第275話 セラフィンが遊ぶ

「……マドカ? 何を言って……」


「うるさい!」


マドカは、近くにいたユリナに斧を向ける。


「セイちゃん! このセラフィンの能力は、技能は、『洗脳』だよ! ここに来る前に、雪山で話したでしょう? 詳細はわからないけど、半蔵さんと、滝本先生と一緒にずっと探っていたから多分間違いないって! セイちゃんもそうだと思うって!」


雪山で、お互いに簡単な情報交換はしていた。

シシト達の行動パターンから、レベルや技能。

もちろん、セラフィンの事も、調べることが出来た情報は伝えてある。


マドカは、じりじりとユリナから距離をとり、セイの方を見た。


「……おかしいとは思ったんだ。こんな所で明星先輩に再会するのはあまりに出来過ぎているし、それにユリちゃんが強すぎるし、呼び方も、そういえば変だ。いつの間にか、私たちはセラフィンに『洗脳』されちゃっていたんだよ! 今セイちゃんが抱きついているのは、偽物! 幻! セラフィンに『洗脳』されて見せられている明星先輩の幻覚だよ!」


セラフィンは、笑っていた。

愉快そうに、愉悦を感じ、浸っている。


その様子が手に取るように伝わる。


自分の技能をバラされたと言うのに、そこに焦りも何もない。

それはそうだろう。


セイは、まだシンジに抱きついたままだからだ。


「セイちゃん!」


マドカは、再度叫ぶ。


シンジの幻覚を無視し、セラフィンを倒さなくてはいけない。

そのためには、セイの協力は必要不可欠だ。


「違う!」


だが、セイが大きな声で返した。


「違う! 違う! この明星先輩は本物だよ! 偽物なんかじゃない! 幻なんかじゃない! 幻覚でもなくて……本物の明星先輩だよ!」


ぎゅっと、セイはシンジに抱きつく。


すがるように。願うように。

それを見て、セイの必死な返答を聞いて、マドカの奥歯がギリっと鳴る。


胸が痛い。張り裂けそうだ。

あれほどまでに、文字通りおかしくなりそうなくらいにまで求めていたシンジに、やっと会えたのだ。

それが偽物だなんて、信じられるわけがない。

その幻から、抜け出せるわけがない。


(でも、セイちゃんを早く正気に戻さないと……!)


「おやおや……これはこれは……」


セラフィンは、本当に楽しそうだ。

ここまで醜悪な笑みを、マドカは見たことがない。


「つらら、ですねぇ」


セラフィンがそう言うと、シンジの周りに、セイの周りにはいつの間にかつららが現れていた。


鋭くとがった、鋭利なつらら。

人間の皮膚など、簡単に貫いてしまうだろう。


あれも幻覚か。『洗脳』されて見せられているモノなのか。

それとも、本物なのか。

判別が付かない。だが、無視できるモノではないはずだ。


「セイちゃん!」


マドカが叫ぶ。


(あの偽物を倒さないと!)


マドカが、シンジを倒すためにセイに向かって駆け出した。

駆け出そうとした。


「……くっ!?」


しかし、その足は踏み出せなかった。


「……動かないでください」


マドカの足を止めたのは、ユリナの氷だ。


「この……偽物のくせにっ!」


睨みつけたマドカからユリナは呆れたように目をそらす。


片手を上げているユリナの周りで、セイの周りで発生しているモノと同じつららが、ピキピキと音を立てながらさらに生成されていく。


マドカは天井にいるセラフィンを見た。


セラフィンは、まだ口角を上げて笑っている。


醜悪に。


「おやおやぁ……これは大変だぁ……」


他人事のように、鑑賞している。

羽を広げて。


それは、まるで本当に天から人間を見下ろしている神の使いのようである。


(……セイちゃんがあのままだと、勝てない。逃げないと。でも、どうやって? セイちゃんは完全に『洗脳』されている。明星先輩の偽物に狂っている……)


シンジが、手を挙げていた。


それに併せて、セイの周りのつららが浮き上がる。


「……セイちゃん!」


つららが、飛んだ。







「……え?」


セラフィンに向かって。


セラフィンの顔面ギリギリで、つららがその動きを止めている。


「……残念。かかったのは一人だけ、か。愛し合うモノ同士に疑心暗鬼が生じ、互いに傷つけ殺し合う……最高に美しい『愛』の形が見れると思ったのですがね」


くすりと、セラフィンが笑う。


「……ど、どういう……」


「偶然。生き返っていたメイセイシンジと逃げ出したトコハルセイが再会しているのを見かけたのでちょっと遊んでみたのですが……中々思うとおりにいきませんねぇ……これも『愛』のなせる業なのか。いえ、そういえばトコハルセイは『魔』を操れるのでしたか。それだと私の技能の効きが悪いのは当然か。トコハルセイは知っていましたが、まさかメイセイシンジとミズハシユリナも『魔』を扱うとは」


マドカはユリナとシンジを見る。


ユリナとシンジは、しっかりとセラフィンを見すえていた。


その目は、明らかにセラフィンを敵としている。


「……シンジ。これがあれでいいんですよね?」


「多分そうだね。こんな所であれに会うとは思わなかったけど」


「……これにあれ、ですか?」


ピキリと、セラフィンの前で止まっていたつららに亀裂が入る。


「……ひっ!?」


同時に、マドカに悪寒が走った。

セラフィンから圧迫感のようなモノを感じ、背中を仰け反らせる。


足が凍っていなかったら、尻餅をついていただろう。


「……もう目的は達成しましたし、『遊び』も終わったので帰ろうと思いましたが……殺しましょうか?」


完全につつらが砕け散る。


破裂音が響き、氷の破片がマドカ達に降り注ぐ。


「……う、あ……」


マドカの歯が、ガチガチと鳴る。


ここまでの圧迫感を、恐怖を感じたのは始めてだ。


あのマンションの近くで遭遇したドラゴンでさえ、ガオマロでさえ、ここまでの恐怖は感じていない。


「殺す、ねぇ。できるのか?」


そんなマドカの恐怖を吹き飛ばすように、平然とした声が聞こえてくる。


声の主はシンジだ。


「……アナタはずいぶんと余裕ですね。そこのマドカさんなんてあんなに恐怖で震えているのに……」


「震えさせているのはお前だろ?」


シンジは呆れたように息を吐く。


「とりあえず、決めろ。ここで俺たちを相手にするかどうか、をな」


シンジの周りに、今度は氷の球体が現れる。

一つではない。

十は軽く越えているだろう。

それを見て、セラフィンは眉を上げた。


「……ほう」


ユリナも、同じような球体を複数作り出している。


シュリュシュルと、その球体は高速で回転していた。


「……なるほど。高速で回転する透明の球体……私の技能についてさすがに聞いていましたか。それは確かに私にとって効果的ですね」


「で、どうするんだ?」


シンジの再度の問いに、セラフィンは目を閉じる。


「そうですねぇ……」


うーんと悩んでいるセラフィンの背後、そこに黒い影が現れる。


ドラゴン化した、ヒロカだ。


「やぁああああ!」


状況を見て、セラフィンを敵と判断したのだろう。

まるでナイフのようなヒロカの爪が、セラフィンを襲う。


「……っく!?」


が、その手はセラフィンの体に届く前に止まってしまっていた。


「……ん? なんですか、あなたは?」


セラフィンが、軽く指を振る。


「え……? きゃっ!?」


すると、突然、強風にあおられたようにヒロカが吹き飛ぶ。


「ヒロカちゃん!?」


ヒロカが壁にぶつかる。その瞬間。

その壁が崩壊した。


「……ライド」


ヒロカが壁にぶつかる前に、ライドが壁を壊しながら校舎に侵入、ヒロカを受け止めていたのだ。


「……グルル」


ヒロカはお礼を言おうとライドを見るが、ライドはヒロカの事を見ていなかった。


見ているのは、睨んでいるのは、殺意をこめているのは、ふよふよと浮いているセラフィンだった。


「……ライド! あなた、どうしたの、この傷!?」


ライドの様子がおかしいことに気づいたヒロカは、すぐにその体の異常にも気づく。


傷だらけだ。

血塗れで、至る所に内出血もある。


「もう起きてきたのですか。殺したと思ったのですが……そこのドラゴンも、そこの女の子も、もしかして彼女たちがヤクマが作ったという……」


ふぅ……とセラフィンは息を吐く。


ため息だ。


だがそれは何か嘲笑が混じっている。


「これは、帰りましょうか。『魔』の使い手が三人に」


そういって、セラフィンはシンジとユリナとセイに目を向ける。


「『邪神』のなりかけが二匹」


次に、ヒロカとライド。


「そして、『町』の破壊者」


「『町』の破壊者!?」


最後にセラフィンに目を向けられたマドカが憤った。


そんなマドカを無視して、セラフィンはシンジに言う。


「さすがに、これだけを相手にすると少々『疲れ』ますからね。先ほども言いましたが、これは『遊び』ここに来た目的は達成していますし、大人しく帰りますよ」


「……『疲れ』るか」


「ええ本当に」


セラフィンが指を振る。


すると、シンジの周りに浮かんでいた高速で回転する氷の球体が粉々に砕け散る。

もちろん、ユリナのモノもだ。


「しがないマスコットキャラクターでは、『疲れ』てしまう……フィン」


そう言い残し、セラフィンは消えた。


「……転移か」


セラフィンの気配がなくなったのを確認し、ふぅとシンジは力を抜く。

そのシンジに、しっかりとセイが抱きついていた。

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