第39話 シンジが助ける

「なんだっ……ぶっ!」


 セイの上に乗っている田所の顔面に、氷の固まりをぶつけるシンジ。

 蒼鹿で作った氷だ。


 氷がぶつかった田所は、そのまま後ろに倒れこむ。


「ぶう……」


 そのまま、田所は気絶した。


「おまっ! 明星!?」


「荒尾さんを襲っているのは、見逃そうと思ったんだけどな」


 シンジは、田口の首を掴み、そのまま持ち上げる。


「がぁっ!? ぐうう! げっ!」


 田口は、首を絞められた苦しさで、足をバタバタと動かす。


「常春さんは、ダメだろ」


 ぶんっと、シンジは田口を黒板にたたきつける。


 顔面から、黒板につっこんだ田口は、ずるずると床に落ちて、動かなくなった。

 死んではいない。

 シンジは、残った川田の方を見る。


「お、ちょっ、待てよ! こっちくんな!」


川 田は、後ずさりながら、セイの体を抱き寄せ、電気の流れてるスタンガンを近づける。


「こ、これ以上近づくと、スタンガンを当てるぞ! そのままおとなしく……」

「当てれば?」


 シンジは、川田のおどしを冷たく突き返す。


「はぁ?……お前、常春さんが、どうなっても……」


「どうなるって言っても、しびれるだけだろ? もうすでにしびれているし」


 シンジは、川田のスタンガンを気にせず、川田に近づいていく。


「な、なんだよ! お前、常春さんを助けるために……」


「そもそも、助ける義務ないんだけどな、自己責任って言ったし。まぁ、お前ら相手にしても危なくないから、助けるけどさ」


 常春を人質にしても、まったく動じないシンジ。

 どうしていいか分からなくなった川田は、破れかぶれでシンジに突撃してくる。


「わあああああああああ」

「よっ!」


 突き出すように、川田が持っていたスタンガンを、氷を纏わせた蒼鹿ではじくシンジ。


 氷は、電気を通さない。


「腹は、雑誌があるんだっけか?」


「ぐへっ!」


 えぐるように、川田の顎を打ち砕くシンジ。

 アッパーカットだ。


 川田は、大の字になって、倒れた。


「……」

「ぎゃん!」


 倒れている川田の股間に蹴りを入れるシンジ。

 川田は股間に手を当てたまま、動かなくなった。


「……さて」


 シンジは、電気でしびれたままの、セイを抱き抱える。


「せ……んぱ……う」



 電気でしびれているのは、ゲーム的には麻痺の状態異常かもしれないが、今のセイは、電気で神経などショックを受けている状態である。


 ならば回復薬で治るだろうと、シンジはセイに回復薬を飲ませた。


「んく……んく……はぁ……先輩」


 セイが上体を起こす。回復薬の効果が効いたようだ。


「……ありがとうございました」


 セイはシンジにお礼の言葉を言う。


「けど、先輩。……なんで、すぐに助けてくれなかったんですか?」


 男3人に、スタンガンを当てられ、襲われそうになったのだ。

 痛いし、恐かった。

 近くにいたのだから、もっと早く助けに来てくれてもよかったのではないか。

 非難と寂しさがこもった目で、セイはシンジを見ていた。


「……自己責任って言っただろ。それに、考えも、相談もなく勝手に突っ走ったんだ。痛い目に合わないと分からないと思ってな」


 シンジは立ち上がる。

 シンジは、セイの勝手な行動にかなり腹が立っていた。


 悪い事をしている生きた人間と関わる事が、今のこの状況でどれだけ面倒な事態を引き起こすか、セイが考えて行動したと思えなかったからだ。


 だから、セイの後ろで川田がスタンガンのような物を持って起き上がっても、シンジは何もしなかった。

 当然の結果であり、必要な痛みだと判断したからだ。

 さすがに、倒れて動けないセイに2回目のスタンガンを当てた時は、シンジは彼らに対してかなりイラッとしたが。



「そう……ですか」


 シンジの、その冷たい物言いを歯がゆく思いながらも、セイは半分ほど納得する。

 シンジは、散々自己責任という言葉を使ってきたのだ。



「……確かに、行く前に、先輩に相談くらいしなきゃいけなかったと思いますけど……けど、考えなしに、行動したわけじゃ……」


「じゃあ、こいつらどうすんの?」


 シンジは、まだ倒れている3人を指さす。


 田所が、お尻丸出しでかなりマヌケだ。


「……警察に、引き渡します」


 セイは、悩みながらシンジの問いに答える。


「警察が機能していると思う? おかしくなって、もう5日も経つのに、警察らしき人たちは全然こないんだけど」


 すかさず言われた反論に、セイは答えに困る。


「じゃあ、とりあえず、身動きできないように拘束して……」


「置いていくの? 死鬼だらけのここに置いていったら、確実にこいつらは死ぬだろうね」


「お、置いていきません! ちゃんと、カフェまで連れていって……」


「守るんだ?」


 シンジが、セイを試すように見る。


「ま、守るわけじゃありません! ただ、もうこのような事をしないように監視を……」


「俺が三日かけて作った安全地帯に、彼らは連れて行かれる。そこでは、身動きが取れないようにされているけど、代わりに超かわいい女の子が、貴重な食料を使って、食事の世話などをしてくれる。監視をするということは、彼女は一日中そばにいてくれるのでしょう。もし危ない死鬼が来ても大丈夫。自分たちの代わりに、戦ってくれる奴もいる。衣食住が完璧にそろって、しかも美少女付き。なんてステキな牢獄生活」


 シンジは、高らかに、バカにするように、発言する。


「だ、誰が美少女ですか!それに、 そんな、ステキな生活なんて送らせる……」

「でも、たぶんそうなる」


 ストンと、急に冷たくなったシンジの発言に、セイは言葉を失う。


「反省させるために、ヒドい生活を送らせるなんて、常春さんには出来ないし、俺もしたくない。まぁ、俺は面倒くさいからなんだけど」


 今までのセイの様子から、この3人に対して、さきほどシンジが言った内容とそうずれた対応にならないと、シンジは考えている。

 そして、セイも、内心では、薄々、そう思っていた。


「じゃあ……じゃあ、先輩はどうするんですか?」


 困ったセイはシンジの意見を聞く。


「……俺は元々、見逃すつもりだったしなぁ……やっかいな事になるって分かりきってたし。誰かが暴走したから」


 シンジは、セイを睨む。


「うっ……すみません」


 うつむいて、謝罪の言葉を口にするセイ。

 素直な子だ。

 良い子だ。

 だからこそ、やっかいだ。



(かわいくて、スタイルも良くて、行動力もあって、しかも、厳しく見えるけど、心根は優しい、とても良い娘だ。頭も悪いわけじゃない。ここまで、色々議論してきたけど、常春さんが言っている事は、何一つ間違ってはない。どちらかと言うと、俺がひねくれている。常春さんは完璧美少女。でもなぁ……)


 現状では、そんなセイはシンジの足手まといになりつつあった。

 おとなしくシンジの保護を受けるだけなら、問題ないのだがセイは動くタイプだ。

 しかも、自身の正義をしっかりと持っている。

 これからも今回のような問題を起こすだろう。

 それは自由に動きたいシンジにとってかなり邪魔だ。


 セイの胸の感触は、かなり魅力的ではあったが。


「先輩?」


 セイが心配そうにシンジの顔を見る。


「ああ、ごめんごめん。常春さんの胸の魅力についてだったよね」


「違います! あの三人の処遇についてです! マジメにしてください!」


 顔を真っ赤にして、シンジを怒るセイ。

 可愛い。


(……まぁ、シシトとか、常春さんが誰か一緒に行動出来るような人と再会するまでの間だな)


 それまでは、セイの可愛さと優しさと正しさに免じて、この程度のやっかい事は我慢しようと思うシンジ。

 自分の正義を大切に思い行動しているセイの姿勢は、嫌なモノでない。


 とりあえず、この三人だ。


 シンジは、三人の様子をじっと見る。


「……そうだなぁ……殺すか」


 感情を込めずに、当たり前のように言うシンジ。


「えっ!」


 セイが驚きの声を上げる。


 寝ている三人も、びくりと動く。


「えっ……そんな、何も殺さなくても……」


「監禁するにしても、食料の無駄だし、コイツ等に何か働かせようと思っても、俺は一緒に行動したくない。常春さんも嫌でしょ? 女の子に電撃当てて、喜ぶヤツらとか。かといって、放置も出来ない。カフェにいるって知られたからな。逆恨みで夜襲でもかけられたらたまったモンじゃないし」


 シンジは、紅馬を近くの机に振り下ろす。

 炎を上げながら机がまっぷたつに切断された。


「じゃあ、この机みたいに、するしかねーだろ」


 机は燃え、灰になって消えた。



「し、しねーから、もう何もしないから、殺さないでぇえええ!」


 すると、今まで寝ていた三人が、慌てて起き出してシンジから距離をとるように集まり地面に額をこすりつけながら謝罪の言葉を口にする。


「……やっぱ起きてたか」


「……いつの間に」


 シンジは、土下座をしている川田に紅馬を向ける。


「もう、何もしないって言われても、信用できないな。背後からスタンガン当てるようなヤツ」


「すみません! すみません! 何でもするから許してください!」


 男に、何でもするからと言われてもうれしくないなと思うシンジ。

 さすがに本当に川田たちを殺すつもりはない。

 ただこれぐらいの脅しは必要だろう。

 それに情報も必要だ。


「じゃあ、とりあえず、お前等が今までどこにいて何をしていたか教えろ。どこか安全な場所を確保しているんだろ? じゃなきゃ、こんなバカなことする余裕があるわけないもんな」


「あ、あの、食堂と、武道場に、いました。皆そこにいます! 武道場で『壁ドン』とか、交代で見張りとかしてました」


「お、おい、倶楽部の活動は、会員以外に語っちゃ……」

「ほかに聞きたい事はありませんかぁ!?」


 川田が、田口の制止を聞かずビビりながらペラペラしゃべる。


「倶楽部って、確か『壁ドン倶楽部』とかいうバカな集まりの事か?」

「バカとはなんだ! バ……むぐぐ」

「そっ……そうそう、よくご存じで」


 田口の口を押さえながら、へへと愛想笑いを浮かべる川田。


「……こんな状況でも、活動してたのか。……まぁ倶楽部の事はいいや。ただ、さっき、みんなって言ったよな? ほかにも生き残りがいるのか?」


「は、はい! 約100名ほどが……」


「100……!?」


 川田の話を聞いている最中、シンジは突然廊下の方を向き紅馬と蒼鹿を構える。


「せ、先輩……どうしたんですか?」


「……常春さん、俺の後ろに……そっちの三人も、死にたくないなら、こっちに来い!」


「へ? へ?」


 川田たち三人は、あたふたとしている。


「……このタイミングで、か」


 シンジが吐き出すようにつぶやく。



「な、何あれ」


 セイが、廊下を指さす。

 何か、黒い大きな固まりが廊下で蠢いていた。


「ヒッ、ヒィイイ……」


 川田と田口が、シンジの後ろに腰を抜かしながら逃げてくる。


「ちょっ……田所、イけない……」


 田所は、脱いだパンツが脚にひっかかって倒れている。


 5本の黒い触手が、教室の端の壁を貫通してきた。

 よく見ると、壁が溶けている。

 5本の黒い触手が、縦に並んでいて、

 それは、まるで手の指のようだ。


 大きな、指のような触手が横に動いていく。

 引き戸を開けるように。

 壁など何も邪魔ではないかのように、触手が溶かしていく。


「魔物」


 壁という引き戸を開けて教室に入ってきたのは、大きな、黒い、10本の触手の固まり。

 真ん中に大きな赤い目がある。


 足手まといが、セイを含めて4人。

 シンジが想定していた中で最悪のタイミングで、初めて魔物と遭遇した。

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