第219話 最悪が強い
(はっ? ちょっ……まて、なんで? え?)
倒れながらシンジの頭の中に、様々な疑問符が浮かんで消える。
ガオマロが帰宅するまで30分。
それはシンジを殺してたと思っていたヤクマがつぶやいた独り言のような情報だ。
嘘や間違いの可能性は低いし、シンジもガオマロが聖槍町に行っていたという情報からそれは妥当な時間だと思っていた。
なのに、なぜかそのガオマロがここにいる。
(転移した? ヤクマの研究室に? このタイミングで? てかなんで気がつかないんだ?)
ガオマロとの距離は教室3つ分。約20メートル弱。
通常時なら気付けない距離かもしれないが、転移したら独特の気配がある。
分かるはずだ。
(……そんなことより!)
だが、そんな疑問はシンジの頭の中からすぐに消える。
考えている暇は無いからだ。
(……最悪だ)
この事実の前には。
シンジは自分の体が地面に着くまでに、ここまでの思考を終えた。
それほどまでに、シンジの頭の中は今高速で回転している。
確かに、今のシンジの状況は最悪だった。
ガオマロの持っている槍は見えない速度で放たれる槍。
しかもそれはおそらく確実に当たる。
そんな槍を持っている相手とまともに戦って勝てるとは思えない。
だから、シンジの狙いはガオマロの暗殺であり一撃必殺だった。
戦わずに、殺す事。
最初、学院に一人で潜入したのもそのためだ。
ヤクマによってその予定は変更されたが、まだ挽回出来るはずだった。
ガオマロに気づかれずに殺す。
それだけ出来ればよかったのだ。
なのに、それさえ今はかなわない。
ガオマロにシンジの存在を知られた。
それだけではない。
こちらが攻撃される前に向こうから攻撃され、なおかつ両足を失っている。
最悪だ。
最悪の状況。
シンジにとって最悪ならば……ガオマロにとっては『幸運』ともいえる。
「せっかく帰ってきたのになぁ。暇だったから飛んでいたヘリを打ち落としてみたら大量の金が入っていてウハウハだったんだよ。それで『転移の球』を使って帰ってきたら、何だよこの状況は……」
ガオマロが語る話を聞き、情報を整理する余裕も。
痛みに苦しむ余裕も、シンジにはない。
回復魔法でシンジは自分の足を治していく。
見つかった、出会ってしまったのなら、シンジのやることは一つ。
特攻。そして、速攻だ。
完全に足が治ったのかも確認せずに、シンジはガオマロに向かって駆けだしていた。
我武者羅に、遮二無二。
「『神盾』『リゴット』」
見えない防御壁がシンジの周りを覆い、呼び出したiGODを顔の前に出しながらシンジは走る。
ガオマロとの距離は二十メートル弱。
今のシンジの全速力は、一般人の六.五倍。
オリンピックの百メートル競走で優勝する選手の三倍は速いだろう。
さらに『闘気合』も使用していれば、まだ早くなる。
二秒もあればガオマロに攻撃できる。
「……ん?」
しかし、三倍だ。
たったの三倍だ。
人間の最高速度は時速でおよそ四十キロ。
三倍だと、百二十キロ。
バッティングセンターで、ボールを素人が普通に打ち返せるスピードだ。
『闘気合』を使用していて早くなってはいるが、助走の距離も考えると今のシンジのスピードはそのぐらいだろう。
速いが、20メートルも離れていたら反応出来ないほどでは無い。
シンジがこちらに向かって駆けだしていることに気づいたガオマロは、すぐに槍をシンジに向ける。
投げる動作もなくガオマロの手から飛び出した槍は、『神盾』の防御壁さえ破壊し、シンジの右足の太股に当たり、跡形もなくシンジの右足を吹き飛ばす。
「……ぐあぁ!」
駆けだした勢いのまま、シンジはゴロゴロと転がった。
シンジの手を離れ、カラカラとiGODが滑っていく。
「なんで吹き飛ばした足が……回復魔法か? なんかイソヤが使っていた変な壁も出していたし、思ったよりレベルが高い奴なんだな……もしかして、ヤクマの奴お前に殺された?」
マジかーと、ガオマロは額に手を当てる。
「アイツはマジで親友だったのに……やべぇ、超悲しい。鬼辛い」
嘆いているようにガオマロは言うが……言葉に込められている感情はどこまでも軽く本当に悲しんでいるようには思えない。
むしろ、楽しんでいるような気配さえある。
「なんだっけこう言うの……弔い合戦っていうんだっけ。親友のために、ガチでお前をゆるさないかんな」
ニヤっと笑い、ガオマロはいつの間にか手元に戻っていた槍を投げる。
「ぐぁ!?」
その槍は、シンジの残っていた左足を綺麗に吹き飛ばしてしまった。
槍は、すぐにガオマロの手元に戻る。
「この槍……グングニルでじっくり殺してやるよ……親友のために戦う俺。あれ? カッコよくね? ヤバくね?」
ゲラゲラとガオマロが笑う。
ガオマロの言動はどこまで嘘くさくて……気分が悪くなるものだった。
だが、ガオマロは強い。
ガオマロとシンジの距離は、約10メートル。まだ教室一つ分の距離がシンジとガオマロの間にはある。
シンジが『闘気合』を使っても、我武者羅に突っ込んでも、それだけしか近づけなかったのだ。
(まぁ、こうなるとは思ったけどな)
今のシンジのMPの量は、どこか一カ所の欠損を治せるくらいの量しかない。
たとえば、右足を治したら、あとは簡単に傷口を塞ぐくらいの簡易な治療しか出来ないのだ。
だからこそ、シンジは両足を失うと思っていた。
頭と両手はiGODで守っていたし、胴体も少し隠れていた。
だから、まず片足が無くなるだろうし、その後、もう一つの足も吹き飛ばされるだろうと予想はしていた。
ガオマロがシンジの残りのMPの量を分かっているだろうから、ではなく、ガオマロの運が、シンジの両足を無くさせようとするだろう、片足を治させないだろうと思ったのだ。
嫌な強さだ。ガオマロの強さは。
しかも、戦った事のない強さ。
今までに戦った全ての敵と比べて……ハイソや父親、父親が連れてきた格闘家集団とはまったく異なる強さ。
運の強さ。幸運の強さ。ワケが分からない。
でも、それらに対して何も手が無いわけではない。
ガオマロの強さが運だけなら、勝機はあるはずだ。
現にシンジは今10メートルガオマロに近づけている。
もう10メートル近づけばいいだけなのだ。
シンジは右手をギュッと握る。
「ヤクマー見てろよーかたきは討つからなぁー! なんてな」
天井に向かってガオマロは声を上げていた。
シンジの事は見てもいない。
わざと隙を見せているわけでも何かの作戦でもない。
単なる油断だ。
実のところ、戦っているつもりさえガオマロにはないのだ。
シンジは右手に握り込んでいたモノを体内に取り込む。
同時に利き足である右足を回復魔法で治し闘気合を発動させる。
右足だけで床を蹴り、シンジは飛んだ。
文字通り、取り込んだドラゴンの牙で姿を変え、羽を広げてガオマロに向かって。
ガオマロの首を刈り取るために、シンジは左手に持っていた蒼鹿に全ての力を込めた。
ガオマロはまだ上を向いていて、首はがら空き。
槍の穂先は屋根に向かったままだ。
完璧なタイミングだった。
「……へっくしゅ!」
……ガオマロにとって。
くしゃみによってガオマロの頭は下がり、それによって蒼鹿は空を切る。
確かに、ヤクマとの戦いで瓦礫が飛び周囲には埃が舞っている。
くしゃみが出やすい環境といえる。
しかし、タイミングがシンジにとっては最悪で、ガオマロにとっては最高すぎる。
「……くっ!」
シンジはガオマロを通り過ぎながら振り返る。
勢いを付けすぎて、羽を広げるだけでは止まれない。
唯一残っている右足で床を踏みつけた。
「……あー」
ガオマロはまだシンジに背中を見せたまま、鼻をこすっている。
このまま踏み出せば、間に合うはずだ。
シンジは足に力を込める。
「……うおっ!?」
しかし足が滑り、シンジはバランスを崩してしまう。
何があったのか。シンジは視界の端でそれを見た。
(……バナナ!?)
黄色いそれは、間違いなくバナナの皮だった。
ヤクマが食べたバナナの皮であるが、なぜそんなモノがこんなところにあるのかシンジは知らない。
考える余裕もない。
シンジは慌てて起きあがる。
「……ああ、しまった」
ガオマロはすでにシンジの方を向いていた。
「急に背後にいるからビックリしちゃったよ。あーあ、悪い癖だわ、俺の」
ガオマロの槍も、グングニルもすでにシンジの方を向いている。
……いや、刺さっている。
「心臓を一突き。即死かー。かたきを簡単に殺しちゃったよ。ゴメンなヤクマ!」
ガオマロのグングニルは、シンジの胸の中心に大きな穴を空けていた。
シンジの目から、次第に光がなくなっていく。
そして、シンジはそのまま目を閉じた。
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