第66話 滝本が教える
「……確認してくる」
ブレンダが、氷の道を通り、しばらくして戻ってくる。
「食堂まで、道が続いていた。半蔵隊長はもういなかったけど、確かに、食堂の中や周りに化け物はいない。これなら、安全に、食堂まで行けると思う」
ブレンダの報告を聞いて、ミサコは生徒達に向かって言う。
「……よし。皆! 今から、この道を通って食堂に避難を始める。2列に並んで、付いてきてくれ」
ミサコの指示にしたがって、生徒たちが並び始める。
「……お前は行かないのか?」
滝本が、シンジを見る。
「ええ、まだやることがあるんで。ここにいます」
そう、シンジが答えると、並んでいた生徒たちの中から、一人の少女が出てくる。
「ええ!? なんで、アンタこっちに来ないの?」
リツだ。
「まぁ、野暮用が」
「野暮用って、アンタが来ないと、皆不安なんだけど」
リツがそういうと、並んでいた生徒たちが、シンジの方を見て、一斉に首を縦に振る。
もちろん。川田たちは、シンジの方を見てもないのだが。
「不安って、言われてもなぁ」
シンジは困ったように頬を掻く。
「ほら、アンタも一緒に」
リツが、シンジの手を取った。
大嫌いだった、シンジの手を。
ギュっと。しっかり。離さないように。
「でも、食堂には、コタロウがいるよ。多分」
「マジで!?」
リツが、シンジの手を離した。
勢いよく。
すっぱりと。
「早く言いなさいよ! それを! 先に! ほら! さっさと食堂に行きましょう! ああ、五日ぶりのコタくん! 超楽しみ!」
リツに合わせて、数名の女子も、急かすように、列の先頭にいるミサコたちを押し始める。
「……あの、彼と一緒に行くんじゃ……」
「アイツが残るって言っているんでしょ? そんなの止めてもしょうがないじゃない。早く行きましょうよ」
ミサコの困惑を、一蹴するリツ。
恋する乙女は、強い。
「……食堂には、誰もいないんじゃないのか? 少なくても、ブレンダは何も言ってなかったぞ?」
滝本が、ひっそりと、シンジに聞く。
「近くにはいるはずなんですけどね。アイツが、自分で言ってましたから」
シンジの答えに、呆れるように肩を落とす滝本。
「それで、コタロウの奴がいなかったら、お前の印象が悪くなる訳か。いつもどおり」
滝本は思い出す。
コタロウの、女子たちに接する対応を。
それのとばっちりが、シンジに対する女子の印象を悪いモノに変えている事を。
「そうですね。一応、多分って言ったんですけどね。まぁ、俺はそれでもいいですけど」
本当に、どうでもよさそうに答えるシンジに、滝本は残念そうに息を吐く。
「……じゃあ、俺も行くな」
慰めるように、軽くシンジの肩を叩いた滝本は、列の最後尾に1人で並んだ。
生徒たちは、次々と氷の道を通り、食堂に避難を始めている。
シンジがいないと不安だが、ずっと校庭にいる事も嫌なのだろう。
リツはもう、姿も見えない。
「ああ、明星」
滝本が振り返って、シンジの方を見る。
「こいつらは、しっかりと俺とブレンダたちが守るから、お前はお前で、頑張れよ。こっちの事は、気にするな」
滝本の、先生としての言葉に、シンジは頷く。
「……先生」
「なんだ?」
「いつから、ですか?」
シンジの問いに、滝本は困ったように笑う。
「なんだ、バレてたのかよ」
「死鬼とか、ゴブリンとか、名称言い過ぎてましたからね」
滝本は、後ろを見て生徒たちの姿を確認する。
もう、ほとんど姿は見えない。
「……5年前だ。ちゃんと呼び出された勇者とかと違って、俺は巻き込まれて、辺境に飛ばされた一般人だったけどな」
滝本は、肩をすくめる。
「お話の主人公のように、強くもなれない。ハイオークにさえ勝てない、ただの雑魚だったよ。俺は」
滝本は、シンジの目を見る。
「その様子だと、誰か詳しい奴に聞いたな? 今回の事を色々と」
「はい」
素直にシンジは答える。
誰に聞いたのか、滝本も予想は付いていた。
「じゃあ、俺から教えられる事は何もないな。まぁ、お前の方が強いしな」
滝本が、申し訳なさそうに、笑う。
そして、校舎の屋上を見る。
「……頑張るって言葉には、色々語原があってな。一つは、眼を張る。見張るって事から、その場から動かないって意味が転じて、ガンバル。もう一つは、我を張る。自分を押し通すって言葉が語原だって話だ」
そう言った滝本の体は、震えていた。
滝本は、視線をシンジに戻す。
「頑張れよ。その場から動かないって意味じゃなくて、自分のために。我を張れ。絶対、他人のために頑張るな。他人が理由になったら、すぐにダメになる。今のこの世界じゃな」
滝本の個人としての言葉に、シンジはゆっくり頷いた。
そして、滝本も食堂に向かっていった。
何となくこれからシンジがする事が分かっていたのだろうか。
「頑張る、ねぇ……元から、そのつもりだったけど。これが俺にとって一番『楽』で『楽しい』し。じゃあ、頑張ってみようか……」
シンジは、背伸びをする。
「なぁ。ハイソ」
いつの間にか。
シンジの背後には、猫耳の美少年。
シンジを瀕死の重傷にまで追いやった、コン・ハイソが立っていた。
「悪いな。待たせて」
シンジは振り返る。
「いや。屋上から、こっちの世界の景色を楽しめたから、別にいいよ。戦士が戦いの場を整えようとしていたら、待つのが礼儀だ」
ハイソが首を横に振る。
「でも、皆殺しが命令なんだろ? いいのか? アイツ等を行かせて」
「いいよ。戦士でもない雑魚を殺せなんて、退屈で、面白くもない、無意味な命令。それよりも、戦士との戦いが何倍も大切。頑張るなら、自分のため、だろ?」
ハイソが笑う。
同時に、ドラゴンの咆哮以上のプレッシャーが、シンジを襲った。
大気が揺れ、シンジが作った氷の道も壊れていく。
後ろで氷壁が破壊されていく中、シンジは平静としていた。
いつもどおり、ひょうひょうと。
「やっぱり、まったく動じないね。どれだけ強くなったのかな? その様子だと、どうやら『聖域の勇者』に会ったようだね」
ハイソの問いに、シンジは頷く。
「ああ、会ったよ。勇者さんは、相変わらず」
シンジは、紅馬と蒼鹿を両手に持ち力強く握る。
「親友だった」
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