くだらない話をしよう

此花朔夜

第1話

「例えば、」

「例えば?」

「例えば、ずっと戦争ばかりしている国があったとして。空爆の音をBGMにしながら、朝も昼も夜も人々が憎みあい、殺しあっている国があったとして、だ。そんな国の中で、絶対に安全なシェルターで暮らしている人間達がいるとする」

「仮定が多いな」

「彼らは生まれた時からシェルターに居て、そこで一生を終える。シェルター内には十分な食料と豊かな水がある。清潔だし、いつも居心地のいい温度に整えられている。正にこの世の楽園みたいな場所だ」

「ふむふむ、それで?」

「彼らはシェルター内で徹底した道徳教育が施される。人々は互いを尊敬し、慈しみ、協力しあって平和に生活するものである、戦争などもっての外だ、という具合にね。彼らは非常に優秀で、皆、その尊い道徳心に従って暮らしている。シェルター内は争いと無縁の環境だ。だが、」

「ほう?」

「何事にもやがて終わりがやってくる。途方もなく続いていた戦争はいつの間にか終焉を迎えて、人々はシェルターの外に出ることになった」

「なかなかの急展開だな」

「さて、彼らはとても優秀だから、外の世界にいる人間達には、道徳心の欠片もない野蛮な奴らがいることについても熟知していた。この世の悪逆全てを学び、それがいかに低俗なものかを知ることで、彼らは自らの徳を更に高めてきたんだ」

「反面教師というヤツだな」

「そんな彼らがシェルターから出たその時、一体、何を思うのだろうか!」

「そんなこと知るか。——まあ、さしずめ、自分達が今まで、いかに幸福だったのかを思い知るのだろうな」


***


「そうそう、色と言えばこんな話がある」

「どんな話だ」

「モノクロの部屋に閉じ込められた可哀想なメアリーの話さ。彼女は生まれてこの方、一度だって本物の色を見たことがないんだ。家の中は家具さえ白黒。テレビの画面だって白黒だ」

「ほう?」

「けれど彼女は博識で、特に視覚の神経生理学に関しては世界一と言っていいほどだった。彼女は光の特性も、眼球の構造も熟知していたし、人間がどういう時に『赤い』だの『青い』だの言うのかさえ知っていた」

「……昔似たような話を聞いたぞ」

「そんなメアリーが、何の因果か因縁か、遂に色のある世界を見る時が来た。さて彼女は一体」

「わかった。もういい。そんな与太話で、お前がおつかいに失敗して絵の具を買い間違えた事実は誤魔化せないぞ」

「与太話とは失敬な。これはれっきとした思考実験で——」

「いいからさっさと買い直してこい。俺が欲しいのは、コーラルレッドじゃなくてクロームレッドだ。メアリーほど色の知識はなくても、文字くらいは読めるだろ、哲学者サマ?」

「うるさい、貧乏画家!」

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くだらない話をしよう 此花朔夜 @MockTurtle_0v0

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