第2章 ひいらぎの生る頃に

01 / 前川みさきの出会い

 これは、とある出会いの記憶。

 わたし――前川みさきにとって、忘れられない鮮烈な思い出。


 それは五月の大型連休の只中ただなかの事だった。

 わたしは夜の九天市の繁華街を走って、追っ手から逃げていた。


 きっかけは愚かな正義感。街中でじゅつを発動させようとしていた大学生くらいの若者の集団を注意したのだ。


 しょうの許可なく界力術を使用することは、法律で固く禁じられている。

 だけど実際、この法律は厳密に守られている訳ではない。携帯の使用が禁じられている学校の授業中に、友達にアプリでメッセージを送るような感覚と言えば分かりやすいかな。要するに誰にも迷惑を掛けないような小さな界力術なら、いちいち誰にも注意されないという訳だ。


 若者の集団が使おうとした界力術は、そのレベルをギリギリ超えていなかった。

 例え使われていたとしても、誰かが怪我をしたというような大事にはなっていなかったと思う。通行人が少し驚いた程度だろう。きっと彼らからすれば、同級生の女子のスカートを捲るような軽いイタズラ程度のつもりだったんだ。


 だけど、わたしは見逃せなかった。

 だって、それは正しくないから。


 界力術を許可なく発動させる連中も、それを見て見ぬ振りをするわたしも、間違っているから。


 ……いいや、違うな。


 もちろん、間違いを正したいという想いはある。だけど、本音はこうじゃない。

 きっと、確かめたかったんだ。

 自分が正しいってことを、誰かに認めて欲しかったんだ。見失っていた自分の正しさを、再確認したかった。


 大学生くらいの男が使おうとした界力術は、あっさりと無力化できた。自分で言うのはなんだけど、わたしはカイじゅつとしてはそこそこの実力者なのだ。


 だけど、わたしを待っていたのは称賛ではなかった。

 界力術を無力化するためには、わたしも界力術を使う必要があった。そして、男の界力術を無力化したという事は、実際に効果が現われたのはわたしの界力術だけということになる。


 界力術の使用は、法律で禁止されている。

 通行人からは、わたしが若者の集団に界力術を放ったように見えたのだろう。

 突き刺さる冷ややかで、鋭い批難の視線。針のむしろとはまさにこの事だ。居心地の悪さに耐えかねて、その場から急いで逃げ出した。


 だけど、若者の集団は自分達の邪魔をしたわたしをただで帰す訳がなかった。彼らは逃げ出したわたしを追いかけてきた。

 連中は全員が男で、しかも五人ほどの集団。わたしは後先考えずに厄介事に首を突っ込んだ自分の愚かさを呪いながら必死に足を動かした。


 だけど、状況は悪化していった。術者としては優秀なわたしだったけど、残念ながら運動は得意じゃない。というか、絶望的なまでに苦手だった。

 界力術だけを使うルール有りの試合なら勝つ自信はあるけど、路上の喧嘩じゃ一縷いちるの望みすらない。通行人を避けるような方向を選んでいたせいか、どんどん人気の少ない場所へと入り込んでいく。


 繁華街から何本から奥に入り込んだ路地。自動車が通れないような細さで、見るからに妖しい雰囲気のお店ばかりが建ち並んでいる。普段のわたしには縁のない場所だ。街灯もほとんどなくて、猥雑な喧騒も届かない。そんな路地に追い込まれていた。


 濃密な夜の闇がこびりついたここは、まるで監獄のようだ。


 何とか窮地から脱しようと考えるけど、焦燥だけが募っていく。

 気付けば、ぶるぶると体が震えだしていた。


 ……怖い。


 にたにたと毒の滴るような悪意に満ちた笑みが、わたしの周りを取り囲んでいる。その光景が、不意に『あの記憶』を無理やり呼び起こした。


 わたしの人生を一変させたあの事件。

 一生を掛けても償えないような罪を背負ったあの出来事。


 植え付けられたトラウマによって凄まじい勢いで精神が摩耗していった。服が汚れる事すら考える余裕を失って、ぺたんと地面に座り込む。最初の威勢が微塵の感じられなくなったわたしを見た男達は、哄笑を路地に響かせた。


 わたしは諦めて、俯いた。

 だから。


「まだいるんですね、こういう頭の悪い連中って。界力術の気配がしたから来てみれば珍しいものが見られました」


 その声の主が現れたことにすぐには気付けなかった。

 高校生くらいの男の子。周りが薄暗いのと逆光でその姿は深い陰翳に埋もれてよく見えないけど、体格は普通で、声にも張りがなくて頼りない。わたしは男達に腕を取り押さえられた状態で、呆然と顔を上げて見ていた。


 突然現れたか弱そうな少年を見て、鴨がネギを背負ってきてと思ったんだろう。大学生くらいの男の一人が下から見上げるようにして詰め寄っていった。


 だけど、少年は全く気圧されなかった。


「その人から離れろ。理由は説明する必要ないですよね?」


 挑発するような物言いに、大学生くらいの男が逆上した。

 男の体から黄色の界力光が溢れ出す。身体強化マスクル。界術師が己の身体能力を向上させる技術だ。路上の喧嘩で使って良いようなものではない。あの少年が殴り殺される。


 逃げて! とわたしは叫ぼうとした。

 だけど、その必要はなかった。


 だって。

 瞬きをしている間に、男が少年によって地面に倒されたのだから。


「それじゃ、手短に済ませましょうか。誰かに見られても面倒ですし!」


 わたしを取り囲む男達へ向かって、少年が飛びかかる。

 白い輝きが、裏路地に染みついた夜の闇を掻き消すように舞う。


 バタバタと地面に倒されていく男達。たった十数秒の出来事だった。

 苦悶に呻く男達の中心に少年は涼しい顔で立っている。身体強化マスクルを使っていたのか、少年の周りには白い燐光が漂っていた。


 白い、こう……?


 最初、それを見間違いかと思った。

 界力光の色は、青、緑、黄、橙、赤、紫、黒の七色しか確認されていない。白い界力光なんて聞いた事もなかった。


 少年が、尻餅をつくわたしを見下ろした。

 相変わらずの逆光で表情はよく見えない。ただ瞳から漏れ出した蒼い燐光が、じっとわたしを見詰めているような気がした。


「大丈夫、立てる?」


 優しげな声で訊ねながら、少年は手を差し伸べてくれた。

 訳が分からないまま、その手を握る。


「逃げるよ、ここは良くない」


 そう言って少年は――なぎ君は、走り出した。

 連れてこられたのは繁華街の近くにある公園だった。時間が時間なだけにわたしと九凪君だけしかいない。わたしはベンチに座って心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。


「――ええ、ですから……はい、お願いします」


 少し離れた場所で、九凪君は誰かと電話をしていた。はっきりとは聞き取れなかったけど、内容は界力術使用の痕跡の消去? そんな事を頼める相手がいるなんてはっきり言って異常だ。


 わたしと同じく、裏社会で生きる人間。

 恐怖もあったけど、それ以上に親近感が湧いた。


「もう大丈夫。君が界力術の不正使用でどうこう言われる事はなくなった」


 わたしはぎこちなく頭を下げて、まだ荒い呼吸の合間にお礼を言った。


「なにが、あったの?」


 隣に座った九凪君が、心配そうな表情で訊いてきた。


 この人なら、話しても大丈夫かもしれない。

 信頼しても、いいかもしれない。

 普段なら絶対にあり得ない。裏で働くようになってから、わたしは人を信頼するということが如何いかに無益な行為なのかを知ったのだから。


 でも、心が疲弊していたせいか、九凪君から漂う善人オーラに疑うことを忘れてしまっていた。


 わたしは事の顛末を話した。

 始めは他人事を伝えるみたいな滔々とうとうとした口調だったけど、次第に感情を抑えられなくなっていった。気付けば、わたしは初対面の男の子を相手に、我を忘れて怒鳴り散らしていた。


 ――わたしは間違ってない! どうして誰も分かってくれないの!? なんで、わたしが正しくないって言われなくちゃいけないの!!


 これは、今回の一件の事だけを言っているんじゃなかった。

 わたしの人生を滅茶苦茶にした『あの事件』を経て心に蓄積された怨念。まだ消化し切れてなかった想いも込めて、全部を吐き出していた。


 九凪君はわたしの剣幕に驚いていた。言葉を失って両目をぱちくりとしていた。だけど、不意に真剣な顔になって口を開く。


「……君は、ちょっと勘違いをしてるよ」


 ――勘違い?


「誰も君の正しさを理解してくれないって言ったけど、そんなの当たり前だよ。だって、君は自分の正しさをただ押しつけているだけなんだから。他人に分かってもらう為の努力をしてないだろ」


 ――分かってもらう、努力……?


「例えそれがどれだけ正しくても、急に他人から提示されたそれを素直に受け入れられる訳がないよ。だって君が正義を持っているように、他の人も別の正義を持っているんだよ」


 わたしは、言葉を失った。

 盲点だった。

 そんな当たり前の事に思い至らないほど視野が狭くなっていたのだ。


 ――だったら、正しさってなに?


 呆然とした声で、わたしは訊ねた。


 ――全員がそれぞれの正義を持っているって言うなら、正しさってなんなの?


「分からないよ、そんなの」


 九凪君は考える間もなく即答した。


「人は心を直接通わせられないから、絶対的な正しさを決める事なんてできないよ。一人一人が自分の感情を持っているんだから。きっと無数に存在する正しさの妥協点で我慢するしかないんだ。……ま、全部受け売りなんだけどさ」


 わたしは絶望してしまったのを覚えている。

 正しさなんてない。決められない。

 それは、わたしの人生を全否定するのと同じだったから。


「あ、でも」


 深く項垂れたわたしに、九凪君は明るい声で告げた。


「僕は君が正しいと思うよ。何かを守る為に、誰かを笑顔にする為に戦った人が間違っているはずがないから」


 その瞬間、わたしの両目からは葉の先端から落ちる草露そうろのように涙がこぼれた。


 誰かに言って欲しかった言葉。

 あの事件によって憔悴していた心が、欲していた言葉。

 それは、錆びたのこぎりで無理やり引き裂かれたようにズタズタなわたしの心に、真冬に飲むスープのように、暖かく胸の奥までみ渡っていった。


「……え、ちょっと!? ど、どどどどうしたの急に!!」


 突然泣き出したわたしを見て、九凪君はひどく狼狽した。自分が泣かせたと思ったのだろう。必死に色々と話しかけてくれたけど、何を言っていたのかは聞こえてなかった。

 そんな余裕なんてなかった。

 一度決壊した心のダムは、今まで押し込めていた分の反動を含んでいて、もうわたしの意思でどうこうできるものじゃなくなっている。


 その日。

 わたしは初めて、男の子の前で思いっきり泣いた。



       ×   ×   ×



 そんな出会いがあってから、約一ヶ月後。

 季節は梅雨に差し掛かっていた。ジメジメと蒸し暑い日が増え、真夏の透き通るような青空が恋しくなった頃。


 わたしは九凪君の家で、ソファに座ってテレビを見ていた。着ているのはヨレヨレになったジャージ。前までは絶対に人前では着ない部屋着だったのに、こうして九凪君の前では躊躇いなく着られるようになった。この関係に慣れ始めている証拠だった。


 なぎ君は不思議な男の子だ。


 十六歳なのに、マンションの一室で一人暮らしをしている。しかも家賃の高い家族向けファミリータイプの大きな部屋だ。詳しくは聞いてないけど、界術師として裏社会で活動しているみたい。高校……というか、ラクニルにすら通っていない。


 界術師育成専門機関ラクニル


 日本から1700キロ離れた太平洋上の無人島を開発して創設された界術師のための学園。界力術は人を殺せるような非常に危険な力だ。その為、界術師への差別が高まった数十年前に、正しい界力の扱いを学ぶために国と六家界術師連盟の共同で創られた。


 現在の日本では、毎年行われる0歳から十四歳――を扱う素質が目覚める可能性のある年齢――を対象とした界術師適性検査で陽性を示した子どもは、例外なく高等部を卒業するまでラクニルに通う事が義務づけられていた。この法律によって、日本本土には界術師の少年少女が長期休暇期間以外は一人もいないという状況が作り出されている。


 十六歳で界術師の九凪君は、本来ならラクニルに通わなくちゃいけない。その義務をどんな方法で無視したのか想像すらできなかった。


「ねぇ、九凪君」

「……」


 呼びかけてみるけど、返事がない。

 隣を見てみると、ソファに座ったまま瞼を閉じて無垢ま寝顔を浮かべていた。時刻は午後十一時。九凪君にもわたしにも『仕事』がある。そろそろ寝なくちゃ。


「ほらー、九凪君。こんなトコで寝ないで、部屋に行くよー」


 ゆさゆさ。

 肩を揺らしてみるけど、反応はない。疲れてるのかな? わたしは九凪君を起こそうと色々と試みる。


「うーん、困った」


 起きない。

 かと言って、わたしじゃ身体強化マスクルを使っても九凪君を寝室まで運べないし。……身体強化マスクルってどうにも苦手なのよね。運動音痴だから?


 じっと九凪君の寝顔を見詰めてみる。普段は大人びてるように見えるのに、寝顔は意外と幼い。歳もそんなに離れていないし、弟がいたらこんな感じなのかも。


「……、」


 魔が差した、のだろう。

 わたしは人差し指を伸ばして九凪君の頬へと近づける。

 うりうり。


「んー?」

「!?」


 ビクゥ! とわたしは首を縮める。慌てて右手を引っ込めた。

 セーフ、だよね……? 見られてない?

 恐る恐ると言った様子で、わたしはゆっくりと瞼を開く九凪君を見守る。


「……みさき? いま、何時……?」

「十一時だよ」

「……、そっか」


 小さな声で返事をした九凪は、虚ろな目でテレビに視線を送った。

 テレビでは夜のスポーツニュースが放送されていた。内容はプロ界術師によるリーグ戦の特集だ。企業がスポンサーになって界術師のチームがルールに則って戦う競技スポーツであり、プロ野球やサッカーJリーグと同じく絶大な人気を誇っていた。


 画面の中では選手たちが派手な界力術を使って戦っている。九凪君に言わせると、プロ界術師は術の効率や速さではなく、見た目の派手さや威力を重視しているから実戦向きじゃないらしい。


 実働部隊というよりも研究者向きであるわたしには実戦経験があんまりない。だから画面の中で飛び回っている彼らは、流石プロと呼ばれるだけあって技量も実力も高く見えるんだけど、本物の戦士である九凪君はそうじゃないみたい。


「わたしね、子どもの頃はプロ界術師になりたかったんだよ」

「……無理だよ。だって、みさきは運動音痴だし」

「ぐっ……それはそうなんだけど」


 いきなり痛い所を突かれた。


 わたしの運動音痴は筋金入りで、まともに泳げないし走れない。運動をさせたら誰よりも無様な自信がある。大体、なんでみんな何も教えられてないのに飛んだり跳ねたりできるのよ。わたしには理解できないわね。


「だけど、憧れちゃったものは仕方がないじゃない。それに界術師としては優秀だったんだから、チャンスがあるかもって思ったの……諦めちゃったんだけど。他にやらなくちゃいけない事もあったし」

「そんなに、みさきは強かったの?」

「そりゃもう! 実技だけだったら学年で上位だったのよ。実戦になるとちょっと成績が下がっちゃったけど、それでも十分通用したの!」


 ふふん、とわたしは胸を張った。

 だけど九凪君は「えー」と中途半端な返事しかしない。あ、信じてないな。本当だぞと言う代わりに、わたしは肘で九凪君の脇腹の辺りをぐりぐりとした。


「九凪君は、何か夢とかなかったの?」

「……夢?」


 小さな声で言うと、九凪君は目を伏せて語尾を濁した。


「特になかった、かな」

「本当に? 誰かに憧れたとか、こんな職業に就きたいとか、なかったの?」


 九凪君は眠そうな顔のまま首を横に振った。


「それはそれで珍しいかも。子どもの頃とか、色々と眩しく見えたけどなー」

「そうなんだろうね、普通は。でも、僕はさ……」


 九凪君は途中で言葉を止める。そのまま唇を閉じて、続きを口にはしなかった。


 ……何か、言おうとして隠した?


 ちょっと気になったけど、追及して欲しくなさそうな雰囲気を察してわたしは舌の先まで出かかっていた言葉を引っ込めた。


 テレビではすでにプロ界術師の特集は終わり、次の話題に移っている。

 しばし画面を眺めていると、九凪君が大きな欠伸あくびをした。


「……そろそろ寝るね。ここで寝てると、誰かさんにイタズラされちゃうし」

「き、気付いてたの!?」


 ニヤニヤと含みのあるように微笑む九凪君の視線向けられて、わたしは猛烈な恥ずかしさが熱を伴って駆け上がってくるのを感じた。


「起きてたなら言ってよ!」

「いや、後でからかった方が面白そうだなって思って」

「もう、九凪君!!」


 上目遣いで睨み付けるわたしを見てひとしきり笑った後、九凪君は立ち上がって部屋から出て行った。


「……イジワルなんだから、もう」


 憤慨しながら、ぼふんとソファに座ってぎゅっとクッションを抱き締める。

 九凪君、普段は温厚なんだけど偶に黒くなるのよね。


「ほんと、変な人」


 年齢不相応に落ち着いた物腰や、どれだけの鍛錬を積んだのか計り知れない程の界術師としての腕前。だけど、気が抜けちゃうとすぐに幼くて危なっかしい一面を見せてくれる。そんなちぐはぐな感じが、わたしは好きだった。


 ……偶に黒くなるのも、まあ、厭じゃないし。


 でも、一つだけ気がかりなのは、わたしに何か隠し事をしているような気がすること。実際に、わたしは九凪君の『仕事』や『事情』を何も知らない。話したくないのか、話す気がないのか、絶対にこの手の話題を口にしてくれない。わたしの『事情』も訊いてくれなかった。


 あと一歩、わたしに踏み込んでくれない。

 それが少し寂しい。


 心の距離は詰めているのに、最後の最後で分厚い壁があるような感じ。

 ……まあただ、この件に関してはわたしにも非がある。わたしも『仕事』やここにいる『事情』を九凪君には話していない。話す事で嫌われるのが怖いから。わたしの過去を聞けば、九凪君はきっとわたしを軽蔑する。


 もちろん、九凪君なら受け入れてくれるかもしれないという思う事はある。だけど、その確信が持てない。残念ながら、わたしはまだ、無条件で他人を信頼することはできなかった。


 戸締まりをして、リビングの電気を消す。


 出会った日に、無理を言って泊めてもらって以来、わたしは九凪君の家で過ごす時間が増えていた。今では『仕事』で帰れない日以外はここで眠っている。


 わたしは基本的に誰かに深く依存する性格の人間だ。人恋しいから広く浅く付き合うけど、誰かを気に入るとその人にべったりと貼り付いていたいと思ってしまう。これは男女問わずだから、必ずしも恋愛感情がある訳じゃない。


 今は九凪君にべったりだった。


 それに、とある事情でわたしは『仕事』以外の人間関係を全て失っていた。だから気軽に雑談できる知り合いはいないし、同年代の友人などもっといない。

 でもそれは九凪君も同じようだ。そりゃまだ少年なのに裏社会で界術師をやっていれば、同年代の友人などできるはずもないだろう。だから、お互いにとってそれぞれ存在は貴重なのだ。


 ……って勝手に考えてるけど、九凪君の本音は知らない。でも断ったり、厭な顔を見せたりしないし、脈アリなのかな? そう思うことにしよう。


 わたしは九凪君の隣の部屋へと向かう。客間だったこの部屋は、すっかりわたしの寝室と化していた。私物も着実に増えている。


 ベッドに入ったわたしは、大人しく考えるのを止める。


 今はまだ、今の関係を楽しもう。

 もし何か問題が起これば、その時の私がきっと何とかしてくれる。


 そう思って、わたしは瞼を閉じた。

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