第211話 ドラゴンがスゴイ
シンジが用具室を出て見た光景は、凄まじいモノだった。
胸に巨大な穴が空いたドラゴンがその体の至る所を腐らせていて、その周りには、ドラゴンと同じ色の鱗をまとった人間が何やら言葉にならない声を発している。
全員、ドラゴンも含め、首輪と手錠をしているがそれに意味があるのだろうか。
皆動いているが、それは蠢いているといった感じでその動きに意志を感じない。
ただ、感情はある。
苦しい、痛い、死にたい……
逃走とは無縁の、志にはほど遠い、絶望の感情。
「……ぐっ!」
臭いとその感情の奔流に、シンジは思わず吐きそうになる。
数回唾を飲み、何とか吐くのは耐えたが何か精神を大きく消費した気がした。
消費した部分に入ってきたのは、強い憤り。
「……こんな事までしていたのか」
同時に、ドラゴンのような化け物がどのように出来たのか、シンジは察する。
完成品だ。
この実験の失敗のなれの果ての、完成品だ。
この無数の失敗の上に立った。立たされた作品だ。
元々化け物が人であるということは理解していたが、これほどの犠牲の上に作られていたとは想像していなかった。
「……くそ」
妖精たちを呼び出し、シンジは指示を出す。
「ベリスとグレスはこの学校を探索してヤクマとさっきのドラゴンの女の子を見つけだしてくれ。オレスは警備室に行って監視カメラの確保。操作出来なさそうなら破壊しても良い」
指示を出された妖精たちは飛び立っていく。
それから、シンジは改めてこの体育館の惨状を見た。
「……さてと、どうしようかな」
そう言いながらシンジは一番近くにいたまだらに鱗の生えた人に近づく。
服装と髪の長さから判断すると、おそらくシンジと同じくらいの年齢の女の子だろう。
それくらいしか判断材料が無いのだ。
顔も、体も、鱗がまるで疣のように醜く生え、表情も人のソレとは大きく離れている。
唾をまき散らし、絶叫を上げているその姿は、化け物と言うしかない。
「……ごめんな」
この状態になった人に、自分が何も出来ないことをシンジは知っていた。
小さくつぶやいた後、シンジは静かに女の子から離れた。
それから、シンジは目線を上げる。
見上げたのは、この体育館の中心にいる巨大なドラゴンの姿。
つながれている首輪によって強制的に顔を上げさせられているが、その目を閉じていて、体の中心には車一台は余裕で入れそうな穴が空いている。
どう見ても、腐った死体。
だが息が漏れているのが聞こえる。
死鬼の角は生えていない。
生きているのだ。こんな姿でも。
「……イソヤが言っていた、ガオマロが倒したドラゴンってのは、おまえの事か……ん?」
ボタボタと体中から体液と共に鱗が落ちていく腐ったそのドラゴンに、シンジは見覚えがあった。
「おまえ、あのときマンションの近くで会った……」
シンジの声に気づいたのだろうか。
ドラゴンが目を開けた。
「……ドロォオオ」
ドラゴンは弱々しく、声を出す。
ゆっくりとドラゴンは不自由な顔を動かし、シンジをその視界に捕らえる。
「……寝ていろ。ガオマロは……オレが倒してやる」
そのとき、ドラゴンの口角が少しだけ上がった気がした。
「ド……ラァ!」
ドラゴンが頭を軽く揺さぶる。
ドラゴンの口から何かが落ちてきて、シンジの目の前に突き刺さった。
それはドラゴンの牙。
その腐ってしまった体とは違い、牙はまるで磨き抜かれた日本刀のような輝きと鋭さを残している。
「……使えって事か?」
シンジはその牙を拾う。
「ありがとな。役に立ちそうだ」
シンジが牙を受け取ったのを見てドラゴンは満足そうに目を閉じる。
「……もう少し頑張ってくれ」
ベリスたちが戻ってくるのを感じながら、シンジはドラゴンの体に手を当てた。
「……頑張ったな」
男の声が焼け焦げた部屋に響く。
「でも、言っていたよな? 自分で。ドラゴンはドラゴンに弱い。確かにそうだ。俺もそう思う。ドラゴンがドラゴンに弱いのは……人間を一番殺す動物が、人間なのと同じなのかもな。蚊も殺すが、あれは病気だからな。物理的に、殺すのはぶっちぎりで人だ。人が人を殺す。同種の生き物が一番その生き物を殺せるのだろう。身近で、さらに詳しいからな。色々と。でも、だからこそ。ドラゴンがドラゴンに弱いなら……当然そうなる」
男は……メガネをかけたその男。
ヤクマは、ユラユラと揺れながら話し続ける。
倒れ伏したシンジを見下しながら。
「お互いが殺せるなら、同じ条件なら、強い方が勝つに決まっている。ヒロカは元々女子小学生だがそこら辺の成人男性よりよほど強い。それに大人も耐えられなかったオレの実験に耐えた強い肉体と精神力を持っている」
ヤクマのいる場所は部屋の端だ。その一帯だけ燃えていない。
シンジはその反対側の端にいて、二人の中心にヒロカが立っている。
ヒロカの服はボロボロになっていて所々血液で汚れているが、怪我らしい怪我は見あたらない。
しかし、シンジの左腕は変な角度で曲がっていて自分の血で全身が汚れ倒れている。
満身創痍。明らかにシンジは負けていた。
「加えて、ヒロカの体はオレが作った特別製だ。見たところお前も何らかの方法で体育館にいるドラゴンと同じような能力を手に入れたみたいだが……ヒロカはそれに加えて様々な魔物の素材を使って強化されている。勝てるわけがない」
だが。
とヤクマは手を広げる。
「オレが作った『幸せ』の守護者『守護龍人』ヒロカとここまで戦えたのは評価する。どうだ? 仲間にならないか? ガオマロに俺から推薦しよう。ガオマロの好みじゃないだろうが、強い奴、使える奴は何人いてもいいと俺は思っている」
『幸せ』の素材が入手しやすいからなとヤクマは言う。
そんなヤクマの話を聞きながらシンジはゆっくり体を起こす。
「……仲間か。仲間になったら何かあるのか? 例えば……上にいるあの子達は逃がしてくれる、とか」
シンジの質問に、ヤクマは首をかしげる。
「あるわけないだろ? そんなもの」
ヤクマの回答と同時に、ヒロカが急に動き出し、立ち上がろうとしていたシンジの首をつかむ。
「ぐっ!?」
「勘違いするなよ? 俺に負けたお前には何もない。0か、マイナスか、だ」
ギリギリとヒロカの腕に力が込められていく。
「そ……そっちこそ、勘違いするなよ?」
何とかヒロカの指を剥がそうとしながら、シンジはヤクマを見て笑みを浮かべる。
「この子には負けたけど……お前に負けたわけじゃない。お前と戦えば、俺が勝つからな?」
シンジの絞り出した返答に、ヤクマは呆れたように息を吐く。
「ヒロカ、首を折れ。殺して生き返らせて『幸せ』にしてやればいつかは理解するだろ」
ヤクマの命令に、ヒロカの力が強くなる。
抵抗するシンジの力を越えてギリギリとシンジの首をつかみ、そして音が聞こえた。
聞こえた音は、まるで風の音だった。
ヒュッと風が通りすぎる音。
予想された、ボキっと枝の折れるような音ではない。
そして、次に聞こえたのは水の音。
ヒロカの腕から血液の滴が落ち、その滴は次第に円形に広がっていく。
「……なっ?」
力を失ったヒロカの手がシンジの首から落ちて、完全にヒロカの腕が切断されたのだと皆が理解したとき、ヤクマは一人、少女が増えた事に気が付いた。
壮絶な戦いを終えた事を感じさせる様相の、黒い髪をなびかせた少女の手には、杖のような棒が握られている。
「……常春さん?」
ヒロカから解放され、そのまま力なく床に座り込んだシンジはその少女、セイを見る。
見返してきたセイの目は、明らかにシンジを睨んでいた。
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