青春部(仮)
長門佑
第1話 雨のち晴
人生の転機というのは突然にやってくるもので、自分で気づかぬうちにそれが訪れているということもある。
さっき転んだのももしかしたら転機なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。朝寝坊したのも転機なのかもしれない。今日雨が降っているのも……これは天気か。いや、もしかしたらこれも転機になるのかもしれない。
ちなみにこういうのを偶然とも言う。
そうやってポジティブに解釈しないと今にも泣きだしそうだった。
制服をずぶ濡れにさせながら歩道を全力疾走している男がいた。
今日に限って寝坊をし、数分前にはマンホールで滑って盛大に転び水溜まりに突っ込んでいたと言う。
まあ、俺の事なのだが……。
幸い昨日の深夜から朝まで降り続いていた大雨は俺が電車に乗っている間には止んでいたのだが、駅から学校までの道にはあちこちに水溜まりができていた。
時刻は午前十一時――大遅刻だった。
遅刻が決まっているのなら走らなくてもいいんじゃないかと一瞬思ったのだが、それよりもこのずぶ濡れの制服を早く乾かしたかったのだ。
濡れて重いわ気持ち悪いわでチンタラ歩いている場合ではなかった。
もう学校というところまで走ってきたところで足を緩めた。息を整えながら角を曲がると前方に俺と同じ制服を着た女子生徒が歩いていた。
俺のほかにも遅刻した人がいることへの安心感が湧いてくるが、他人の事なんぞを気にしている暇など俺にはない。
早足で女子生徒を抜き去り――ったところで体が宙に浮いていた。
気づいた時には俺の体は地面に叩きつけられ、制服は更に汚れるのだった。
……死ぬほど恥ずかしい。
足を引っかけられたわけでもなくただただ転んだ。
これから先これ以上恥ずかしいことなんてないだろう。
「あの……大丈夫ですか?」
恥ずかしくてしばらく転んだままになっていると、見かねたのか手が差し出された。
見るとさっきの女子生徒だった。
さらりと肩に付くくらいまで伸びた亜麻色の髪は申し訳程度に毛先が巻かれているくらいで派手な印象は受けない。
キョトンと不思議そうに俺を見ている目もくりくりとして可愛らしく、何よりも纏っている雰囲気が柔らかだった。
「あ、はい。なんとか」
俺は急いで立ち上がると、空笑いしながら言った。
自分でもこの反応は気持ち悪いと思う。というか誰が見ても全身びしょ濡れの男が突然目の前で転んで、声掛けたら飛び起きて笑い始めるって不気味にもほどがある。
と、自己評価したのだが、目の前の少女は柔らかな笑みを浮かべると、
「それならよかったです」
と言い学校へと歩いて行った。
俺はしばらくの間少女が歩いて行った方向を見てぼうっと立ち尽くしていた。
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