第277話 雪が強くなっていく

「……本当に、何もないね」


 体育館について、ぽつりとマドカは言った。


 先ほどまであったはずの死体が、綺麗になくなっている。

 残っているのは、血の跡だけだ。

 ヒロカとライドは、何も言わずに立ち尽くしていた。

 ただ、悔しそうにヒロカは拳を握り、ライドは歯を鳴らしている。


 シンジは、クルリと辺りを見回し、少し考えてから白い息を吐いた。


「……何か分かったのですか? ヤクマの実験体とドラゴンの死骸を回収して、アレが何をするつもりか」


「……あとで、だな。あんまり気持ちの良い話じゃない」


 シンジは、そう言ってセイに目を移す。

 セイは、しっかりとシンジにくっついていた。


「……今聞く必要はないということですか?」


「……そうだな。聞いても、どうしようもない」


 シンジの視界の端で、ヒロカとライドが動く。

 ヒロカの背中に翼が生え、体を鱗が覆っていく。


「……ヒロカちゃん!」


 マドカは驚き、あわてる。


 その間にも、ヒロカに生えた翼はどんどん大きくなっていく。

 まるで、今すぐにでも飛んでいきそうに。


「……ヒロカちゃん」


 そんなヒロカに、シンジが声をかけた。


「……止めないでください。私は、今すぐにでも……!」


「止めないけどさ……死なないでね」


「……っ!」


 ヒロカの羽の肥大化が、止まる。


「……死なないで、って」


「だって、アレにはまだヒロカちゃんは勝てない。今戦いにいったら殺されるだけだ。そして、喜ばれる。生きの良い実験体が手に入ったってさ。ヤクマとか、アレとかに」


「……そんなこと! そんな……こと……」


 ヒロカの声が、小さくなっていく。

 それに合わせるように、背中の羽も。


「……分かっている。大丈夫。ヒロカちゃんは、ちゃんと全部分かっている」


「……そ……そん……」


 ヒロカは、しばらく泣いていた。

 彼女の慟哭を消すように、雪はドンドン強く、空を白く変えていった。


 ヒロカが泣き終わるのを待ってから、シンジたちは体育館横の校舎にある座談室に やってきていた。ユリナは扉を少しだけ開けて中の様子を確認する。


「……ここでは変な事はしていないようですね」


 特に問題はなかったのだろう。そのままユリナは扉を開けた。

 適当に置かれていたイスを各自持ち、円上に並べていく。


「マドカ。ネネコはここに」


 ユリナがアイテムボックスから毛布を取り出して机に広げる。


「……ありがとう」


 ネネコを毛布でくるむように寝かせてあげると、マドカもイスに座った。


「じゃあ、ちょっとじっくりお話ししようか。まずは、俺たちがどうやって生き返ったのか、だよね」


 シンジが口を開く。


 ちなみに、セイはシンジに抱きついたままだ。

 下ろしてイスに座らせようとしたが離れなかったのだ。

 横抱きではなく、シンジの正面にセイは抱きついている。セイの手はシンジの首に回り、足は広げてシンジの腰の所にある。

 まぁ、簡単に言えば抱っこの状態だ。


「……抱っこというか、シンジとセイの年齢でその体勢だと対面ざ……」


「話すぞー」


 ユリナの言葉をシンジは遮る。


「俺が意識を取り戻したのは殺されてから丸二日が経過した朝で……」


 シンジは話し始めた。

 彼が生き返った時の話を。

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