第2話 サエが動かない
山口 紗枝(やまぐち さえ)と川上 美香(かわかみ みか)。
クラスにいる可愛い子といえばこの二人になるだろう。
そんな二人が、教室の床に座り込んでいる。
サエはシンジを睨み付けて、ミカはサエに寄りかかっていて表情は見えない。
「……明星くんだよね?」
サエが問いただすように聞いてくる。
「……ああ。そうだよ」
相づちを打ちながら、シンジはロッカーに置いていた自分の荷物を手に取る。
時間が無い。
上履きをロッカーに入れていた運動用のシューズに履き替える。テキパキと。
「……よかった。明星くんはマトモなんだ」
サエが、ホッと胸をなで下ろす。
(……マトモ、か。やっぱりゾンビ物みたいな事態が起きているのか?)
「マトモだけど、何が起きているの? 外は血まみれだし、川上さんは怪我しているし」
シンジは、言いながらミカを指さす。出血している。
顔を真っ赤にしながら、ミカは何かを押さえるようにブルブル震えている。
「え、うん。川上さん。さっきおかしくなった人に噛まれたの。何とか引き剥がして逃げてきたけど、ねぇ、明星くん。コタ君見なかった?」
「コタロウ? 見てないけど、それより外では何が……」
「探してきて。それと、先生も。川上さん、辛そうだし病院に運ばないと……」
シンジは、改めてサエを見た。
シンジの事は見てもいない。
(……いや、俺どころか、川上さんの事も見ていないな、コレ)
シンジは少しだけ悩み、言う。
「山口さん。川上さんが噛まれてからどれ位経った?」
「え? ……多分、本当についさっきだから、10分も経ってないと思うけど」
不機嫌な顔をしながら、サエは答える。
「ふーん……そっか」
「そっか、じゃなくて早く探してきてよ! コタ君と先生! 私はここから動けないんだから、早くして!」
イラついたように、サエが言う。
「動けないって、怪我でもしているの?」
「はぁ!? 馬鹿じゃないの!? 私は川上さんを見ていないといけないでしょう!? そんな事も分からないの!?」
ヒステリックに叫ぶサエにシンジは悩む。
(どうするか……ゾンビ物のセオリーだと、多分川上さんはもうすぐ死ぬ)
そうすると、まず近くにいるサエを襲うだろう。
助けるべきか。
しかし、シンジは知っている。
サエは、朝にモモがシンジを糾弾したときに、一緒になって拍手をしていた事を。
(困難を選ぶな。苦痛を避けろ。『楽』を求めて、『楽』を『楽しめ』)
この場合の『楽』は何か。困難とは、何か。
サエは、何やらヒステリックにまだ何かを言っている。
(……こうする、か)
「早く行きなさいよ、このクズ! コタ君なら……何、それ?」
シンジが斬るように荷物から取り出したソレに、サエは声を出すの止める。
ソレは、刃渡り30センチはある、大型のナイフ。一緒に取出した強化プラスチックで出来た盾を左手に付けながらシンジは言う。
「今朝まで登山をしていたから。登山にナイフと盾は必須だろ?」
(……さてと、どうなるか)
サエが止まったのを見計らって、シンジは口を開く。
「多分、川上さんはもうすぐ死ぬ。死んでゾンビみたいになると思う。俺はこれから逃げるけど、山口さんは、どうする?」
ゆっくり、大きな声でシンジは言った。
サエが聞き取れるように。
シンジの言葉を、サエはしっかり聞いたのだろう。
目を見開いて、その後、ゆっくりと細めていく。
「……はぁ? 何言っているの? 川上さんが死ぬ? そう、死んじゃうかもしれないでしょう? だったら早くコタ君と先生を連れて来なさいよ。馬鹿じゃ無いの? そんなナイフ振り回して子どもじゃ無いんだから、早く行ってきて!」
シンジは、軽く目を閉じた。
(……まぁ、こうなるか)
何となく、サエはこう返すだろうと思っていた。
そうなると、シンジのとれる行動は一つだ。
「……じゃあ、気をつけて」
そのまま、シンジは教室を離れる。
必要な物は入手した。
シンジとしては、もう用事は無いのだ。
「はぁ? ちょっと! 待ちなさいよ! コタ君と先生は連れてくるんでしょうね!」
慌てたように、サエは言う。
もちろん、シンジはコタロウと先生を探すつもりなんてない。
コタロウがシンジを必要としているなら……コタロウがシンジを見つけるはずだからだ。
少し進んで、シンジは後ろを振り返る。
サエは教室から出てこないようだ。
「……はぁ」
シンジは、階段を登っていった。
ちょうど3階についた時に、教室の方から悲鳴が聞こえた気がしたが、シンジが止まることは無かった。
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