第40話 魔物が現れた


『魔物』


 古今東西、あらゆる物語で、人類の敵として描かれる化け物。

 この、ゲームのようになってしまった今の世界でも、その存在はあまり変わらないだろう。

 なぜなら、変化した点として、そのことは書かれていたから。


1 魔物の発生

人を喰らういわゆる魔物という生き物が、自然現象のように生まれるようになった。


 実際、掲示板にも、魔物の目撃例は、いくつかあった。


 小さい、サルのような、緑色の体表の豚鼻の化け物。

 ゴブリン


 二足歩行の、犬歯が大きく発達した、不細工な犬のような化け物。

 コボルト


 巨大なトカゲ。強大な爬虫類。

 ドラゴン


 これらは、画像付きで掲示板で紹介されていて、ドラゴンに至っては、自衛隊の戦車をひっくり返している画像があがっていた。


 ただ、ゴブリンやコボルトはさすがに討伐情報も多く、大量のゴブリンの首を並べて飾ってある画像は、さすがのシンジも気持ち悪くなったが、とにかく、魔物というモノが存在していることは、シンジは情報として知っていた。


 だが、学校の上階にいたせいか、シンジは今まで直接魔物と対峙したことはない。


 ゴブリンやコボルトは、棍棒などの武器を持っているが、小さい分、一匹一匹は人の死鬼より弱いとの話だが……


 シンジは、目の前にいる、自身が初めて遭遇した魔物らしき化け物を見る。

(……黒い触手に、真ん中に目玉。腕を伸ばしたら、十数メートルはあるんじゃないか)


 シンジは、試しに、近くにあったイスを触手の魔物に投げてみる。

 触手の化け物は、音も無くシンジが投げたイスを触手で受け止め、あっさり溶かした。


(酸の触手。しかもかなり強力。それが10本。そして、なんか特殊な皮膚でもしているのか、触手が動く時に、音が聞こえない、か)


 触手の化け物が、6本の腕を千住観音のように構える。

 残りの4本は、触手の体を支えていた。


(……こりゃあ、どう考えても、雑魚じゃないよな)


 6本の触手の形状が変わっていく。


 腕のように太かった触手の先端が、徐々に細く、針のように。


(あの細さ……コイツが犯人か)


 視聴覚室にいた、30人の死体。

 ミユキやミナミの左胸に空いていた、小さな穴。

 彼らを殺したのは、この触手の化け物だろう。

 もしくは、同じ種類か。


 それがなぜ、突然現れたのか。


 今まで、どこにいたのか。

 少なくとも、気配を感じたのは、ついさっきだ。

 触手が5日間何をしていたか分からないが、重要なのは、その触手の狙いが自分たちであるという事だ。



 音も無く、6本の腕が動く。

 それぞれのスピードは、死鬼ゴキブリと同程度。

 しかし、それがくねくねと動きながら、6方向から攻めてくる。


「おおおぁああああああ!」


 シンジは、両手に持っている紅馬と蒼鹿の能力を最大限に発動させる。


 紅馬は巨大な炎の剣となり、蒼鹿は氷を纏う。


 シンジは、双剣をつかって、見事に6方向からの攻撃を捌いていく。

 上から来た触手を紅馬で受け、左右同時に襲いかかってくる触手は、蒼鹿の氷を伸ばし、対処する。

 しかし、捌くだけで限界だ。


(うおっ……! 重! 堅! 厚!)


 10秒ほどで、触手の攻撃が一旦止む。

 紅馬と蒼鹿の炎と氷にふれて、触手が痛んだのだろう。

 3本の触手からは煙が上がり、3本の触手は凍っている。


 教室にある机は、シンジの後方に位置する物以外、触手についている酸のような液体で全てどろどろに溶けていた。


「痛ってぇええええ! 右足がぁああああ」


 シンジの背後に隠れそこなった田所は、溶けてはいなかったが、何か足を押さえている。

 酸がかかっているのかもしれない。

 ケツを丸出しにしているせいで、まるっきり緊迫感がないが。



「ぜぇ……ぜぇ……」


 シンジは、肩で呼吸していた。

 時間はわずか10秒ほどだが、運動量と緊張で、今までにないほど疲労している。

 音が聞こえないのも、地味にツライ。

 触手を捕らえるのに、完全に目に頼るしかないからだ。


「先輩」


 背後にいたセイが、心配してシンジに近づこうとする。


「……あの触手に、酸が無かったらな」


 しかし、シンジのこの一言で、セイの動きが止まる。


「はぁ?」


「そしたら、あの触手に常春さんを突っ込ませて、美少女女子高生の触手プレイを観戦出来たのに……」


 セイはシンジの頭を思いっきり叩く。


「何バカなことを言ってるんですか! それより、あっちを見てください!」


 セイが指を指す方向には、荒尾が立っていた。

 拘束していた机が溶けたのだろう。

 荒尾が触手の出す酸に溶けなかったのは、偶然か、触手がわざと荒尾を残したか。


「がぁああああ」


 荒尾がシンジたちに襲いかかってくる。


「いや、凍ってろ」


 シンジは、蒼鹿の氷を使って、荒尾を凍らせる。


 荒尾を相手にしている暇はない。


 触手は、痛んだ自分の腕を切り離し、新しい物を生やしていた。


「先輩……」


「まぁ、触手プレイが嫌なら、下がってて」


 また、触手の攻撃。

 今度は7本。一本増えている。


(くそ……!)



 十秒ほどして、触手の攻撃が止む。

 シンジは、今回も捌き切った。


「今度は左足ぃいいいいいいい!?」


 田所が何か叫んでいるが、知ったことではない。

 ケツを丸出しなのが悪い。

 ちなみに、川田と田口は、手で頭を押さえながら、震えていた。


「先輩……大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫大丈夫」


 大丈夫では、ない。

 7本の触手による波状攻撃を捌くのは、かなりギリギリだった。

 8本まではいけるかもしれないが、9本は怪しいだろう。


 それに、体力が持たない。

 このままでは、いずれ防御出来ずに、触手にやられてしまう。


 攻撃しないといけない。

 触手に弱点があるとすれば、目だろう。

 定番といえば定番だが、実際目を攻撃されて、無傷な動物はない。


 だが、触手が、傷付いた触手を治している最中に、こちらから攻撃に行くことは出来ない。


 後ろには、セイたちがいるのだ。

 シンジがあの触手に攻撃をしかけに行ったら、触手はセイたちを襲うかもしれない。

 今は痛んだ触手を治している最中だが、まだ無事な触手が残っているのだ。

 怪我を治している最中の触手でシンジの動きを阻害して、無事な触手でセイたちを攻撃し始めたら、守りきれる自信はない。


 状況はかなり悪い。

 足手まといがいなければ、ここまで苦戦しなかっただろうが。


 しかし、シンジは、そんな状況を、少しずつワクワクし始めていた。

 セイや川田たちがライフ。

 それに傷を付けずに、守り切り、相手を攻撃する。


 まるでシューティングゲームだ。


 こちらが攻撃に行けない制限付き。

 だからこそ、やりがいがある。


(そういえば、田所は襲わないのか……)


 かといって、背後に隠れそこなった者まで助けるつもりはないのだが、田所はまだ生きている。

 今の所、触手の攻撃は、シンジたちの方向に集中しているからだ。

 田所が傷ついているのは、流れ弾ならぬ流れ酸だ。

 田所を触手が襲わない理由は不明だが、単にケツ丸出し男を相手にするのが嫌なだけかもしれない。


(まぁ、あんなケツ丸出し男は放っておいて、9本まで粘りましょう……か)



 案の定、触手が一本追加され、8本による攻撃が開始される。


「うおおおおおおおおおおお!」



 また、触手の攻撃が止んだ。

 今度も、シンジは、触手の攻撃を防ぎきった。


「せ、先輩……」


 しかし、シンジは満身創痍だった。

 制服のあちこちが破れ、破れた制服の穴から煙が上がっている。


「お、俺のお尻がぁあああ…………」


 田所のケツからも煙が上がっているが、そちらは本当にどうでもいい。


(……どうしよう。このままだと先輩が……)


 セイは、シンジが自分たちを守っているから、苦戦していることを知っていた。


 シンジ一人ならば、触手の攻撃を避けながら、本体に攻撃することも出来たはずだ。


 自己責任、という言葉を使いながら、結局シンジはセイを守っている。


 足手まとい。


 セイは、自分がヘタに動けば、邪魔になることも理解していた。

 しかし、このまま黙って見ているわけにもいかない。

 何かしなければ。

 セイは自分が出来ることを探した。


 本当は、シンジはこの状況を楽しんでいるので気にする必要はないのだが。

 

「……9本、か」


 魔物が、自分の体を一本の触手で支え始める。

 完全な、攻撃の姿勢だろう。


(……少し、慣れた。いけるか、な?)


 シンジは、紅馬の柄で、自分の太股を軽くたたく。

 リズム良く。


 トンタットン


 刻んだ音が脳に入り、余計な情報を遮断していく。


 見える世界が広くなり、見るべきモノは鮮明に。


 集中の世界に、自分と情報だけの孤独な世界に、シンジは入る。


 3本の触手が、一つにまとまり、それが3つ。


 3方向から、一斉に触手が襲ってきた。


「しっ!」


 円を描くようにしながら、3本の触手の固まりを朱馬で弾く。


 しかし、紅馬が当たる直前に、3本のうち2本が離れていた。

 時間差攻撃。


 それを、シンジは蒼鹿で受ける。


 炎と氷が燃えて消え。


 触手の攻撃を受けるシンジの動きは、まるで舞踊のようになり、炎と氷と黒い触手は、シンジの踊りを彩る衣装に変わる。


 触手と剣は楽器となり、命の危険は、スパイスに。

 10秒ほどの、生死を賭けたパフォーマンスは、踊り子の勝利でフィナーレを迎えた。


(……今だ!)


 9本の触手が炎と氷で痛んだ魔物は、無防備な状態だ。残りの1本は、体を支えるのに使ってしまっている。


 シンジは、そのがら空きの目を狙って蒼鹿を朱馬で打つ。


 爆炎で加速された蒼鹿は、魔物の目に向かって弾丸のように進んでいく。


(……マジか!)


 ギリギリと、何か金属のようなモノが擦れていく音。

 魔物の瞼で、蒼鹿は止められていた。


「……今まで、瞬きなんてしてなかっただろうが!」


 ここを逃せば勝機はない。


 シンジは悪態を付きながら、朱馬を片手に、魔物に向かう。

 しかし、遅い。

 足が思うように動かない。

 疲れが、ここに来て出てしまっていた。


「やぁああああああああ!」


 そんなシンジを追い越すようにセイが魔物に向かって駆ける。


 その手には、教室のイス。


「おい、バカ、戻れ!」


 シンジの制止の声も聞かず、セイは魔物に近づく。


 気配を感じたのだろう。


 まだ治っていない触手で、魔物はセイに攻撃を始める。

 しかしその動きはたどたどしく、遅い。

 目も閉じているのだ。

 狙いもかなり外れている。


「この!」


 セイはイスで触手を防御する。

 触手は治っていないため、酸は付いていない。


 セイはイスを上手く使いながら、魔物に接近する。


「やめろぉおおお!」


 シンジは、本気でセイを止めた。


 別に、セイの身を案じたからではない。


「往生際が悪いの、よ!」


 触手の猛攻をかいくぐったセイは、瞼で止まっている蒼鹿の柄を蹴り込む。


「ぴぎぃいいいいいいいいいいいい」


 今まで、静かだった魔物が、初めて声を上げた。

 断末魔だ。


 蒼鹿が体に食い込んだ触手の魔物は、徐々に体が凍っていく。


 そして完全にその体が凍りついた時。


「えっ……太鼓の音!?」


 セイが辺りをキョロキョロしだし、セイの近くにGODZONと書かれた箱が落ちていた。


「……トドメ」


 シンジがつぶやく。

 初めて遭遇した、ボスキャラのトドメを、味方に取られる。

 ゲーマーとして、これほど悲しくて悔しいことは無かった。

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