魔物ハンター

のろい猫

魔物ハンター

 剣の一閃。デーモンの首が飛ぶ。俺は血を噴き上げながら倒れたデーモンを返り血を浴びながら見つめる。脳裏にあの時の記憶が蘇る。魔物が父さんの喉笛を食い破り、母さんの腸を引きずり出して食べている。街に火の手が上がり、俺だけが生き残った。幼かった俺は魔物に抵抗する事もできず、只々戸棚の中で震えるだけだった。でも、今は違う。魔物を倒す為、もう二度とあの悲劇を起こさない為、世界で一番優秀な魔物ハンターに弟子入りして修行の結果大きな力を得たから…。


 だからと言ってお前のしようとしている事は許されることではない!


 眼の前に転がるデーモンの生首を脳漿が散乱する程、何回も何回も切り付ける。木陰から俺を見るシスターのティーナ。俺のパートナーだ。ティーナは俺の方によってくる。

『アラン。もうそのくらいにして。日が暮れちゃうから』

 夕焼けが俺達を照らす。

『ああ。そうだね』

 デーモンの首の無い胴体を蹴る。顔を背けるティーナ。


 彼女は気を病んでしまっているぞ。


 そんな事は無い。彼女と俺は長い付き合いだ。魔物ハンターとして一人前になってからずっとパーティーを組んでいる。彼女は無惨に切り刻まれたデーモンの生首を袋に入れる俺を見て悲しそうな顔をする。


 なぜ、彼女を悲しませるようなことをするんだ?


 何を言っている?彼女は俺の事を理解してくれている。魔物に故郷を滅ぼされた事も。魔物を憎んでいる事も。だから協力してくれるんだ。俺達はデーモンの首の入った袋を持ち、その場から去る。



 アラエボの街。俺達にデーモン討伐を依頼した街だ。煉瓦造りのギルド支部へ行き、受付係にデーモンの生首を渡す。袋からデーモンの無惨な生首を取り出す受付係。ティーナは口で手を覆い、俯く。受付係は暫くデーモンの生首を見つめる。

『なあ、アランさんよ』

 ため息をつき、デーモンの生首を袋に入れる受付係。俺は受付係を睨む。

『なんだ?』

『…あんたに頼むと。どうこうしてこう死体の損傷が激しいんだい?前のオーガーの時もそうだし、その前も…。魔物と言ってもやりすぎだぞ』

 俺は勢いよく受付の机を叩く。

『何を言っているんだ!俺の故郷は魔物に滅ぼされ、両親は殺された!魔物は悪だ!魔物は滅ぼさなければならないんだ!魔物は殺さなきゃ…ハァ、ハァハァハァ』


 アラン、少し笑っている…。


 笑う?何を馬鹿な両親の復讐、街の人達の仇。そして、もう二度とあんなことが起きないようにするためじゃないか。眉を顰める受付係。

『ああ。あんたが酷い目にあった事も知ってるし、凄腕の魔物ハンターって事も

 分ってるさ』

 受付係は金の入った袋を机に置く。

『今回の報酬だ。持ってきな』

 俺は金を受け取り、ギルド支部から出ていく。ティーナは受付係に頭を下げて俺の後について来る。



 アラエボの街の貸し家。俺達がこの街に来て使っているアジト。多少古いが機能的には申し分ない。

『アラン。料理を作るから先にお風呂に入ってて。今日はとても疲れたでしょ』

 にこにこと笑い俺を見るティーナ。とても可愛らしい。毎日彼女は手料理を作ってくれる。

『あ、うん。』

 俺にはもったいないくらいの本当にいい子だ。

『ありがとうな』

 ティーナは俺の顔を見つめる。

『あ…。う、うん』

 少しティーナの頬がほてっているように感じた。脱衣所で服を脱ぎ、風呂に入ってあの魔物の血を洗い流す。汚らわしい汚物の血。一刻も早く根絶やしにしなければ。手でお湯をすくい、自分の顔をじっと見つめる。風呂から出ると食卓にはティーナの手料理が銀の皿の上に置かれ、並んでいる。今日も魚料理だ。

『ごめん。アランはお肉が好きだったよね』

 俺は首を横に振る。

『そんなことないよ。ティーナの料理はどれもおいしいから』

『ほんと?ありがとう』

 にっこりと笑うティーナ。こんな子とずっとパーティーを組めて俺は幸せ者だ。


 食事を終え、ティーナは銀の皿を洗う。

『…ね、アラン。話があるんだけどさ』

『なに?』

『あ、あのね。私達、その…えっと。一緒に暮らして長いよね。だから、その…け、結婚しない?』

 俺はティーナの背を見つめる。


 彼女の提案を受けたらどうだ。もう長いし、ずっと一緒に暮らしてるんだろ。


 何を言う。正直、今の事はとても嬉しい、でも俺には魔物を倒す使命、天に与えられた天命が与えられている。それを果たすまでは。

『ティーナ。ありがとう。でも、まだだ。この世から全ての魔物を駆逐しないと』

 ティーナの銀の皿を洗う手が止まる。

『そうしたら結婚しよう』

『…そう』

 銀の皿を再び洗い始めるティーナ。


 翌日、俺達がギルド支部に行くと何やら騒がしい。俺は受付へ行く。

『随分と騒がしいようだが』

 腕組みをする受付係。

『街道沿いに凶悪な魔物が出た』

『凶悪な』

 頷く受付係。

『ああ』

『どんな奴だ?』

 受付係は手配書に書かれた大きな鳥の魔物の絵を指さす。

『サンダーバードか?』

『そうだ。旅人や商人、あんたと同じ魔物ハンターが何人もやられている』

 俺は頷く。

『そうか…。引き受けよう』

 俺を見つめる受付係


 雲一つない晴天の中、俺達は街道へ。魔物はここを通る人間を襲っているらしい。暫く街道を進むと突如当たり一面が暗くなる。ティーナが俺の方を向く。

『…変ね。さっきまで晴れていたのに』

 上を見上げると大きな鳥が。サンダーバードだ!奴の眼はティーナを映している!こいつはティーナを狙っている!俺の大切な人を!俺は剣を抜くと、ティーナに体当たりした。

『アラン!』

 サンダーバードはそのかぎ爪で俺を掴み、空へ飛び去って行く。

『アラン!』

 地上で叫び、俺を掴んだサンダーバードを追いかけるティーナ。俺は剣で、サンダーバードの趾を何回も切りつける。

『ギャ────────────!!』

 俺を離すサンダーバードの趾に剣を突き刺して振り子状に体を揺らし、勢いよく弧を描いてジャンプ、サンダーバードの上に飛び乗り、首にまたがる。体を左右に激しく揺らしながら必死に抵抗するサンダーバード。俺は奴のうなじに剣を突き立てる。

『ギャ────────────!!』

 サンダーバードは悲鳴を上げ、真っ逆さまに地上へ落ちていく。勝った!地面に倒れたサンダーバードは必死にもがき、ヨタヨタと前に進んでいく。くっ、往生際の悪い奴だ。俺は奴のうなじに刺した剣を振り上げる。血しぶきが飛び、返り血にそまった俺の眼の前にピヨピヨと鳴くサンダーバードの雛が見える。

『これは…』

 俺はサンダーバードを見た後、その雛を見る。

『駆除しなきゃ!』

 俺は雛の首を切る。

『ピ──────────────!!』

 悲痛な泣き声を上げ、雛の首が飛ぶ。駆けて来るティーナが俺を見つめ、立ち止まって顔を背ける。


 いいのか?魔物とは言え子どもだぞ。


 いい。いいに決まっている。こいつが大きく成れば凶悪な魔物になる。仕方がない。仕方が…。俺の眼は転がるサンダーバードの雛の生首をを映す。


 やめろ!それをしてしまえばアラン…。お前は…。


 口角が上がっているのが分かる。剣を振り上げ、サンダーバードの雛の生首に何回も何回も打ち下ろす。息を切らしながら…。

『この魔物が!魔物が!』

 俺に背を向けるティーナ。雛の切り付け続けていると暫くしてティーナが俺の傍らに寄ってくる。

『アラン』

 俺はサンダーバードの雛の首の無い死体を踏みつぶす。

『なに?』

『もう終わりにしましょう』

『終わりにって何を?』

『もう魔物ハンターなんか辞めよ』

 俺は転がるサンダーバードと雛の死体を見た後、ティーナの方を向く。

『なんで』

『もうお金も十分あるし、沢山の魔物ハンターがいる。私達は良く働いたわ。だから、後は他の人に任せて私と一緒に暮らそう』

 俺は首を横に振る。

『すまない。俺には』

『そう…。分かった。そうだよね。アランにとっては憎い憎い仇だもんね。ごめんなさい』

 ティーナはサンダーバードとその雛の首を袋に入れ出す。

『あっ…』

 俺はティーナに寄り添い一緒にサンダーバードとその雛の首を袋に入れ、ギルド支部の受付係の所へ行く。

 受付係は袋を少し開け、中身を確認すると金の入った袋を机に放り投げる。

『…報酬だ』

 受付係は呆れた表情をする。ティーナが金の入った袋を取る。

『ティーナ?重いだろ。俺が持つよ』

『え、』

 ティーナは金の入った袋を見る。

『ええ』

 俺はティーナから袋を受け取り、一緒にギルドから出ていく。



 アジトに帰り、風呂へ入る。鳴いていたサンダーバードの雛の顔が頭から離れない。両手でお湯をすくい、じっと見つめる。


 …お前のした事はかつて魔物達がお前にした事とおなじではないか。


 そんな事は無い。俺はあの汚らわしい魔物を殺した。俺達に害をなす奴らの芽を早い内に摘み取ったんだ。だから、俺は…。脱衣所の扉が開き、ティーナが浴室に入ってくる。瞬きしてティーナを見つめる。

『ティーナ…』

 目に映るティーナの裸体。彼女は浴槽に入ってくる。

『アラン』

 彼女は俺の唇に唇をあわせる。途端に今まで殺してきた魔物の顔、無惨に死体を弄んだ奴らの顔がが浮かんでくる。眼の前のティーナを見て、自分のしてきた事がとても恐ろしい事に思えた。それから逃れるように俺は力強くティーナを抱きしめる。

『ティーナ、ティーナ!』

 ティーナの名前を何回も呼びながら彼女の乳房を揉み、彼女の上で激しく腰を動かした。彼女は優しく俺を包み込んでくれる。まるで全ての罪を許してくれるかのように。


 浴室から出る俺達。ティーナは俺の方を向く。

『ごめんね。私…こうでもしないと…私…』

 俺から顔を背けるティーナ。

『そんなことない。俺も…』

『ねえ、アラン』

 ティーナは俺の方を向く。

『…私達、魔物ハンターから引退しない?それで二人で第二の人生を過ごしましょう』

 彼女の後姿を見つめる。


 なあ、アラン。自分に正直になれよ。


 俺は…

 1.まだ、魔物への復讐と魔物を根絶やしにする使命を果たしていない。

 →第二話へ

 2.魔物への復讐と魔物を根絶やしにする使命を手放そう。彼女の方が大切だ

 →第三話へ

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