第160話 ドラゴンが飛ぶ

 雲鐘市、雲鐘町、上空。


「……ドラァ」


 そこを、一匹のドラゴンが飛んでいた。


 落ちる日の様な色の体から、付けられたその名前。

 サンセットドラゴン。

 そんな人間が付けた名前など彼女は知らないが、だが彼女はそんな自分の体の色を気に入っていた。

 明るくて、力が沸く、そんな色。

 自分の体と同じ様な、力強い色が彼女は好きだった。

 だから、彼女は、気づけば迷い込んでいた、この世界の事が嫌いだった。

 元いた世界に比べると、この世界は実に薄かったからだ。

 景色を作り出している無機質な建物も、生きている生き物も。


 薄く、味気なく、弱く、脆く、儚い。


 そんな世界で、手に入れたこの獲物。

 黒いワイバーン。

 色も悪ければ、力もない。下等な種族。

 体が大きいだけが取り柄の、お腹を物理的に満たすだけの獲物。餌。

 この程度の獲物を獲るのに、日が昇る前に出かけて、日が高くなる頃に戻らなくてはならないなど、彼女は信じられなかった。


 前いた世界には、もっと強烈な色をした獲物が、そこら中にいた物だが。

 本当に、薄い世界に来てしまったと、彼女は思った。


 ……だが。

 と、彼女は思い出す。

 この獲物を手に入れる時に出会った、小さな生き物。人間の雄。

 その人間はワイバーンよりもさらに小さな生き物だったが、この薄い世界においてようやく感じた強い色味を発していた。

 戦っても負ける気はしないが、だが、おそらく無傷では済まないだろう。


 その小さな生き物が動かずに身を隠していたため、彼女も気にしないフリをしておいたのだが、まだ、彼女の意識には、その色味が残っている。


 発せられている魔力の濃度。身体から感じる気。

 そして、強い意志を宿していた、瞳。

 その瞳に宿っていた意志は、実に好戦的なモノであったが……別の意志がそれを止めていた。


 欲望と、理性というべきか。


 その二つの意志が戦い、作られた強さは、実に面白い色味だと、彼女は思った。

 そして、共感できる、と。


 あの小さな生き物がその体の下に隠していたモノ。

 それに似たモノが、彼女にもあるからだ。


 それは、守るべきモノ。弱きモノ。

 幼い、我が子。


「……ゴンフフゥ」


 可愛い子供の事を思い出し、彼女はさらに速度を上げていく。

 弱いモノを守る、という事は、大変ではある。

 だが、苦痛ではない。嫌ではない。

 むしろ、力が沸いてくる。

 そう、強くなるのだ。

 自分だけで、欲望だけでは得られない強さ。

 守る事で、彼女は、この薄い世界で生きる力と意志を得ることが出来た。


 子供が大きくなるまで、この薄い世界で、生きていく。


 彼女は誓い、大空を飛び続ける。


 どこまでも、どこまでも……


 その時、

 パスン

 と、やけに空虚な音が空に響いた。


「……ド……ラァ?」


 その瞬間、彼女はバランスを崩した。

 飛び続ける事が出来なくなり、誓いも空しく落ちていく。


「ゴフゥ……?」


 なぜ落ちていくのか。口から出た赤い液体がその答えを教えてくれた。

 貫かれたのだ。胴体を。


 力を入れることが出来ない彼女は、その巨体を、薄いと感じた建物にぶつけながら落ちていった。


「ァ……?」


 そして、強烈な破壊音が、街に響く。

 彼女が地面に激突した音。


 破壊した建物の瓦礫を浴びながら、彼女は自分の胴体を見た。


 大きな、大きな穴だ。

 火山の噴石でさえ傷を付ける事が出来ない彼女の鱗を何枚も突き破り、大きな穴が開いている。


「ひゃひゃひゃひゃひゃ……見ろよ! 磯谷! 一撃だ!」


「さすがっす! マジすげえっす! パネェ……かっけぇ……さすがガオマロさんっす! こんなビルよりも大きなドラゴンを、こんな槍で一撃なんて、マジで痺れるっす!」



 瓦礫の煙の向こう側から、下卑た声を出しながら、彼女に近づいてくる者がいた。

 人間だ。

 黄金に輝く槍を手にした、銀色の服を着ている人間の雄と、黄色や赤色や緑色や青色の原色が散りばめられた服を来た人間の雄。

 彼らは非常に上機嫌で、笑っている。


 黄金の槍を持っている男が、笑いながら落ちてきた彼女を槍で指し示した。


「まぁ、俺にかかれば楽勝だな。よし、磯谷。これ、運べ」


「うーっす……って、ちょっ、マジっすか。こんなデカいの運べないっすよーデカくて気持ち悪いですしー」


「バーカ。この前俺がやった武器を使えば楽勝だろうが。グダグダ言ってないでさっさと運べ」


 ガオマロが、黄金の槍の穂先をイソヤに向けながら言う。


「ちょちょちょ! それマジで危ないんですから、こっち向けないでくださいよー。もーマジで人使いが荒いんっすから。やりますよー。あーあ、こんな気持ち悪い奴運ぶなら、あの新人のおデブ君連れてくれば良かったなぁ」


 イソヤがガオマロから逃げるようにしながら、彼女に近づいていく。


「どうでもいいからさっさとしろ。薬馬がコイツ等の血が欲しいって言ってんだ」


「うぇーい……もー薬馬さんもなんでこんなデカい奴の血が欲しいのか……」


 ブツブツとつぶやきながら、イソヤがタブレット端末、iGODを操作し始める。


「さあな。なんか面白い薬が作れるんだとよ。終わったら次はコイツの巣に行くからな」


「うーっす。チビたちの方は生け捕りでしたよね? チビっていっても、コイツと一緒でデカくて気持ち悪いんでしょうけど……はぁ、どうせなら可愛い女の子を捕まえたいすよー例えば、この前ガオマロさんが見せてくれた、めっちゃ可愛い女の子二人組とか……」


「ドォオオ……ラァアアアアアア!」


 地面を揺らす程の音量が、イソヤの言葉を遮る。

 空いた穴から血をまき散らし、吠えながら、彼女は、サンセットドラゴンは立ち上がった。


「うぇええ!? ガオマロさん! 生きてますよ、コイツ!」


「はっ! マジかよ! すげぇな!」


 彼女は立ち上がり、目の前にいる二人の小さな生き物を見る。


 二人とも、派手な色の服だ。

 ギラつく色味だ。

 だが、中身は薄いのだ。

 薄いのだが、身につけているモノだけの色味が、恐ろしいまでの脅威になっている。



「アァアアアアアアアアアア!」


 彼女は、猛る。

 彼らが何を言っていたかは分からないが、発していた色味から、理解した。

 このままだと、愛するわが子に危害が及ぶと。


 命を賭けなくてはならない。死んでも、この二人は殺さなくてはならない。


「はぁー心臓を貫いたのに、動くとか、これが親子の愛って奴かね。いやぁ、マジで」


 ガオマロが、黄金の槍の穂先を猛る彼女に向ける。


「キモい」


 ……それから、数分後。


 そこには誰も、何もいなくなっていた。

 人の姿も、ドラゴンの姿も何も無く、ただ、残されていた二つの人の足跡が、どこかに向かっていた。

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