はお風呂に入ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
苦笑しているシンジの顔を見て、セイはもう、茹でダコのようになっている。
「ご、ごめんなさいでした!!」
セイは、脱兎のごとく温泉に向かって駆けだしていった。
「あ、待ってよ、セイちゃん! それじゃあ、またあとで。場所は明星先輩のご自宅でいいんですか?」
「あー……いや、準備が終わったらあとで迎えに行くから。ゆっくり入ってきていいよ」
「はい。お言葉に甘えて。セイちゃんには上手く言っておきますから」
そう言って、マドカもセイのあとを追って温泉に向かう。
「……おもしろい子たちだね」
そんなシンジ達の様子を見て、コタロウはほほえましそうにしている。
「いい子達だよ。本当に。じゃあ、俺たちも行こうか。ヒロカちゃん。ネネコちゃんはとりあえず俺の自宅でいい? あとで希望の部屋があったら用意するからさ」
「はい、ありがとうございます」
ヒロカは頭を下げ、そのまま彼らはシンジの自宅へと向かった。
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