第255話 パーティが始まる

「準備できた?」


 ニコニコと笑顔でシシトが話しかけてくる。

 シシトは、セイの服装を見て、うれしそうに顔をゆがめた。


「やっぱり、常春さんは女原高校の制服が似合うね。あのときに戻ったみたいだ。あの、清廉で正しくて綺麗だった時みたいに。あ、綺麗って……」


 シシトは、頬を染める。

 そして、数瞬考えた後、改めるようにコホンとセキをした。


「うん。いや、僕は常春さんの事を綺麗だと思っている。常春さんは綺麗だよ。とっても。僕は、学校にいた時から、常春さんの事を綺麗だと思っていた。ずっと。無人島で言ったと思うけど、常春さんは幸せになるべきだと思う。そして、僕は常春さんを幸せにしたいんだ」


 シシトは、セイの手を握った。


「だから、しっかりと今から始まるパーティーを見ていて。呪いなんかに、負けないで」


 真剣な目で見つめてくるシシトに、セイは睨みだけを返した。


(何を言っているんだ? コイツ)


 という心の声は止まらない。

 制服を着ているセイは、確かにぱっと見、昨日のほとんど下着姿だった状態よりマシに見える。


 しかし、頭と両手足には、すぐにでもセイの動きを止める拘束具がついている。

 シシトが握っているセイの手だって、両手がくっついている状態なのだ。

 そんな状況にしている奴が幸せにするだの、どんな頭をしていたら言えるのだろうか。


 そもそも。


 シシトから、夕方から始まるパーティーに参加してもらうという事を告げられたのは十五分前の事だ。

 昨日。散々セイの胸を弄び、キスをしようとして出来なかった後には何も告げなかったのにである。

 普通、そういったパーティーに誘うなら少なくとも昨日の段階で話を持ってくるべきだろう。

 ましてや、開始三十分前にやってきて十五分で支度しろとは礼を失している。


 絶対に。幸せにしたいと思っている女子に対してする行動ではない。


 十五秒で支度しな。

 とか言われなかっただけでマシなのかもしれないが、十五分で出来ることなど限られている。


 制服以外にも、化粧品を一通りシシトは持ってきていたが、そんな物使う時間があるわけがない。

 ……まぁ、シシトが主催するパーティーに着飾るつもりもないのだが。

 適当に神体の呼吸法の修行でかいた汗を拭き、制服を着てセイの準備は終わった。


「お、セイちゃん準備できたの? うわー懐かしいね、その制服」


 部屋の扉が開き、ぞろぞろと他の連中も入ってきた。

 先頭はユイで、そのあとにロナとコトリ。

 彼女たちは、あのとき……シンジを殺したときのような白い制服を着ていた。


 シシトも同じである。


 セイは目を閉じる。

 どうしても、シンジを殺された時を思い出してしまう。

 正直、シシトがこの部屋に入ってきたときから、何度シシトの首を折ってしまおうかと思ったか分からない。


 しかし、セイは何とかこらえていた。

 アオイとの。母親との約束もある。

 それに何より。

 シシトの肩にずっと乗っていたあの生き物の存在。


「それで……どうなの? 制服を着せても変化はない?」


「呪いにかけられているときもこの子は制服を着ていたフィン。あまり効果はないと思うフィン」


 ロナの質問に答える生き物。

 白いハムスターのような羽の生えた生き物。

 セラフィン、といったか。

 この生き物が肩にいたおかげで、セイはシシトに何も出来なかった。

 動けなかった。


(……何だろう。この見えない手で押さえられるような感覚。それに、この感覚どこかで……)


 ロナとセラフィンが話している間に、ユイがセイに近づいてきた。


「常春ちゃん。そんなに難しい顔して何を考えているの? これから楽しいパーティだよ? そんな顔じゃパーティを楽しめないって。ほら、スマイル、スマイル♪」


 そんな事を言いながら、ユイがセイの頬を持ち上げる。

 それを手で軽く払い、セイはユイを無言で睨んだ。

 そのセイの反応が気に入らなかったのか、ユイは頬を膨らませる。


「もう。今日のパーティーにセイちゃんが参加するの、皆も楽しみにしているんだよ?」


 そう言って、ユイは、セイに自分のiGODの画面を見せた。

 そこに映っているのは、セイを下から見上げている画像。

 セイのスカートの中を映し出されており、白いパンツがはっきりと見えた。


「……っ! このぉ!!」


 別に、この部屋が常に盗撮されていることを忘れたわけではない。

 しかし、改めてそれを見せられて押さえられるほど、セイの怒りは簡単なモノではない。

 ユイに襲いかかろうとした瞬間。


 セイの手足と首に黒い何かが巻きつく。

 そして、見えない何かがセイの体を押し倒し、押さえつけた。


「がっ!?」


「大丈夫か? ユイ?」


 バタバタとユイの周りにシシト達が集まる。


「うん、大丈夫。びっくりしたよ。常春ちゃんが突然襲ってきてさ」


「気をつけるフィン。『無光の聖玉』を消している代わりに、あの子の呪いや技能については魔法で制限しているフィンけど、それ以外は特に何もしていないフィン」


 ユイはテヘヘとシシトとその肩にいるセラフィンに笑う。


「……何をしていたの? ユイ? 何かを常春さんに見せていたみたいだけど」


 ロナの問いに、ユイはiGODの画面を見せる。


「んー? 別に。セイちゃんに会える事を他の人も楽しみにしているって教えてあげただけだよ」


 iGODの画面を、シシトも見る。


「えーっと……『今日は生のセイちゃんに会えるんだね。楽しみだな』『セイちゃん可愛い。制服姿似合っている』……皆に好かれているんだね、常春さん」


 嬉しそうに、シシトは目を細める。

 そんなシシトに呆れたような目をロナは向けて、そのあとコトリの方を向く。

 コトリは、シシトたちとセイの間に立って、セイを睨んでいた。


「……コトリ。もういいわ。そろそろ行かないとパーティに間に合わない」


「……私はやっぱり反対」


 セイを睨んだまま、コトリは強い口調で言う。


「……コトリ」


「……だって、呪われているくせに、殺人鬼のくせにパーティーに出るなんて贅沢だよ。なのに、ユイに襲いかかって……」


「その呪いを解くためにパーティに出てもらうんだ。パーティーに出れば、きっと常春さんの呪いも良くなる」


 シシトが、コトリの肩に手をおく。


「そろそろ行かないと。コトリ、常春さんの拘束を外して。常春さんも、ユイが見せたのはただの掲示板の画面と監視カメラの映像じゃないか。呪いのせいだとしても、怒るようなことじゃないだろ?」


(何を言っているんだ? コイツ)


 と、とっさに反論しようとして、セイはやめる。

 シシトが見せているiGODの画面では、映っているのは部屋全体を上から俯瞰している光景だからだ。


 ユイが画面を切り替えたか……例え切り替えていなくても、セイがコトリの拘束と見えない何かに押し倒されている以上、下からセイのパンツの中身を見ているような映像は映らない。


 それに、押し倒されて気づいたが、スカートの下がパンツなのはセイだけだった。

 ロナたちは全員スカートの下に黒の短パンをはいている。

 シシトが持っているiGODの映像が自動で切り替わっていくが、下から上を見上げる映像になっても、誰のパンツも映らない。


 ただ、黒い短パンが映るだけ。

 これでは、何も問題ない映像だとシシトなら思うだろう。

 もう少し、まともな思考をしている人物なら、絶対にそんな事は思わないだろうが。

 ふっと見えない何かとコトリの拘束が消えて、セイは立ち上がる。


「よし、じゃあ行こうか!」


 ズラズラとシシトたちが部屋を出ていく。

 最後に、セイは今までいた部屋を振り返る。

 別に愛着が沸いているとか、そういった話ではない。

 それに、どうせ数時間後には帰ってくる。

 帰ってきたくもないが。

 ただ、振り返ったのは何か違和感を覚えたからだ。


 何か、なくなっているような気がする。

 何か、光っていた不快と感じていたモノが。


「……まぁ、いっか」


 それが何か分からないが、セイはそのまま部屋を出ていった。

 手の拘束具が、シシト達の元へと引っ張るのだ。


 大人しくする。


 そのアオイとの約束はさっそく破ってしまったが、なるべく守るつもりでセイはシシトが主催するパーティー会場に向かった。

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