第236話 セイがいるのはまるで収容所

「ここは……」


 セイは、白い部屋にいた。


 狭くて白くてゴミも汚れもおもちゃも楽器もない、ただ白いだけの部屋。

 扉が一つだけある。

 そんな、どこかで見たことがあるような部屋。


(……開けないと)


 こんな部屋から飛び出したくて、セイはすぐに目の前の扉を開けた。

 扉の向こうは、学校の廊下だった。

 慣れ親しんだ、女原高等学校の廊下。


 その先に、一人の男子が立っている。


「常春さん」


 シンジだ。

 シンジが笑顔でセイを廊下の先で呼んでいる。


「……先輩!」


 セイは、嬉しくなって。

 涙が出るほど嬉しくなって。

 シンジに駆け寄る。


 なんでこんなに嬉しいのか自分でも分からないが、心臓が張り裂けそうなほどに鼓動しているのがセイにも分かった。


「先輩!」

「うおっ!?」


 ぴょんと抱きついたセイを、シンジは受け止めてくれた。


(……たどり着いた。受け止めてくれた。会えた、先輩に!)


 ぎゅっとシンジを抱きしめていると、シンジはそれに答えてくれるようにセイの頭をポンポンと撫でてくれる。


 嬉しい。優しい。


 大好きな気持ちが溢れてくる。


 そのままぎゅっとセイがシンジを抱きしめていると、シンジは唐突に口を開いた。


「……常春さんを、俺は幸せにしたい」


「……え?」


 ドキンと、セイの胸が鳴った。

 恐る恐るセイはシンジを見上げる。


 その言葉は、どこかで聞いた事のある言葉だ。

 それは、確かにセイが嬉しいと思った言葉のはずだ。

 だが、それは、その言葉は、シンジがセイに言った言葉ではない。


「安心して。これからは、僕が皆を守るから。皆を、僕が幸せにするから」


 にこりとシンジがそう笑う。

 そんなシンジの後頭部は、綺麗に無くなっていた。


「……あ……」


 そのことにセイが気が付くと、シンジの体はキラキラと消えていった。


 そして、シンジは別の男に変わる。


 白い制服を着た少年に。


 駕篭獅子斗に。シンジを殺した男に変わる。


 シシトはセイを抱きしめたまま、ニコニコと笑顔で言う。


「常春さんは、僕が幸せにするね」


 そのとき、セイの両足が消えた。


「うぁあああああああああああああああああああ!」




 そこで、セイは目が覚めた。




 心臓が激しく動き、呼吸が乱れる。

 目から涙が止めどなく溢れていて、拭っても拭っても止まらない。

 間違いなく、悪夢だった。

 シンジが、あのシシトに入れ替わるなんて。


「はぁー……はぁー……」


 涙を何回も拭きながら、セイは呼吸を落ち着かせる。


「ここ……は? 先輩……は……」


 落ち着かせながら、セイは必死に現実を思い出していた。

 醜悪な、現実。

 一つ一つの情報が、吐き気がするほどに酷い、辛い事実。


(……明星先輩が、死んだ。あのシシトに、殺された。私はシシト達に負けて……ここにいる)


 ギリギリと、セイの口からは血が垂れてきた。

 血液の流れが止まるほどに自分の腕を握りしめても、やっぱり足りない。

 落ち着かない。

 セイはゆっくり顔をあげて周囲を見てみた。


 白い部屋だ。


 夢の中のように狭い部屋だが、ここは夢の世界ではない。

 夢の中の部屋と違い、綺麗だがかすかな汚れがあるし、セイが今寝ているベットや洗面台。それになぜかトイレまである。

 窓には黒いの格子がかかっていて、ドアもよく見たらこちらから回すノブがない。


 収容所。

 そんなイメージがしっくりきた。


 セイは少しだけ、シンジが生き返ってシシトを倒し、セイをどこか知らない場所へ運んで来てくれたのかと期待したが……こんな部屋で寝かされているのだ。その期待は薄そうだ。



「……変な球もあるし。なんなの? これ」


 部屋の片隅に、光る球が浮かんでいた。

 ピカピカと光る球はもしかしたら綺麗とも言えないモノかもしれないが、なんとなく、セイはこの球に不快感を覚えた。


(知らないと、色々……)


 あれからどうなったのか。ここはどこなのか。

 シンジのために、自分は何が出来る状況なのか。

 知らないといけない。


(……それに、明星先輩は本当に死んだの?)


 そう思うと、何かが心に落ちてきた。

 涙が止まり、呼吸も平常に戻っていく。


 シンジは死んだ。確かに死んだ。

 だが、まだ完全に死んだ訳ではない。


 死鬼化して、角さえ折られていなければ、生き返せる可能性がある。

 そして、あの場にはユリナがいた。

 セイは、ユリナの冷静さを信頼している。

 激昂した自分と違い、ユリナは冷静にあの場に対応し、行動してくれたはずだ。

 ユリナは隠蔽系の魔法を使えるし、あの研究所の床は穴だらけになっていた。

 セイが戦っている間に、あの場から逃げ出すことは出来たはずだ。


 少しだけ、希望が見えてきた。


 なら、やはりセイは自分に出来ることを知らなくてはならない。

 セイは、ゆっくりと体を起こす。

 どうやら、ベットから出ることは出来そうだ。

 体を起こしたセイは、自分の体の様子をチェックする。


(まるで病人ね)


 真っ先に、そう思った。

 セイが今着ているのは淡いピンク色の柄の入っていない浴衣のような衣装。

 患者衣だった。

 下着はパンツだけでブラジャーもない。


(……てか、下はないの?)


 少しサイズが大きいため、ギリギリ、セイのパンツは隠れているが、少し動けば見えてしまう。


 誰にこのような服を着せられたのか……さらに言うとセイが今穿いているパンツは、白いシルク生地のモノであのとき穿いていたモノではない。

 このパンツと服を着せたのが誰かと想像すると正直羞恥と怒りが沸いてくるが、今はどうしようもない。


「……寒い」


 そして、季節は冬だ。

 どうやら暖房はついていないようである。

 外は雪が降っていた。こんな季節にこんな服装のままでは、普通の人なら死んでしまうだろう。


「……私は慣れているけど」


 もっとも、セイは鍛え方が違う。

 ここよりも寒い山の上にある自宅で、朝から井戸水で水浴びをするような生活をしていたのだ。

 それに、レベルが上がったことで気温の変化などにも強くなっているようである。

 寒いことは寒いが、この格好で耐えられないほどではない。

 なので、それより体を確認して気になることがもう一つあった。


「病人というより、やっぱり囚人なのかしら?」


 ふっと息を吐いて、セイは自分の手首と足首についているモノを見る。

 それは、金属の輪だった。


 手錠に鎖が付いていないモノと思えばいいのか。

 それがセイの手足にそれぞれ一つずつ付いている。


「何か分からないけど……」


 しゅっとセイは拳で空を打った。


(重さは問題ない。でも、少し体の動きが重い?)


 まるで薄い水の中にいるような感覚。


 セイはあの光の球が原因なのではないかと考えた。


(それに……まだ人は来ないの? なんで?)


 セイがどれほど寝ていたのかは正直分からないが、こんな囚人のような待遇を受けているのだ。

 起きたかどうか分かるようにしていなくてもいいのだろうか。

 監視カメラなども見あたらない。


「……まぁ、ここにいるやつらの危機管理なんてどうでもいいわね。それより、調べないと」


 今のセイに何が出来て、何が出来ないのか。

 知らないと、どうやればシシトを殺せるのか分からない。

 セイは部屋の隅々までチェックし、技能を使い、何が出来るのか調べた。


 結果、分かった事は、iGODを呼び出せないこと。

 分身も使えない事。壁やドア、床も特別な材質で出来ているのか、セイが全力で殴っても壊れず、窓にも黒い格子……コトリが使ったモノと同じ材質だと思われるモノがはめ込まれていて、開ける事も壊すことも出来ず、武器になりそうなモノどころかタオルの一つさえこの部屋になかったこと。

 と、中々厳重な警戒をされているようだ。


 そのくせ、監視カメラが一つもないのは少々解せないが。


 しかし、タオルも無いとは、洗面台があるのに、どうやって手を拭けばいいのだろうか。

 とりあえず、調べるついでに顔を洗ったセイは、唯一あったトイレットペーパーで顔を拭いた。


 そのときだ。

 ふいに、ノブの付いていないドアが開く。



「ちょっと、シシト! 危ないからやっぱり作動させてから……」

「大丈夫だよ。元凶は倒したし、ちゃんと毎日……」


 ドアから入ってきたのは、シシトだ。

 その姿を確認した瞬間。

 セイは右手を握りしめて、シシトに襲いかかった。

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