第44話 川田たちが頑張る


「タド? おい、タド! しっかりしろ!」


 目がうつろな田所が、ゆっくりとセイたちに近づいてくる。


「ぶぐふくううううう」


 よたりよたりと。

 生前は、ぽっちゃりとした体型が優しそうだと田所は言われていた。

 女好きな事もあり、ある程度はモテてもいた。

 そんな田所も、死んで死鬼になり、自慢のぽっちゃり体型は、タダの醜悪な脂肪の塊にしか見えない。


 丸出しの下半身は言わずもがな、である。

 酸で両足が虫食いのようにえぐれ、骨が剥き出しになっている。


 それでも田所は歩くのだ。

 唯一無傷な、真ん中をプラプラさせながら。

 無傷なのに、真ん中も醜悪だ。


 5メートル。

 田所が近づくと奇声を上げながら襲いかかって来た。


「……っ!」


 セイは反射的に田所を蹴り飛ばす。

 気持ち悪さと、自己防衛。

 力を込めすぎた。

 骨が折れる音が足の裏から伝わる。


 嫌な音だ。

 セイは顔をゆがませる。

 今のセイには、人の体は脆すぎる。

 胸部がいびつに凹みながら、田所は壁にぶつかる。


「タドォ!」


 まるでトラックに跳ねられたかのように吹き飛んだ友人を心配して、川田と田口が叫ぶ。


「ぶるやぁああああああ」


 しかし、田所は変わらない。

 骨が折れようが、胸部が凹もうが、関係ないのだ。


 彼は死んでいるのだから。


 血を吐き出しながら、田所はセイに襲いかかる。


「くっ」


 セイは田所を相手にしたくなかった。

 気持ち悪いし、それに、何よりシンジの元に行かなくてはいけない。

 シンジの元に行きたかった。

 しかし、死鬼となった田所をそのままにはしておけない。


 川田と田口がいる。

 田所をそのままにしておけば、彼らが田所に襲われるだろう。


 田所を止めなくては。


 止める方法は……


 セイは田所の顎を掌底で跳ね上げる。


 田所の体は、回転しながら、天井にぶつかり、そして落ちた。


 顎が砕けた感触がセイの手に残る。


 落ちた時に、トマトがつぶれたような音も聞こえた。


「……ぶじゅっじゅうっうううううるるるる」


 しかし、やはり、田所は立ち上がる。

 体中から血が流れ、腕も足もおかしな方向に曲がっている。


 それでも、田所はセイに向かって来るのだ。

 女好きな田所。

 生前に思った最後の欲望。

 セイのパンツを見たい。

 パンツを見るために、少女を食い殺す。

 死鬼になった田所にとってそれは何もオカシナ所は無い行動だ。



 止まらない田所を見て、セイは制服の内ポケットにあるモノを取り出す。


『ミスリルの短剣』


 時間がない。


 もう、2階からうるさいくらいに聞こえてきた爆発音も聞こえなくなっている。


 ……終わったのかもしれない。


 だからこそ、急がなくては。

 セイは『ミスリルの短剣』を抜く。

 短剣の刃が煌めく。


「お、おい、なにするつもりだ」


 川田が叫ぶ。


「……」


 セイは何も答えない。

 答える余裕も無い。


(切るしかない……足と…腕を。そうすれば、動けないはず。急がないと間に合わない!)


 闘いが終わっていても、生きてさえいればどうにかなるはずだ。

 回復薬がある。


 早くシンジを助けにいくためにも、田所を、人を切らなくてはいけない。


 セイは、短剣を構え、振りあげる


「や、やめろ!」


 そのとき川田が、叫びながらセイに飛びかかった。


「なぁっ!? ちょっ、放しなさい!」



「タドは友達だ! 友達なんだ!」

「そうだよ!やめろ!タドは何も悪くないだろ!」

 田口も飛びかかり、セイの左腕にしがみつく。


「くっ、この!」


 セイは彼らを振り解こうとするが、彼らは離れなかった。


 必死に、しがみついている。

 友人を守るため。


 彼らは、死鬼について知らない。

 田所が死んでいる事を知らない。


 田所は、ちょっとおかしくなっているだけ。

 だって動いているから。

 動いている人は、生きている人。


 彼らにとって田所は、良いヤツだった。


 いつもひょうきんで、笑わせてくれる。

 女の子たちと遊びに行く時は、いつも盛り上げ役を買って出てくれた。


 彼らが田所を体型の事でいじっても、彼は笑っていた。

 嬉しそうに。

 優しくて面白い田所。


 そんな田所を、セイは鋭い短剣で斬ろうとしている。

 そんな事をしたら、田所が死んでしまう。

 大切な友人を殺させる訳には、いかない。


「この……!」


 セイが、川田たちをふりほどこうと躍起になっている間に、田所が、セイのすぐ近くに来ていた。


「ぶるやぁああああ」


 田所が口を開ける。

 血だらけで、ぐちゃぐちゃな口内。

 それでも、彼の口は動く。


 食欲と、性欲を満たすために。

 彼の大好きな、おっぱいの大きな美少女を食い殺すために。

 パンツを見るために。


「ちょっと! 本当に、放して!」


「殺させるもんか! 放すもんか!」

「タドは俺たちが守るんだ! 暴力はやめろ!」


 川田たちは、田所が近づいている事に気が付かない。

 彼らの友人が、セイを食い殺そうとしている事に気が付かない。


 彼らは今、友達の為に一生懸命なのだ。


 友情のクライマックス。


 そのフィナーレは、少女の死で終わろうとしている。


「ぶっふ……ぶばああああああああああああ」


 田所の口がセイに迫る。

 傾きながら、ゆっくりと。





「……何してんの?」


 傾いていた田所の口が、顔が、そのまま一回転して地面に落ちた。


「……先輩?」


 頭が無くなった田所の背後には、紅い短剣を持った少年。

 シンジが立っていた。

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