第256話 食べ物が微妙

 パーティー会場は、体育館のような建物だった。

 そこにいくつかテーブルが並べられていて、簡単な軽食や飲み物が置かれている。

 正面には、ステージがあって、なにやらスピーカーなどの機材が設置されていた。

 ライブでもするのだろうか。

 ざっとパーティー会場の様子をセイが確認していると、シシト達の周りに人が集まり始めた。


「シシトさん! 今日はこんな素敵な会を開いてくれてありがとうございます! 俺たち、今日は本当に楽しみで楽しみで……」


「準備は完了してます。リハも終わりました。皆楽しみにしてますよ!」


 シシトたちのように白い制服を着た男たちが次々とシシトに何やら報告していく。


(なんか、どっかで……)


 その男たちに何やら既視感を覚えつつ、セイはシシト達の後ろでそっと佇む。

 一応、拘束具はつけられたままだが、手足は自由に動かせる状態ではある。

 しかし、大人しくするとアオイにお願いされているのだ。


 暴れないように。

 目立たないように。


 そして、気にしないように。


 セイは、壁に寄りかかり、全ての情報を遮断しようとした。

 だが、周りが放っておくような外見を残念ながらセイはしていなかった。

 はじめはシシトに声をかけていた男たちは、シシトの周りにいる美少女にも話しかけていく。

 それをロナ達は適当にあしらっていたが、その中には当然セイに声をかける者は現れてくる。


「あれ? 君もシシトさんの知り合い? 一人だけ制服が違うけど、今日はパーティーを楽しんで……ヒッ!?」


 話しかけてきた男を睨んでセイは黙らせた。


「……ん? あ、大丈夫ですか? ごめんなさい。この子は、その……」


「あ、ああ。この子が、あの呪われている……そう言えば見覚えがあります」


 顔を青ざめる男に、シシトは声をかける。

 すると、他の男たちもセイの存在に気づいたのか、口々につぶやきはじめた。


「ああ、これが例の……」

「呪われている……」

「生で見るとマジで可愛いな」

「けど、なんか怖いな」

「気をつけろよ。あんな見た目でマジでヤバいからな、あの子」

「……エロい」


 ごちゃごちゃ何やら言っている男のたちの言葉を無視していると、セイの首に何か巻き付く感触があった。


「……なに?」


 その犯人を、コトリをセイは睨む。


「……大人しくしてて」


「私は何もしていないでしょう?」


 コトリが、ピクリと指を動かす。

 それに合わせてセイの首が締まった。

 このままくだらないパーティーに参加するくらいなら気絶させられてもいいか、なんてセイは思ったのだが。


「……コトリ! やめろ!」


 すぐにシシトがコトリを止めてしまう。

 セイの首から、巻き付いている感触が消えた。


「……ごめん、皆。持ち場も戻ってくれないか? そろそろ入場を開始しよう。今日はパーティーだ。楽しい会にしないと」


 シシトのかけ声で男たちが散っていく。


「……コトリ、常春さんも。頼むからもめ事はやめてくれ」


 セイはシシトから顔をそむける。

 どうやら想像以上にこのパーティーとやらは疲れそうだ。

 そう思って、セイはより深く壁によりかかった。




「本日はお集まりいただき、ありがとうございます……」


 ステージの上では、ロナがマイクを手にあいさつをしている。

 その横にはシシトが肩にセラフィンを乗せて立っていて、それをセイはステージから一番近い場所の壁際に立って聞いていた。


「うひゃー、見てみてコトリ。すごいご馳走だよ!」


「ユイ、静かにして」


 ユイとコトリは、セイの横にいた。

 いくつかのテーブルの上に乗せられている食べ物を見て、ユイは興奮しているようだ。

 乗っているのは果物や野菜ばかり(しかも色や形が悪い)で、肉や魚、パンなどはほんの少ししかない。飲み物だけはお茶や水以外にもお酒やジュースなどが揃っているようだが、セイにはとてもご馳走には見えないものばかりであった。

 なのに、ユイは今にも食べ物に向かって飛び出しそうな勢いである。


 そのテーブルの周りには、二十代から十代の若者たちが所狭しと立っている。


 千人以上はいるかもしれない。


 町の広さから考えても、おそらく聖槍町にいる全ての若者たちがこのパーティーに参加しているのではないだろうか。

 若者たちは、半数がシシト達のような白い制服を着ているが、他の者は違う。

 ただ、色の指定がされているのか、皆白い服を着ていた。

 ちらほらと見覚えのある顔があり、どうやらセイが通っていた高校である女原高等学校の生徒もいるようだ。


 そんな事を考えていると、パチパチと拍手が鳴り響く。

 どうやらロナが挨拶を終えたようだ。

 ロナがステージを降りると、次はゾロゾロと舞台袖から六十代くらいの高齢者の集団が現れた。


 彼らは、白い服ではなく、原色の、どこかみずぼらしい服を着ていて、そして目が異様にギラついていた。


 各々、手には『世界平和実現!!』『人殺しはやめろ!』『平和を守れ!』

 などと書かれたプラカードを持っている。


「本日はKillerSLAPの愛と幸せのパーティーに参加していただきまして、ありがとうございます」


 彼らの中央にいた唯一スーツ姿の柔和そうな笑みを浮かべている男性が、挨拶を始める。


「今日は、パーティーです。素敵なご馳走。私の挨拶のあとには、アーティストやアイドルによるバンド演奏などもあります。楽しんでいただきたいと思います。しかし、私から一つ皆様にお伝えしたい事があります」


 男性は、こういった事に馴れているのだろうか、ステージの上で両手を大きく広げて、注目を浴びるようにしてから語り始める。


「本日は、パーティーです。パーティーとは、社交の場です。立場の違い、年齢の違い、様々な違いがあると思いますが、このパーティーを通して私たちのようなおじさんたちとも交流してみてください。おじさんたちは、君たちが知らないことも知っています。もちろん、若い子たちの事もおじさんは知らないので、私たちに教えてくれると嬉しいですね。あ、おじさん。このあと登場するアイドルのネネコちゃんのファンなので、そのことで語り合える人がいたらお話しましょう」


 クスクスと会場が笑いに包まれるが、セイは顔を歪める。


(……ネネコ?)


 そういえば、気にしていなかったがネネコやマドカはどうしているのだろうか。

 二人とも、元々シシトの事が大好きである。

 さらに、ネネコは妹だ。

 シンジの事など忘れて、シシトと仲良くしているのかもしれない。


(このテーブルの上に並んでいる野菜や果物も、もしかしてマドカさんが作った?)


 マドカが作った野菜にしては、色や形が悪いのが気にはなるが……その可能性はありそうだ。

 ユイも、マドカを愛人とか言っていた気がする。

 会場にマドカの姿はないが……これだけの野菜や果物を作ったのなら、SPをかなり消費しているはずだ。

 どこかで休んでいるのかもしれない。


「……まぁ、どうでもいいか」


 別に、ネネコやマドカがシシトと関係を戻してもどうでもいい。

 シンジに生き返らせてもらった恩を忘れるような奴、容赦なく殺せる。

 敵対するなら、敵だ。


「みなさんはまだ若い。学んで、この世界を正しい道に、平和な世界に導いてほしいと思います。世界に平和を! 世界に愛を! 世界に、幸せを!」


 そんな事を言いながら男性が壇上を降りていく。


 パラパラと拍手がなり、ステージに幕が下りる。

 その後、ロナが再び壇上に上がりマイクを持つ。


「それでは、準備がありますので、それまでの間皆様しばしご歓談ください。本日、テーブルの上に並んでいる野菜や果物は、我々の友人、百合野円さんが提供してくださった物です。本人はこのパーティーを欠席しておりますが、お手紙をお預かりしておりますので、本人に代わりまして読ませていただきます」


 ロナが手紙を取り出し、読み始める。

 やっぱり、この野菜はマドカの提供か、とセイは手紙の内容は聞かずに会場を見渡す。


 手紙の内容も、ロナや男性が語っていた内容と大差ないようだ。


 歓談ということで、ざわざわと会場が騒がしくなる。


 ユイはテーブルに飛びついて果物を手に取りはじめた。

 コトリもテコテコと歩いて果物を美味しそうに口に入れていく。


(……あれ?)


 ぐるりと会場を見ると、皆まずはテーブルの上にある果物や野菜を手に取っている。

 まぁ、パーティーなので食べ物に行くのは普通なのかもしれないが……何か妙に必死というか、ガッついているのだ。

 もっとも、シシトだけは、目をキラキラとさせてマドカからの手紙を聞き入っているが。


「ああ……百合野さん。百合野さんの作った野菜や果物。皆で仲良く食べるよ。ありがとう」


 ぼそぼそと、そんな事をつぶやいているシシトを心の底から気持ち悪いと思っていると、手紙を読み終えたロナが壇上から下りてきた。


「……はい、これ。百合野さんの手紙」


 ロナは、マドカの手紙をシシトに渡す。


「え? ロナ……」


「貴方に宛てたものもあったから。早くこういった場に出てこられるようになればいいのにね」


「これだけの野菜を用意してくれたんだから、疲れていると思うし、しょうがないよ。それに、親友が亡くなったんだ。まだ心の整理は出来ていないだろうし」


 シシトは大事そうにマドカの手紙をポケットに入れる。


「さぁ、百合野さんの野菜を食べましょう。取ってきてあげる。何がいい?」


「僕も行くよ」


 そう言って、二人は腕を組みながらテーブルに向かっていった。

 その所作は、どう考えてもお互いを愛し合っているカップルである。


(……気持ち悪っ)


 だからこそ、吐き気がする。

 マドカが作った野菜など食べる気にもなれず、セイはただ立っていた。

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