第43話 名前が勇者


 セイと、川田たち三人は、2階についた。

 田所は、田口が支えている。


 爆発音が聞こえる。

 がれきが崩れる音も。

 すさまじい破壊の音が、3階から聞こえてくる。

 2階まで……いや、学校全体が振動している程だ。


「……あなたたちは、食堂に行ってほかの人たちに逃げるように伝えて」


 セイは、パラパラと小さい破片が落ちてくる3階を見ながら川田たちに言う。


「……どうするつもり?」


「先輩を助けに行く」


 セイがそう言って駆け出そうとするのを川田がセイの腕をとって止める。


「いや、やめろって。せっかく逃げてきたのに、戻る必要ないだろ?」


「放しなさい! 先輩を、助けないと!」


 セイは確かに聞いたのだ。

 シンジが別れ際に言った一言。


『バイバイ』


 その聞こえるか聞こえないか分からない小さな声の別れの言葉。

 本人も、言ったか分からないような、微かな口の震え。

 嫌な予感がする。

 もう、シンジと会えないような、そんな予感。


 セイは、シンジがどのような人物か、やっと分かった気がした。

 

 孤独な人。

 しかし孤高ではない。

 誇りや名誉のために孤独なのではない。


 優しいから、孤独なのだ。

 

 セイはどこか気づいていた。

 シンジがセイと距離を置きたがっていることを。

 離れようとしていることを。

 それをセイは単純にシンジから嫌われているからと思っていたが、多分それだけではない。


 セイを傷つけないためにも、離れようとしている。


 シンジ自身も、今のシンジが悪い事をしていると理解しているのだ。

 だから『自己責任』。シンジは、セイに何も強制しなかった。

 それに巻き込まないように、セイに突き放すような言葉を言っていた。

 なんて優しい。


 今思えば、膝枕のお願いもそうだ。

 シンジは、わざとセイを呆れさせるようなことを言ったのだ。


 セイが、シンジをおいて、逃げられるように。

 シンジが死んでも、罪悪感を感じないように。


 冗談ではなかった。

 ここまで恩を売っておきながら、離れていくなんて。


「放しなさい!」


 セイは、川田をふりほどく。

 急激にレベルアップしたセイの腕力は振っただけで川田を3メートルほど吹き飛ばし、壁に激突させる。


「あっ……」


「ううぅ」


「カワン!」


 ケツから煙が出ている田所を支えていた田口は、田所を置いて川田に駆け寄る。


「ご、ごめんな……」


 自分がした、予想以上の暴力にセイは謝ろうとしたとき。


「あんな嫌われている奴、どうでも良いだろ!」


 川田が、叫ぶ。


「えっ?」


「あんな、皆から嫌われている『ムッツリゲーマー』なんて、どうでもいいだろうが!」


 川田はイラついていた。

 セイのような美少女がシンジなんかのために一生懸命になっている事に。

 学年の女子全員から嫌われている学校のヒエラルキー最下層の人間。シンジなんかのためにセイが行動するのが気持ち悪くてムカムカしていた。



「それ、どういう……」


 セイが、川田の発言の意味を聞こうとしたとき。


「ぶゃあああああああああああああああ」


 奇声が聞こえた。


「タド? どうしたタド?」


 ケツから煙を出していた田所が、立ち上がり叫んでいる。

 その田所の額には角が生えていた。





「うーん、楽しかったぁ」


 白銀の世界に変わった教室で、猫耳美少年が杖を持ちながらを背伸びをする。


「レベルが足りなかったけど、多彩な攻撃の数々。充実した戦いだった」


 終わりを告げるように、落ちてきた。


 それは人の足。


 猫耳美少年が、氷に覆われた瓦礫の山に寄りかかるように倒れている少年に声をかける。


「よかったら、教えてよ。名前。覚えておいてあげる。死んでいく君の事」


 左腕がなくなり、腹部は半分ほどちぎれ、右足は吹き飛び、そんな状態でもシンジはまだ生きていた。


 かろうじて、だが。


「ひ……と……なま……」


「え? 何?」


 シンジのか細い声が聞き取れず、猫耳美少年はそのピコピコ動く耳をシンジの口に近づける。


「人に名前を聞くときは、まず先に名乗れクソ猫」


 シンジは、残った右腕に持っていた蒼鹿の力を解除する。


 凍らせていた、今までの戦いで崩れていた上の階の瓦礫が溶けてシンジたちの上に降り注いでくる。


「なるほど!」


 猫耳美少年が、手を打つ。


 そして杖を振った。軽く。

 だが、早い。


 シンジには、そのはじめの動きと終わりの動きしか見えなかったほどだ。


 杖を上に降って、また地面に戻す。


 猫耳美少年はそれしか動いていないように見えたのに、降り注いできたはずの無数の瓦礫は、細かい粒子になって消えた。


「そうだね。君の言うとおりだ。まず僕から名乗らないとね」


 何事もなかったかのように猫耳美少年は、嬉しそうにネクタイを締めかしこまって名乗る。


「僕の名前は、オウマ帝国特務部隊隊長コン・ハイソ。まぁ、隊長って言っても、部下は魔物だらけで、魔人は僕だけなんだよね」


 照れくさそうに笑うハイソ。


 何が照れるポイントなのか、シンジには分からない。

 魔人ってなんだ、オウマ帝国ってなんだ。

 聞いたこともない新しい用語が増えて、正直意味が分からなかった。


「さて、僕が名乗ったんだし君の名前を聞かせてよ」


 耳をピクピク、頬をニコニコしながら、ハイソは聞いてくる。


「明星……真司」


 シンジは、声を振り絞って名前を言う。

 自分も学校の名前などを言った方がいいのかと思ったが、シンジにそんな力は残っていなかった。


 もう、シンジには何も残っていない。

 嫌がらせも、さっきの瓦礫が最後だ。

 このままシンジは、死ぬしかない。


 そんなシンジの名前を聞いたハイソは、ニコニコ顔をやめ、真顔になっていた。


「え? ……もう一度言って?」


 そんな無茶ぶりをするハイソ。

 シンジにはもう声を出す力は残っていない。

 そんな無茶ぶりに答える必要はないと、シンジは口を閉ざして目を閉じる。

 もう、目を開けているのさえ困難になっていた。


「いや、寝てないで。起きて、名前。ほら、頑張って。おーい」


 ぺちぺちとシンジの頬を叩くハイソ。


 うざったいが、それを拒む力はシンジにはない。


 シンジは、ゆっくり死の世界に向かっていく。


 これだけ時間を稼いだのだ。

 セイはもう、逃げ切れているだろう。

 自分が危ないときは、セイを見捨てるなんて言っておきながら結局自分が犠牲になっている。


 どっちみち、シンジの代わりにセイがハイソと戦った所で、まともに時間稼ぎが出来たとは思えないのでしょうがないが。

 あの場面は、シンジが戦うしかなかったのだ。

 それが、一番『楽』な手段だったのだ。

 身体的にも。精神的にも。

 それでも、犠牲になるつもりは無かった。


 別にセイたちが逃げ切る時間を稼ぐ必要はなかったのに。

 時間稼ぎに、欲を持ちすぎた。

 時間稼ぎが、『楽しかった』。


 誰かのために、自分を犠牲にして戦う。


 体験してみるとなかなか、心が満たされるモノだった。

 悪くない。

 良い終わりだ。


(『楽』だし『楽しい』かったからな)


 シンジの意識が、闇に消えていく。



「ニャアアアアア! もう! しょうがない! 特別だからな!」


 急に、猫っぽい声を上げながら、ハイソが叫ぶ。

 そしてシンジに何か液体をかけた。


 微かな光。

 シンジの闇に感覚が戻ってくる。

 冷たい。

 しかし、体のそこから暖かくなってくる。


「『金の回復薬』高いんだぞ? これ。ほら、もう元気だろ? 目を開けて、ほら」


 ハイソはシンジの頬を叩く。


 シンジはゆっくり目を開ける。


 動く?


 シンジは体を起こす。


 シンジの体は淡く光り輝いていた。

 無くなったはずの左腕と、右足は元通り生えていて、お腹もえぐれていた部分が塞がっている。


「はい、元気になった。ほら、もう一度君の名前を教えて」


 ハイソがシンジに問いかける。


「明星真司……だけど、なんで」


 (……なんで治した?なんでそこまで名前にこだわる?)

 疑問に思いながら、シンジもう一度名乗った。


「うーん。聞き間違いじゃないかぁ……でも、違うよなぁ。ねぇ、こっちの世界では、メイセイ シンジって名前は、よくいるのかい?」


 ハイソは、腕を組みながらシンジに質問する。


「いや、シンジって名前は、結構いるかもしれないけど、メイセイって名字はあまりいない」


 ハイソの問いに答えながら、シンジはこのチャンスを活かす方法を考えた。


 死ぬと思ったら、怪我を治してくれた。

 なぜか。

 ハイソは、このままシンジを見逃すつもりなのだろうか?

 分からない。

 しかし、戦っても勝てない相手であるのは、先ほど散々体験した。

 逃げるのも、今は厳しい。

 命がけの戦いに、負けたばかりなのだ。

 もう、何が何でも生きようとする、頑張ろうとする気持ちを消費してしまっている。

 武器も、紅馬がない。

 どちらにしても、時間稼ぎが必要だ。

 ハイソとの会話が必要だ。


「なぁ、ハイソ……さん?」


 うんうん唸っているハイソにシンジは問いかける。


「ん? なんだい?」


「明星 真司って名前に、何かあるのか?」


「……うーん」


 ハイソが、シンジの顔をマジマジと見る。


「その反応、やっぱり関係者でもないのか?」


「関係者?」


 ハイソは、またうんうん唸り始める。

 その隙にシンジは蒼鹿に力を込める。


「勇者と同じ名前……けど、勇者の名前を知らない。けど戦い方はただの雑魚とは思えない……うーん」


「勇者と同じ名前って、どういうことだ? そもそも、勇者ってなんだ?」


 ハイソは、目を見開いて、シンジを見る。


「なんだ? 知らないのか? 『聖域の勇者』と同じ施設にいるのに?」


「知らないよ。なんだよ勇者って。ゲームか何かか?」


 シンジの返事にハイソはまた頭を抱える。


「なんか変だとは思ってたんだよなぁ……勇者の反応はあるのに、雑魚ばっかだし。どうしよう。でも勇者は近くにいるはずだしなぁ」


 はぁ、っとハイソは頭を抱えていた手をおろす。


「もしかして、ここって戦士の教育機関じゃないのかなぁ……じゃあ、僕今まで一般人を殺してたって事? 何それ萎える。ニーソのやつも適当な指令を出すなよ。立場は下でも一応兄だぞ? 僕」


 ハイソのしっぽも、下に下がる。


「ねえ、君、レベルいくつ?」


「えっと、14だけど」


 困惑しながら、シンジは答える。


「思ったより低い……いつから戦闘技術を学び始めた?」


「いや、学んだ事ないけど……戦い始めたのは、死鬼が出始めた頃からだから」


 シンジの返事に、ハイソはまた目を見開く。


「という事は、まだ戦い初めて5日しか経ってない、と言うことか?」


「そう、だけど……」


「……ニャハ、ニャハハハハ」


 ハイソは顔に手をあて、笑い始める。


「なるほど、明星 真司くん。そのレベルで、その時間で、その強さ。なるほど、なるほど」


 ハイソの笑いが収まる。

 顔から手をはずし、シンジを見るその目は、細くとがっている。

 明らかに好戦的だった。


「っ!」


 シンジは、蒼鹿を発動させながら立ち上がる。


 ハイソの頭上を越えて飛んで来たのは、紅馬。

 シンジはそれを受け取る。


「へぇ」


 ハイソは、振り返る。

 そこにあったのは、氷で出来た滑り台。


「話ながら作っていたのか。滑らせて、武器を飛ばすために。遠距離でこの造形。それを僕に気付かれずに。やっぱりやるなぁ」


 ハイソは再びシンジの方を見る。


「もう一度聞くけど、『聖域の勇者』について、何も知らないんだよね」


「知らない。勇者なんて、聞いたこともない」


「メイセイ シンジって名前も?」


「明星 真司は俺の名前だ。ほかに同じ名前の奴は知らない」


 シンジは、これからの算段を考える。

 武器も戻った。

 時間も稼いで、やる気も復活してきた。

 見せてない手も、一つ残っている。

 やれる。

 生き残れる。

 たぶん。


「オッケー。分かった。まぁ、どっちみち、この施設にいる奴らは皆殺しって指令だし。一般人を相手にするのは嫌だけど」


 ハイソが笑う。


「君は良い。戦士だ」


 圧迫感が、強くなる。


「……戦士じゃないんで、見逃してもらえませんかね」


 膝が折れそうになるのを必死でこらえながら、シンジはハイソを見る。



「仲間の女性たちを守っただろ? 戦いの様子からも、君は戦闘において何か自己を律する決まりをちゃんと持っている。仲間を守り、戦いの中で自分を見失わない者は、立派な戦士だよ」


 やはり無理だった。

 戦士だから戦うって言うなら、戦士なんて最低だ。

 シンジは、腹をくくる。


「じゃあ、や……!?」


 ハイソの動きが急に止める。


「……ちぇっ、もうレジストされ始めたか。しっかりしろよニーソのやつ」


 ハイソの体が、淡く光り始める。


「……どうした?」


「……今回はここまでのようだね。時間切れだ。まぁ、またすぐに来ると思うから、それまでの間、レベルを上げていてよ」


 ハイソの体が消え始める。


「次は、もっと楽しい戦いをしよう」


 霞のように、ハイソは消えた。


「……消えた?」


 シンジは、倒れるように、座り込む。


「……なんなんだよ」


 あの、吐き気がするほどの圧迫感が消えている。

 本当に、ハイソはいなくなったようだ。


「……勇者とか魔人とか、もう完全にファンタジーじゃん。あああ、くそ強いし、ああああああ、もう!」


 意味もなく、ジタバタするシンジ。

 命がけの闘いで、文字通り死にかけて、もう一度闘いになる所で、相手が消えたのだ。

 なんか、シンジはムシャクシャしていた。


「……常春さん、無事かな」


 ジタバタを止め、立ち上がる。


「せっかく生き残ったんだし、約束通り、膝枕してもらおう。太股さわりまくってやる。こうなったら八つ当たりだ!」


 負けた腹いせに、セイにセクハラしまくってやろうと決心するシンジ。

 約束もしたのだ。

 セイの綺麗で艶やかな太ももを触りまくり、隙を見ておっぱいもいく。


 食堂に生き残りの人がいることも分かったのだ。

 どうせセイとは、そこで別れる。


 命をかけたのだ。

 最後くらい良い目をみようと決心する。

 嫌われてもいい。

 その方が、別れもすんなり行くだろう。


 まだ残っていた、黒い触手の素材(撮影すると、回収できる素材を教えてくれた)、目と綺麗な触手を回収しついでにセイのタブレットが入っていた箱はポイントに変換して、シンジは2階に向かった。

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