第258話 シシトが呪いを解く

 それからしばらく、シシト達はセイの近くにいて、別の人たちと歓談していた。

 やはり何人か見た覚えのある人がいて、中にはセイの事を睨んでくる人物もいたが、特に相手もせずに時間が過ぎていった。

 その歓談中。セラフィンは会場をクルクルと飛び回り続け、会場の女性の多くがそれを可愛い可愛いと見つめ続けていたが、あの羽虫のどこが可愛いか分からなくてセイはただ黙って立っていた。

 そして、ロナがステージの方に向かってしばらくたって、急に、会場の明かりが落ちた。

 小さな悲鳴が聞こえると同時に、ステージの上にいつの間にか現れていたスクリーンが光を反射して白く光っている。


「……大変お待たせしました。これより、本日のために用意したスペシャル映像を流します。これは、私たちSLAPの理念をもういちど再確認するために作られた映像です。愛のため。平和のため。もう一度、あのときのような誰も殺す必要のない世界にするために、この映像からしっかりと学んでください」


 これが、シシトが用意したイベントなのだろう。

 スクリーンには、何かどこかで見たことのある白黒の映像が……おそらく、世界大戦の時の映像だろう。

 軍服を着た人が行進し、それに向かって旗を振り、飛行機が飛んで、チョビヒゲを生やした人が演説をして、ボロボロの服を着た子供が立っている。


 そんな映像が次々と流れ、バックに文字で


--私たちは争いを繰り返してきた--


--その過ちを、僕たちは繰り返してはいけない--


 など、そんな言葉が流れていく。


 なんで今頃道徳などの時間で見せられるような映像を見ないといけないのだろう。

 そんな事を思っていると、また画像が切り替わった。

 現代の映像だ。

 というか、本当にごく最近撮られたのだろう。

 出ている生き物が、魔物だからだ。

 ワイバーンと言っただろうか。

 黒い羽の生えたドラゴンが、翼を広げて吠えている。

 そのドラゴンを囲んでいるのは、軍服に身を包んだ。兵士だ。


(あ、半蔵さん)


 半蔵の顔が大きく表示される。どうやら合図を出したようだ。

 その合図に従って、ドラゴンに銃弾が撃ち込まれていく。

 炎と煙がワイバーンを覆う。

 倒したか、と思うと同時に、炎と煙が晴れ、そこに白い制服に身を包んだ少年と少女たちがいた。


 ……シシトだ。シシトの背後には、ワイバーンは血だらけで倒れている。

 シシト達は、そのワイバーンを庇うように立っていた。


--争いは何も生まない たとえ、魔物と呼ばれる生き物が相手でも—


 ワイバーンの体が淡く光る。

 血を流して倒れていたワイバーンの傷が癒えていき、そしてワイバーンは起き上がった。

 半蔵が何か言っているが、聞き取れないように細工されているのか、よく分からない。

 ただ、その映像を見る限り、半蔵がまるで喚いているように思える。

 そんな半蔵を無視するようにシシトはワイバーンに手をかざし、ワイバーンがシシトに頭を垂れた。


--こうして、仲良くすることが出来る。友達になれる—


 そう字幕が流れるシシトとワイバーンの光景は、確かに神秘的で幻想的で……そう思えるように編集されていた。


--僕たちは争いを求めない。争いをしない。世界に平和を 世界に愛を 世界に、幸せを—


 そんな文字と共に、映像は半蔵達に移っていた。

 闘ったのだろう。

 薄汚れた軍服に、疲れ切った顔。

 惨めで、可哀想に移るように撮られた映像。


--僕たちは許さない。人を、生き物をむやみに殺す存在--

-- KillerSLAP 殺人鬼に平手打ちを—


 これ以上は見ていられなくて、セイは呆れて目を閉じようとする。

 すると、映像の雰囲気が急に変わった。


 映っているのは、男子学生だ。

 場所はどこかの建物。

 どこかで見たような顔の学生。


 その男子学生が、何やらインタビューを受けているようである。


『目の前で親友は殺されました。あいつに……』


 ナレーションが入る。


--彼の親友は、邪悪な心を持った殺人鬼に殺されてしまった。おかしくなったからと、無惨にも斬り殺されたのだ--


『良い奴だったんだ。田所は。本当に、明るくて、楽しくて……親友だったんだ。なのに、それなのに……』


--なぜ、罪もない若者が殺されなくてはいけないのだろう。彼にも明るい未来があったはずだ。楽しい未来があったはずだ。それを奪った男の名前は……--


『俺は許さない……明星真司を!』


 凄惨な音と共に、スクリーン一杯に、おそらく制作されていたであろう卒業アルバムなどから入手したと思われる、学生服姿のシンジの姿が大きく映し出された。

 だが、そのシンジの姿は、セイの記憶にある姿よりも痩せこけ、目つきが悪く、汚れていた。


 そのシンジの姿の後に、インタビューを受けていた男子学生の握り拳がアップで映し出され、その後彼の顔が正面から撮られた。

 彼の顔は涙でいっぱいだった。

 彼の名前は……川田。田所という死鬼化してしまった友人をシンジに倒されてしまった学生。

 パーティー会場で見覚えがあると思ったうちの一人だ。


 そうであるとセイが気づいた時、画面が切り替わる。


 映像には、ぶくぶくと太っている男が映し出された。

 ナレーションで説明が入る。


--彼の兄もまた、明星真司という殺人鬼に苦しめられた一人である。--


『ぼ、ぼく……いや、私が家で立てこもっていたら、アイツが急にやってきたんだ』


--勇敢にも、この現状に彼が孤独に耐えて自宅で魔物たちから身を守っていると、あの殺人鬼が家にやってきたらしい。--


『食料、服も、何もかも取られて家を追い出された……ました。あの家は、お母さんやそれに、弟、タカジの思い出もあったのに……』


--命だけでなく、大切な思い出も奪った殺人鬼。その後も、彼は殺人鬼に苦しめられる事になる。--


『あ、ああ。そうだ。命令で化け物の監視をさせられて……たまに女の子も傷つけるように言われて……やりたくなかったんだ! 本当に! 嫌々やらされて……』


 ぶくぶくと太っている男が、必死に手を振る。

 コイツは誰だかすぐに分かった。


 カズタカだ。

 川田の兄。

 確かにシンジと戦ってマンションを追い出された男だが……セイは違和感を覚えていた。

 最後に、まるでカズタカはシンジに命令されていたように言っていた。

 そんな事はなかったと思うが……


 画面が切り替わる。


 次は女性だ。

 いや、女子だ。

 小学生くらいの女の子。

 モザイクで処理されているが、誰なのかすぐに分かる。


 ネネコだ。


『ヒドいことを沢山されました。無理矢理服を脱がされて、それでゴキブリが入った水槽に……』


 声も加工されているが、ネネコに間違いない。

 近くにいるシシトが辛そうに顔を歪めているのだ。

 ナレーションが入る。


--あまりに凄惨な彼女の体験。聞いている我々も寒気がした。--


『許せないです。本当に。あの男……ガオマロは』


--彼女が語った男の名前。ガオマロ。それは、偽名だ。--


『……そうでしたね。ガオマロ……いえ、明星真司は、絶対に許せません。お兄……シシトさんが、倒してくれたけど、まだ……』


--殺人鬼は、倒された。しかし殺人鬼の呪いは、殺人鬼が倒された後も、彼女の中に残されていた。--


『皆、私の呪いを解くために頑張ってくれました。お医者さん。ネモンさん。先生に、カズタカさんに、それに、大好きなお兄ちゃん。皆ありがとうございます。皆の愛で、私の呪いは解けました。今の私はとっても幸せです』


--愛の力。それだけが、殺人鬼の呪いに打ち勝つ力。--


--明星真司は倒された。しかし、まだこの世界には沢山の殺人鬼の呪いの犠牲者がいる。--

--彼らを治すのは愛の力。平和への意志。幸せにしたいという思いやり。もう、呪いの犠牲者を出してはいけない。誰も殺しては行けない。--


 画面が次々に切り替わる。

 皆、口々に語っていく。


『ガオマロは……明星真司は許せない』

『人を殺してはダメだ』

『俺も呪いにかけられていた。ガオ……明星真司に』

『あんな辛いことはもうイヤだ』

『二度と人を殺させない』

『呪いが解けて気がついた。あんな事をさせていた明星真司を俺は許せない』

……


--Killer SLAP--

--殺人鬼を許さない。殺人鬼に平手打ちを--

--僕たちから始めよう--

--世界に愛を 世界に平和を 世界に幸せを--



 映像が終わる。

 会場に明かりがつき、ステージには、いつの間にかシシトが立っていた。


「皆様。今日はお集まりいただきまして、ありがとうございました。先ほどご覧になられた映像は、皆様にご協力いただいて完成した物です。中には辛い出来事を思い出させてしまった方々もいらっしゃると思います。申し訳ありません。しかし、その辛い思いを語っていただくことで、別の誰か。別の呪いで苦しんでいる人を助ける事が出来る。そう思い、そう信じてこの映像を完成させました」


 シシトが、手を振る。

 振った先が、セイの方向で止まった。


 会場中の視線が、自然とセイに集まる。


「……彼女は、この十日間。ずっと殺人鬼にかけられた呪いに苦しめられてきました。ガオマロ……明星真司という、邪悪な存在に操られていたのです。僕も色々手を尽くしました。愛を尽くしました。しかし、呪いは強力で、中々良くならなかった。でも、今なら、あの映像を、皆様の愛と平和と幸せへの思いを見た後なら、きっと呪いの力は弱まっているはず! 治っているはずです!」


 シシトの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「さぁ、常春さん。こっちへ」


 シシトは手招きをしてセイを呼んだ。

 会場にいる人が分かれて、シシトがいる所まで道が出来る。


「さぁ、常春ちゃん」


「……いって」


 ユイとコトリに促されて、セイは、素直にシシトがいるステージに向かって歩いていく。


 会場は静かだった。

 皆、セイを見守っている。

 ステージに続く階段を上り、セイはシシトの横に立った。


「……常春さん。君は今、呪いの力がとても弱くなっている。だから……」


 シシトは、優しくセイの肩を持つ。


「……愛している。僕が常春さんの事を、幸せにする」


 シシトは、徐々にセイに顔を近づけてくる。


「……これから一緒に、世界を平和にしていこう」











「いや、死ねよ」




「え……ぎゃぁああああ!?」


 シシトの眼球に、セイの指が二本。突き刺さっていた。


「……しっ!」


シシトの顔から指を引き抜きながら、セイは、反対側の左手で、シシトの喉を殴った。

 

「……カッツッッツッツ!?!?」


 ピシリと、亀裂音。


「汚っな。やっぱりこの目、腐ってんじゃん。呪いとかバカじゃねーの?」


 喉を押さえるシシトを睨みながら、セイは右手の人差し指と中指に刺さっていたシシトの目玉を振り払う。


「な、な……呪……なん……うげっ!?」


 セイの右足が、シシトの股間を蹴り上げた。

 グチャリと、粘着質のある破裂音と共にシシトの体が数メートル浮き上がり、飛んでいく。

 まるでダンプカーにはねられたように。


「あ……がぁあああああああああああ!?」


 べちゃっと数メートルは飛ばされて落ちたシシトは、目、喉、股間。

 全ての激痛にのたうち回る。


「……ちっ! 潰れただけか。 死ねよ。なんで無駄に頑丈なんだよ。裂けろよ! 縦に真っ二つによ!」


 そんなシシトをまるで潰れても動いているゴキブリを見るような目でセイは見下ろす。


「呪い……確かになんかスッキリしている。あの部屋にいたときからなんかモヤが頭の中にかかっているみたいだった。でも、映像を見て、明星先輩の顔を見て、はっきりした」


 セイは、落ちていたシシトの目玉を踏みつける。


「お前は殺す。絶対に」


「……シシト!」


 ステージの上にいたロナと、会場にいたユイとコトリがセイに向かって飛びかかってくる。

 同時に、セイの拘束具が作動して手と手が、足と足がくっついてしまう。

 動けなくなる。

 しかし、セイの頭ははっきりしていた。

 映像を見ている最中から、シンジの顔を見た時から。


「……うぐ!?」


「がっ!?」


「うう!?」


 ロナ達三人の後ろには、セイの分身がいた。

 映像を見ている最中に分身を作り出して、会場に紛れこませていたのだ。

 セイの分身はそれぞれ彼女たちの首を押さえ込む。


 そして、別の分身が倒れ込んでいるシシトの前に立った。


「……死ね」


 立つと同時に、分身は倒れているシシトの顔面めがけて踏みつけた。

 分身の足はステージの床に大きな穴を空けたが……そこにシシトの姿はない。


「危なかった……フィン。もう大丈夫だフィン」


 セイは声が聞こえた方を見上げる。

 そこには、セラフィンとかいう白いハムスターもどきと、光の翼のような物を生やしているシシトがいた。


「……ダメか」


 最優先に警戒すべきあの白いハムス……羽虫に、セイは分身を五体向かわせていた。

 しかし、どうやら倒されてしまったらしい。

 セイの分身は、不意打ちとはいえ一体でユイやロナたちを押さえているというのに。


「ゴメンだフィン。シシト。彼女の呪いは私も弱めていたフィンが……呪いは想像以上に強力だったみたいだフィン。技能を使えることも思い出したようだフィン」


「いいよ、セラフィン。僕も……間違っていた」


 シシトが、両目から手を離す。そこは血で塗れていたが……しっかりと両目がそろっていた。

 喉も、股間も、復活したのだろう。

 確実に骨を折り、潰したはずだが。


 回復したようだ。

 おそらく、セラフィンの魔法で。


「……常春さん。残念だよ。君の呪いは僕が解きたかったんだけど」


 シシトの手に、白銀に輝く銃が現れる。

 シンジを一撃で殺した銃だ。


「……呪いなんてないし。それに呪いがあったとしたら、それを解けるのアンタじゃない」


 呪いを解く王子様は、セイにとって一人だけ。


「死ね」


 分身を五体。

 新たに作り出してシシトとセラフィンの元へと向かわせる。

 同時に、拘束されたまま、セイも飛んだ。



 五体の分身を相手にしていたら、どうしても隙が出来るはずだ。

 その隙をついて、シシトを殺す。

 手足はそれぞれ拘束されているが……一瞬なら神体の呼吸法で外す事が出来る。

 外したら、それを利用してシシトの首を切る。


 だが、シシトは銃口を分身の一体に向けると、引き金を引いた。


 それで、終わりだった。


 一発の銃弾が、五体すべての分身を。

 そして、セイの腹部を貫いた。


 銃弾は破裂し、セイの体を上半身と下半身に裂いていく。


「……常春さん。愛しているよ。君は必ず、幸せにしてみせる」


「……ちっ」


 シシトの言葉を聞きながら、セイは意識を失った。

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