第144話 セイが後悔
「……よし」
三十九階。
カズタカと戦ったジムに戻ったシンジたちは、ジムの整理をしていた。
セイの荷物も置いたままだったし、カズタカが割ったガラスもそのままだった。
さすがに、割れたままはマズいのでガラスはシンジが『リーサイ』で復元し、他に戦いで傷ついた床なども全て元に戻している。
裸で立っていた女性の死鬼もそのままにしておけないので、適当に、ジムの隣にある温泉に置いてあった服を着せている。
そのどれもがメイド服やナース服、体操服などの卑猥なコスプレ衣装だったのが申し訳ないが、裸のままでいるよりもマシだろう。
一応、洋服を着せた死鬼の女性たちと、タロちゃんこと自動人形たちは、いまシンジの目の前で綺麗に整列している。
このまま死鬼の女性たちはジムにいてもらい、タロちゃんたちはマンションの中を警備してもらう予定である。
ゴキブリやネズミなどの小動物はどこからでも入ってくる危険性があるし、そういったモノが死鬼化する事は十分考えられる。
それに、ゴブリンなどの魔物も、自然発生するのだ。
安全を確保するためにも、警備は必須である。
そうやって、カズタカとの戦いの事後処理をしていたシンジは、ちらりとセイの方を見る。
「……お弁当」
よほどショックだったのだろう。
カズタカによって食い散らかされたお弁当の前で、セイはうなだれていた。
別に、ジムでセイに出来ることは無かったので放置していたが、もう、ここに用はない。
「常春さん、終わったよ」
そんなセイの背後から、シンジが声を掛ける。
「……あのとき、迷わなければ……」
だが、セイはシンジの声に反応せずに、何かブツブツとつぶやいている。
目は、どこか遠くを見ていた。
「……よいしょっと」
「……あ」
シンジは、そんなセイに気づかれるように前に回り込んで、散らばっている弁当箱を片づけ始める。
「先輩……」
申し訳なさそうに、セイがシンジを見る。
目に、少し涙が浮かんでいた。
「やっぱり、唐揚げは出来立てが一番美味いよね」
そんなセイに、シンジは気楽に言う。
「え?」
「アツアツの唐揚げに、ほかほかご飯。冷めているヤツも美味しいだろうけど、一番は温かいヤツだよ」
シンジは、綺麗にまとめた弁当箱をセイに渡す。
「朝と同じだけど、今日の昼……時間的にもう夜か。夜ご飯はそれが良いな。常春さんの唐揚げめっちゃ美味かったし」
弁当箱を、セイは受け取る。
「作ってくれる?」
シンジのお願いに
「はい! もちろん! 任せてください!」
セイは、笑顔で答える。
「よし。じゃあさっさとマンションの見回りして、帰ろうか」
「はい!」
人形たちに命令してマンションの警備に向かわせた後、シンジたちはジムを離れて階段を下りていった。
それから、シンジたちは一階一階下りながら、マンションを調べていく。
途中、三十六階でおそらくカズタカが住んでいたと思われる部屋を発見したが、その部屋は、悲惨であった。
部屋中にゴミが散らばり、異臭を放っている。
そして、カズタカのモノと思われる体液で汚された、死鬼の、幼い女の子たちが数名、生きている人ならば鬱血しているだろう強さで拘束され放置されていた。
シンジは、すぐにその女の子たちの拘束を解き魔法で綺麗にしてからジムに向かうよう命令した。
他に、カズタカの部屋に目新しいモノは無く、シンジたちはすぐにカズタカの部屋を離れた。
「……本当に、許せないですよね」
三十四階から三十三階に向かう階段を下りながらセイが言う。
「あんな、小さな女の子に、あんな事を」
その声は、心底感情がこもっていた。
まるで自分の事のように、セイは怒っている。
「……そうだね」
そんなセイにシンジも、相づちをうつ。
ちなみに、カズタカが仕掛けていた罠や監視カメラの類は、全てシンジのモノになっている。
こういった設置型のモノは、操作権のようなモノがiGODに設定されており、その操作権を譲ってもらうことで、持ち主になることが出来るのだ。
例えるなら、スマフォのアプリなどで、IDのコードを入力する事で、別のスマフォにデータを移す事に似ているのだろうか。
とにかく、操作権をカズタカから奪った事により、完全にこのマンションにあるカズタカが入手したモノはシンジの支配下に置かれている。
ただ、支配下にあるのは、完全なるモノだけだ。
「……お?」
三十三階。
シンジが人形と共に落ちた階に到着した時、シンジは初めてその存在に気が付いた。
「うああああ……」
階下から、聞こえてくるやや高いうめき声。
何も身に付けていない、カズタカの部屋に拘束されていた女の子たちと同じくらいの年齢の男の子たちが階段を上ってきていた。
十体、いるかいないか。
その子たちも、皆頭に角が生えている。
死鬼だ。
「……男の子もかよ。気持ち悪いな」
五歳くらいの男の子たちは、比較的可愛らしい顔をしていて、彼らにもカズタカがおぞましい事をしていたのだろうかと想像して、シンジは顔をしかめる。
その隙に、シンジの後ろから飛び出した人影があった。
「はぁああああああ!」
セイだ。
セイが、ミスリルの短剣を構えて、死鬼の男の子たちの群に飛びかかろうとしている。
セイから放たれているのは、明らかな殺気。
「ちょっ!? 待った!」
シンジは、慌ててセイの襟を掴む。
「うっ!?」
シンジに、急に襟を掴まれ、セイはバランスを崩して倒れてしまう。
「げほ、げほっ。先輩、何を……?」
「いや、何をって、こっちの台詞だよ」
セイが落ち着くのを、シンジは待つ。
「どうしたの? 急に襲いかかったりしてさ」
シンジは、階段の下にいる男の子の死鬼たちを見る。
彼らは、皆シンジの命令によって、その場で止まっていた。
『超内弁慶』の命令は、声に出さなくても出来る。
ただ、シンジが男の子たちの存在を知らなかったため、先ほどは襲って来たにすぎない。
「もう、マンションにいる死鬼は命令出来るんだし、無理矢理戦わなくても……」
「でも、男ですよ? 男の死鬼は、殺さないと」
セイは、当然のように言った。
「……は?」
「先輩は、男の死鬼は殺すんですよね? だから、私は頑張ってあの子たちを殺そうと……」
セイの目が、震えている。
困惑しているのだろう。
それほど、シンジがセイを止めたのが意外だったのだ。
「え……っと、常春さんは、あの子たちを殺そうとするのは、嫌じゃないの?」
「嫌ですよ。でも、男の死鬼は殺すと決まっているなら、我慢しないと……頑張らないと……」
セイの目線が、どこか遠くになっていく。
その目は、先ほど、カズタカによって食い散らかされた弁当箱を見ていた目に似ていた。
「私、悩んでしまったんです。さっき、あの子たちに遭遇したとき、先輩がピンチだったのに、子供だからって、殺していいか戸惑ってしまったんです」
セイは、両手を地面に付いてた。
「悩まずに、迷わずに、殺していれば、あんな男に捕まらなかったのに。先輩があそこまで手こずらなくて済んだかもしれないのに……お弁当も、ちゃんと食べてもらえたかもしれないのに……!」
セイは、泣いていた。
「申し訳ありませんでした……本当に、こんな事で悩んだりして……先輩が殺すなら、殺さないといけないのに……」
そのまま、セイは頭を地面に付けて泣き続ける。
嗚咽が、階段に響いていく。
「……とりあえず、お前たちはジムに行っていろ」
支配下においた男の子の死鬼たちにシンジは命令する。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
震えているセイの横を、男の子の死鬼たちが通り過ぎていく。
セイの謝罪の言葉は、彼らにも向いていた。
「……常春さん。話は、聞ける?」
セイは、顔を伏せたまま、震えていて動かない。
「落ち着いたら、顔を上げて」
それから、数分経ってセイはおずおずと顔を上げた。
その顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。
「……これで顔を拭いて」
セイが顔を上げるまで待っていた間に用意していた濡れタオルを、シンジは渡す。
「……ありがとうございます」
セイは、顔をうつむかせたまま、シンジに渡されたタオルで顔を拭く。
「まずは、ゴメン。ちょっと、勘違いさせていたね」
顔拭いているセイを見ながら、シンジが、小さく、ゆっくりと言う。
「勘違いって、なんですか?」
ちょうど、顔を拭き終わったセイは、聞く。
「『女性の死鬼は殺さない』っていうの。あれは、正確に言うと、ちょっと違う」
セイは、何も言わずに、首を傾げる。
「正確に言うと、『俺が少しでも殺したくないと思った死鬼は殺さない』っていうのが、俺の死鬼に対するルールだと思う」
シンジの話を、セイは黙って聞く。
「だから……例えば、コタロウとか滝本先生とか、俺のお父さんとか、男でも仲の良い人や肉親が死鬼になっていたら、俺は殺さない。殺したくないから」
シンジは、そこで一つ呼吸を挟む。
「それは、多分子供もそうだと思う。あんな小さな子たちを、俺は悩まずに殺せない。あの男の子たちは、俺は殺さない。殺したくないから」
元々、シンジのルールは、『楽』を『楽しむ』ため。
死鬼が生き返る死体であり、それを殺した事を『楽』じゃない『楽しくない』と思ったために生み出したルールだ。
シンジにとって、このルールは死鬼を殺す事を正当化するための手段に過ぎない。
手段は、目的や状況によって、柔軟に変えていくべきである。
「じゃあ、私は、殺さなくて良いんですね? あの子たちを」
「……うん」
「良かった」
セイは、心底安心したように息を吐く。
その様子はまるで罪を許された罪人のようだ。
そんなセイを見て、シンジは理解した。
シンジが繰り返していた『俺は』という言葉がセイに伝わっていない事を。
それから、シンジとセイはマンションの見回りを再開し、日が暮れる頃には全ての階層の見回りを終えた。
他に、異常な事は何もなく、そのままシンジたちはシンジの家に戻る。
家に帰ったシンジは、さっそくセイに夕食の準備を頼み、その間に風呂に入った。
「これからは、お風呂の順番は日替わりにしよう。昨日は常春さんが最初だったから、今日は俺」
そんな、シンジからのルールの提案に、セイはただ肯定の返事を返した。
そして、シンジがお風呂から上がり、そのまま二人は夕食を食べた。
内容は、シンジのリクエスト通り、唐揚げである。
後は、温野菜のサラダに、豚汁。
それらを美味しく食べ終え、食器を片づけた後、セイはお風呂に向かった。
実の所、セイはすぐにでもお風呂に入りたくてしょうがなかったのだ。
一応、シンジの魔法でセイの体は一度は綺麗になっていたが、まだ心情的に満足していなかったのである。
体を、いい匂いのする石鹸で丹念に洗い流し、たっぷりのお湯にその身を浸して、セイはようやく体が綺麗になった気がした。
(……そういえば、このお湯、先輩が入った後のお湯なんだよね)
そう思うと、より一層、カズタカに汚された体が綺麗になっていく気がして、セイは嬉しかった。
それから、じっくり一時間近くお風呂に入り、セイは入浴を終えた。
少し、入浴の時間が長くなったのは、途中でシンジの気配を脱衣場から感じた為である。
もしかして、と期待と警戒でドキドキしていたのだが、シンジの気配はすぐに脱衣場から去ってしまった。
その後、シンジがお風呂場に近づいてくる事はなく、セイは少々がっかりしながら入浴を終えたのだ。
脱衣場で、体に付いた水滴をセイはタオルで拭いていく。
そして、拭き終えて下着を身につけようとしたとき、セイはそれに気が付いた。
「……何コレ?」
脱衣場の隅に、何か置かれている。
シンジが置いたのだろうか。
セイは、それを手に取ってみた。
……十五分後。
「先輩……コレ、何ですか?」
セイは、着替えを終えてシンジがいるリビングに戻ってきていた。
シンジは、ソファに座ってくつろいでいる。
「いや、何ですか、って、見たまんまだよ」
「そう言うことではなくて」
そう言ったセイの顔は真っ赤だった。
当然だろう。
今、セイの着ている服は、思春期真っ盛りの少女にとって、真面目なセイにとって、かなり恥ずかしいモノである。
フリルの付いたエプロンに、丈の長い、クラシカルで上品なスカート。
そんなセイの頭には、ちゃんとカチューシャまで付いている。
「なんで、メイド服を置いていたんですか?」
そう、今セイはメイド服を着ている。
「メイド服っていうか、カフェの制服だけどね」
「そんな事はどうでも良いです!」
セイは、そわそわと落ち着きがなくなっていた。
セイも、一応女の子で、可愛い服を着ると嬉しい気持ちになるが、可愛すぎるとどうしても恥ずかしくなる。
照れるのを、止められない。
もう、セイの顔は熟したトマトのように赤くなっている。
「というか、置いていた理由は、分かっていたでしょ?」
「……う」
それに、セイがここまで顔を赤くし、落ち着かなくっているのは、理由がある。
理由を、知っているからだ。
「じゃあ、さっそくここに座って」
シンジは、自分の隣を叩く。
「約束の、膝枕と耳掻き、始めようか」
そう言ったシンジの笑顔は、怖いくらいに嬉しそうに輝いていた。
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