第170話 シンジが泣いた
シンジ達が山門町から帰ってきて一週間ほど経過した、ある日の事。
シンジ達がいるマンションから二キロほど離れた場所に、彼女はいた。
彼女は、強かった。
それが、どれくらいかというと、例えば、彼女は自分よりも何十倍も大きくて重たいモノを、易々と持ち上げ、運ぶことが出来るほどだ。
だが、それでも彼女は普通だった。
その程度の事は、彼女の周りの仲間は皆出来たのだ。
皆が出来ることは、たとえそれがどんなに素晴らしい事でも、普通な事になる。
だから、彼女は、普通だった。
あの日まで。世界が変わるまで。
普通に、皆と同じように働き続け、動かなくなったら、そこで終わり。
小さなモノによって、分解され、土に還る。
当たり前のサイクルに、彼女も戻る。
そんな普通で終わる、はずだった。
彼女が普通では無かった点は、たまたま、動かなくなるタイミングがちょうど良かった事だろう。
ちょうどよく、皆が沢山いる場所で、ちょうどよく、動かなくなるタイミングが来て、ちょうどよく、彼女は彼女の仲間を大量に殺すことが出来た。
数千を超す仲間を殺した彼女は、もう、彼女の仲間ではどうしようも出来なくなった。
レベルアップ。
生き物を殺すことで、その殺した生き物を強くする、新しくなった世界の仕組みによって、彼女は、圧倒的な力を得た。
普通であった彼女は、普通では無くなったのだ。
彼女は、自分の重さよりも何万倍も重たい物でも持ち上げることが出来るようになった。殺す事が出来るようになった。
そのような怪力を身につけた彼女は、ある事をし続けた。
死んで、レベルが上がり、さらに生前の欲望のままに生きるようになった彼女がした事。
それは、結局、運ぶことだった。
彼女は、周囲にある、あらゆる物を、破壊して、壊して、殺して、仲間がいない場所に、それを運び続けた。
それは、無駄な行為のように見えたが、だが、それは元々そうであったのかもしれない。
誰かのために、皆のために、仲間のために、ひたすらに生きてきた彼女は、圧倒的な力を得て、頂点に立った所で、結局それしか出来ないのだ。
する事がないのだ。
だから、彼女は今日も運ぶ。
ただただ、無欲に、無闇に、手当たり次第に、殺して壊して、運び続けるのだ。
そんな彼女の前方に、生き物がいた。
彼女からしたら、それはとても大きな生き物であったが、関係なかった。
殺して、バラバラにすれば、運べるモノに変わるだけ。
だから、彼女はそれを壊すために、口を開けた。
彼女の名前は、死鬼アリ。
体長約10センチほどまでに成長した、巨大な、強力な、死鬼のアリ。
「……バーストストライク!」
そんな彼女が口を開けた瞬間、彼女の体は、口から粉々に砕かれた。
何が起きたか彼女は分からなかっただろうが、それは彼女を壊した生き物も分からなかったようだ。
「……あれ?」
彼女を殺した生き物。
人間の男。
シンジは、首を傾げた。
「どうしたんですか? 不思議そうな顔をして」
彼の後ろにいた、長い髪を二つにまとめたメガネの少女、ユリナが声を掛ける。
山門町から帰ってきて、この一週間の間、シンジ達は、今までと同じようにレベル上げを続けていた。
ただ、明野ヴィレッジの周りでは効率的なレベル上げは難しくなってきたので、シンジ達は明野ヴィレッジから半径二キロ~三キロほどまで、行動範囲を広げていた。
今いる場所は、明野ヴィレッジから二キロほど離れた小さな集落だ。
そこでレベル上げを行い、もう、ほとんど集落にいた魔物や死鬼は倒してしまったので、後は帰るだけ、というのが、今の現状である。
「いや、さっき、あの岩に向かって技の練習をしていたんだけどさ」
シンジは、目の前にある彼の背丈ほどの大きさがある岩を指さす。
岩には、人の拳くらいの大きさの穴が空いていた。
「技って、先ほどの普通な名前の技ですか? 氷の短剣を炎の短剣で弾き飛ばす……」
「普通って言うなよ! カッコいいだろうが! バースト、爆発、ストライク、衝突。完璧だろうが!」
以前、セイとの名前付け対決に負けて以来、一生懸命考えた名前にケチを付けられ、シンジが声を上げる。
「だって、英語って、普通すぎて……ねぇ?」
ユリナは、すぐ近くにいたマドカに話題を振る。
「別に普通でも良いと思うけど……」
マドカは、困惑したような顔で、答える。
「……普通なのは変わらないのか……うぐぐ」
シンジは、地面に手を付いてうなだれた。
「え? ええ?」
あまりに過剰な反応を見せたシンジの様子に、マドカはさらに困惑を深め、横目でユリナを見る。
ユリナは、実に冷めた目で、シンジを文字通り見下していた。
「バーストストライクなんて名前で、カッコいいなんて思ってもらえる訳ないでしょうに」
「うるさい! だったら、もっとカッコいい名前考えてみろよバーカ!」
「……子供ですか」
うなだれたまま、声を上げるシンジにユリナは呆れたような息を吐く。
「……では、『ルー・アルマス』というのはどうでしょう」
少しだけ間を置いた後、ユリナが言う。
「アルマス?……どんな意味なの?」
聞いた事が無い単語に、マドカが興味を示す。
「ケルト神話の武器ですよ。氷の様な研ぎ澄まされた刃をしている名剣がアルマスです。ちなみに、ルーは、太陽の神様ですね。モノを投げるのが上手な神様で、諸説ありますがバロールという自分の祖父を石を投げて倒したとか。氷の剣が凄まじい速さで飛んでいく先輩の技にぴったりな名前だと思いますが……どうですか、明星先輩?」
ユリナに聞かれ、シンジがうなだれながらピクリと動いた。
「う……うわぁあああああああん」
そして、そのまま大きな声を上げた。
それは、敗北の声なのだろう。
「せ、先輩の声が! どうしたんですか!?」
その声を聞きつけ、近くにまだ魔物がいないか探索していたセイが慌てた様子で戻ってくる。
「いや、どうもこうも……」
「神話なんて卑怯じゃないか、ちくしょうー!」
「先輩!? ユリナさん! マドカさん! 何があったか説明して!」
ものすごい剣幕で迫ってきたセイに困惑するユリナとマドカ。
その後ろで泣きわめくシンジ。
そんな混沌とした光景は、ある意味、とても平和な光景であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます