第149話 ユリナとマドカが起きた

「ふぅ、やっと解放されましたよ」


 息を付いて、椅子に座る二つ結びのメガネ少女、ユリナ。


「あんな常春さん、始めて見たね」


 その横に同じように息を吐いて、でも嬉しそうな表情を浮かべながら座る、少し前髪が長い少女、マドカ。


「ええ、あんな、子供っぽい一面があったんですね」


 マドカの意見に同意しながら、ユリナが背後を見る。


 そこには、先ほどまで二人の首を締め付けるような勢いで抱きついていた長い髪の少女、セイが安らかな、それこそ子供のような表情で、二人が寝ていた布団に横になっていた。


「あの常春さんの変わり様は、やはり貴方が関わっているのですか?」


 背後に目をやっていたユリナは正面に向き直り、そこにいた少年に話しかける。


「……どうだろうね。そうと言えば、そうかもしれないな」


 少し長めの、ボサボサとしている髪型の少年、シンジは、思案しながら、ユリナの問いに答える。


「煮え切らない答えですね」


「まぁ、そこら辺の事も含めて、少しお話しようか。自己紹介の途中だったし。俺の名前は……」


「明星真司、先輩ですよね。私たちより二つ学年が上の」


 シンジが名乗る前に、ユリナがシンジの名前を言い当てる。


「あれ? 知っているの?」


「はい。先輩は有名でしたから」


 有名、の所にユリナは少し含みを持たせる。


「そうなの? ユリちゃん」


 マドカは、何も知らないのだろう。

 首を傾けている。

 そんなマドカを見て、ユリナは少しだけ眉を寄せる。


「ええ。簡単に言うと、この方は、あの山田先輩の友人で、そしてあの貝間会長が唯一嫌っている人物です」


 そう言うと、ユリナはシンジを睨むように見てきた。

 まるで警戒しているようだ。


「へー……あの貝間会長が」


 ユリナに説明されて、マドカがマジマジとシンジを見つめる。


「でも、何だか良い人そうですね」


 そして、一通り上から下までシンジを見た後、マドカは笑顔で言い切る。

 ニコリと微笑むマドカは、もう、本当に可憐な美少女である。


「痛いっ!?」


 そのマドカの頭部に、ユリナの鋭いツッコミが入る。


「この天然娘! なんでそう簡単に人に笑顔を振りまけるんですか!? マドカは可愛いからむやみに男性に微笑みかけるなといつも言っているでしょう?」


「わ、私は可愛くないよう。それなら、ユリちゃんの方が何倍も……」


「そんな所です! いい加減少しは自分の容姿に自覚を持ちなさい! 貴方の可愛さは、もはや兵器なんですよ? アレを見なさい!」


 そう、ユリナが指さした先には、呆然としているシンジの姿。


「……はっ!」


 ユリナに指を刺され、慌てて顔を振りシンジは自分を取り戻す。


 マドカは、ラブコメ主人公、シシトが恋している少女だ。

 今、シンジの近くにいる少女は、三人とも町に出れば確実にナンパされ、芸能事務所からスカウトが来るような美少女達ではあるが、マドカの美少女度はセイやユリナよりも、はるかに高い。

 そんな少女に間近で笑顔を向けられたのだ。

 意識を失っても、仕方ないだろう。


「まったく……マドカがそんな調子だから、私は学校内と、近辺に住む男性の身辺調査をしなくてはいけなかったのですよ」


「……そんな事していたの、ユリちゃん」


 はじめて知った、自分の親友の行動にマドカは驚きを隠せない。


「とにかく、貴方は少し大人しくしていてください。明星先輩とは私がお話しますから」


 そう、マドカに告げると、ユリナは改めて椅子に座り直してシンジと向き合った。


「……すみません。お待たせしました。こちらの自己紹介がまだでしたね。私の名前は水橋ユリナ。私の隣に座っているのが……」


「百合野円で……痛い!?」


 ユリナの言葉を遮って、自己紹介を始めてマドカの太股を、ユリナがつねる。

 そして、マドカの耳元に口を近づける。


「ユリちゃん、何を……」


「大人しく、と言ったでしょう? マドカが男性と会話をすると、すぐに厄介な事になるんです! 明星先輩とは私が話すので、あなたは黙って座っていてください!」


 そのまま、ギャイギャイと言い合いを始める二人。

 一応小声ではあるが、距離は近いし、シンジのステータスは上がっているので、二人の会話は全て耳に入る。


(……可愛い子は可愛い子で、色々大変なんだな)


 止めようとしない二人の会話を聞きながら、シンジはコーヒーに口をつけるのだった。


「……で、もういい?」


「はい、お騒がせしました」


 言い合いが一区切りついたタイミングで、シンジがユリナに声をかける。


「まぁ、とりあえず紅茶でも飲みなよ。常春さんが入れてくれたモノだから。ちょっと冷めているかもしれないけど」


 シンジが、二人にセイが入れてくれた紅茶を進める。


「……ありがとうございます」

「ありがとうございます。いただきます!」


 ペコリと頭を下げたユリナの横で、マドカが軽く会釈しながら、笑顔でシンジから紅茶を受け取る。


「……美味しいです」


 そして、躊躇無く紅茶を口に運び、ほっと息を吐くマドカ。

 その一挙一動が、まさしく絵になるような美しさと可愛さを備えていて、その隣で、ユリナは不機嫌な表情を浮かべていた。


「明星先輩」


「な、なに」


 そのマドカの姿に見とれていたシンジは、思わずキョドりながら、答える。


「マドカには、好きな人がいますからね。手を出そうなんて考えないでくださいね」


「ユ、ユリちゃん!? 何言っているの?」


 突然言われた自分の恋愛に関する情報に、顔を赤くしてマドカは慌てふためく。


「ああ。大丈夫。シシト君でしょう? それは知っているから」


「なんで知っているんですか!?」


 さらに告げられた、好きな人の名前にマドカの慌てふためきがピークに達する。

 そんな様子でさえ、可愛らしいのだから、美少女はスゴい。


「常春さん、から聞いたのですか?」


 と、ユリナ。


「いや、その前から噂話は耳に入っていたから。俺が有名なら、そっちも色々有名だったみたいだよ。シシト君関係で」


 そうですか、とユリナが頷く。


「まぁ、彼の周りは色々騒がしかったですからね。三年生の方々の耳に入っていてもおかしくは無い、ですね」


「そうだね。本当に楽しかったね」


 そう、マドカが相づちを打つ。


 楽しかった、と。

 その言葉の、隠れた重さに、ついに二人の会話が止まる。


「……二人は、どこまで覚えているの?」


 促すようなシンジの言葉に、ユリナとマドカは目を見合わせ、そしてユリナが口を動かす。


「……私は、五階の廊下で、男子に襲われて、家庭科室に逃げ込んだ所まで」


「私は、ユリちゃんに、家庭科室の準備室に隠れているように言われて……あ」


 そこで、マドカが思い出したように、シンジを指さす。


「あのとき、廊下にいた人! 先輩だったんですか!」


「マドカ? 何ですかその話は?」


 ユリナに、マドカは話し始める。

 それは、自分が死ぬ直前のエピソード。


(ちゃんと、記憶は残っているのか)


 その会話を聞きながら、シンジは二人の今の状態を確認する。


「じゃあ、二人とも、今、世界がどういう状況になっているか、何となく分かっているんだ」


 二人の会話が終わりかけたタイミングで、シンジが口を開く。


「……はい。少なくとも、日常とはかけ離れた状況であることは、何となく」


 ユリナの言葉に、マドカが頷く。


「じゃあ、自分たちが、一度死んでしまった、って事も?」


「……はい」


 はっきりと聞いた、シンジの質問に、ユリナとマドカは、一言だけ発して、頷いた。


「そう。なら話は早いね。じゃあ、とりあえず俺が今の状況について大まかな説明をするから」


 そして、シンジは語り始めた。


 世界が変わり、それによってどういう状況になったのか。

 今、自分たちがいる場所まで、しっかりと。



「……という訳なんだけど、何か質問は?」


「そうですね……」


 シンジの話を聞いて、ユリナが息をつく。


「動く死体、死鬼に、お話のような化け物、魔物。レベルアップに、魔法。この世界を侵略しようとしている魔人。荒唐無稽で、質問したい事が多すぎるのですが……」


 カップに入っていた、もうヌルくなってしまった紅茶を飲み干すと、ユリナがシンジを見る。


「……それで、確認なのですが……」


 ユリナは、言葉を、一つ一つ、ゆっくりと出していく。


「私は、私。なのですよね?」


 それはとても丁寧で、ゆっくりで、慎重で、恐れている声だった。


「……なんか、その言葉だけ聞くと、よく歌詞とかでありそうな質問だけど」


 時折、アーティストを名乗る歌手が歌う、歌。

 これからの進路などで悩んでいる若者向けの歌の歌詞のようなユリナの言葉は、しかし、その様な意味を含んでいないだろう。


 もっと、純粋に、問うているのだ。

 私は、私なのだろうか、と。

 私は、生きている、私なのか。

 私は、今記憶に残っている人生を歩んできた、私なのか。

 私は、一度死んで生き返った私は、生きている私なのか。


 私は、人……いや、生き物、生きているモノ、なのか。


 そんな沢山の言葉が、疑問が、心配が、純粋に混ざっている言葉。


「……俺に答えられる事は、死んで死鬼になった二人に、『蘇生薬』と呼ばれる薬を使った、って事だけだね。正真正銘、二人の肉体に、ね」


「……そうですか。そうです、よね」


 シンジの答えに、ユリナは、噛みしめるように、頷く。

 私は私なのだろうか、なんて答えは、結局自分が出すしかない。

 それが、進路で悩んでいても、生き返った後でも、同じ事だろう。


「申し訳ありません。こんな、変な事を聞いて」


「いいよ。大丈夫だから。それより、飲み物、おかわりを用意するね。甘いモノがいいかな。ココアとかどう?」


 会話を始めてからの明るさが完全に消えてしまっている二人に、シンジはおかわりを準備するため立ち上がる。


「あ……ありがとうございます」


「お願いします」


 立ち上がったシンジに遠慮しようとしたマドカとユリナだったが、すぐに遠慮の言葉を感謝に切り換える。

 なるべく、考えたく無かった事が話題になって、二人の喉から水分を奪ってしまっていたのだ。

 正直、シンジの申し出はありがたかった。

 それから、数分も経たずに、シンジは温かいミルクココアを手にテーブルに戻ってきた。

 お湯は、元々セイが沸かしていたモノがあったので、飲み物を入れるのにさほど時間はかからなかった。


「どうぞ」


「いただきます」


 二人はお辞儀をして、シンジが持ってきたココアに口を付ける。


「……美味しいですね」


「うん」


 二人は、少しだけ顔をほころばせつつ、シンジが入れたココアを飲んでいく。


「……そういえば、ですけど」


 三口ほど、飲んだ所で、今度はマドカが口を開いた。


「何?」


「えっと、明星先輩のお話ですと、学校は魔物に襲われた、んですよね?」


 歯切れの悪い、マドカの言葉。

 その様子から、何となく、彼女が何を聞きたいか伝わってくる。


「うん、だいたい、生き残った人は三十人くらいかな」


「……その中に、シシト君はいましたか? シシト君は……生きていますか?」


 予想通りの、マドカの質問。


「いた、みたいだね。常春さんの話だと、生きてはいるみたいだよ」


 シンジは、質問された事にだけ、答える。


「……はぁ」


 その答えを聞いて、マドカは空気でパンパンに張っていた風船がしぼむように、息を吐いた。


「良かった」


 そう、小さくつぶやいたマドカの瞳には、涙の水滴が大きく溜まり始めていく。


(……うーん)


 本当に、嬉しそうなマドカの様子を見て、シンジは悩む。

 まだ、マドカたちには、セイがシシトにされた事を話していない。

 シンジは当事者ではないし、また、セイがシシトに斬られた瞬間も見ていないのだ。

 内容が内容だけに、簡単に言ってしまっても良い話ではない。

 なるべく、セイが彼女たちに伝えた方が良いだろうが、セイは寝ている。

 どうすべきかシンジが悩んでいる、その時だった。


 ブーンと、突然、シンジの左の胸ポケットに、振動が走る。


「……お電話、ですか?」


 泣いているマドカをただ見つめていたユリナは、振動音に気づき、シンジの方に向き直る。


「いや、警備を任せていた人形からの連絡だと思う」


 シンジは、ポケットに忍ばせていたiGODを取り出し、その内容を確認する。

 その内容は、画像が一枚と、画像を撮影した方向と距離が書かれていた。


 その画像に写っているのは、複数の人型の影。


「……どうやら、魔物、みたいだね」


 シンジの言葉を聞いて、ユリナは息を飲み、マドカはすぐに泣きやんでしまう


「まだ話の途中だったけど、ちょっと一緒にいってみようか。実際に見ないと分からない事も多いだろうし」


 シンジの提案に、マドカとユリナは互いに目を合わせ、そしてシンジに頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る