第7話 私の夢

「あっ!」

 葉子が声を上げた。

「見えましたか?」

 時刻は10時55分。予定よりはほんの少しだけ早い。

「何か、一瞬だけ光が横切った!」

 私と鳶雄たちは宇宙とは関係ない雑談をしていたため、流星群の最初を見ていなかった。しかし葉子は偶然にも望遠鏡で見ることができた。

「俺も見ていたいです。姉貴、代わってよ!」

 鳶雄がそう言って歩き出そうとしたが、私は、

「それには及びませんよ。流星群は肉眼で観測できますし、それが流星群を楽しむベストな方法ですから」

 鳶雄は足を引っ込めた。葉子も望遠鏡から離れた。流星群は、ちょうど縁側から見ることの出来る方角だったため、六人で縁側に腰かけて見ることにした。

「ここに来た甲斐がありましたね。東京ではまず、拝むことは叶いません」

 私がスマートフォンのカメラで動画を撮っていると、鳶雄が、

「これだけあるなら願いが叶え放題ですね!」

 と叫んだ。そういえば流れ星が消える前に三回願い事をするとそれが叶うって、どこかで聞いたことがある。私は鳶雄の方を向いて言った。

「鳶雄君は、どんな願いを叶えたいですか?」

「俺は…そうだ! 真庭の家が未来永劫繁栄しますように! だって今、父さんも母さんも幸せ…そう…で…」

 鳶雄の声が急速に勢いを失っていく。私は、構わなくていいから続けるべきと言った。

「いつまでも父さんと母さんの笑顔を見ていたい! です!」

 とても良い願い事だ。私には叶えることができない分、なお輝いている。

 その後、裕唆、茜、秘未心と続いて自分の願いを言った。まさに夢といった感じのもの、漠然と目標としているもの、しっかりと現実に沿っているものと様々だった。

 意外にも葉子の願いは、結婚することとシンプルだった。何でも家が家だから、勝手に婚約とか決められるかもしれない恐怖に怯えているとのこと。つまりは結婚相手を自由に選びたいらしい。

「で、颯武君の夢は?」

「えっ私ですか?」

 葉子が流れで私にふってきた。天体観測を始めた時にまだ決めてないと言ったはずだが、この流れで言えないのは流石の私でも空気が悪くなることは予想できる。

 何か、思いつかないか…。本当に何でもいい。叶えられなくてもいい。絶対に無理でもいい。かなり現実的でもいい。

 だとしたら…。私の頭の中に一つだけ、浮かんだ。

「多くの人に、天文学を知ってもらいたいですね。海よりも広大で奥が深い宇宙、話に尽きることがない星座の神話、実際に見てみることができる星空。これら全て、この星が降る夜空があってこそ、語れるものです」

 今まで夢を描いたことがなかったのにどうして、思いつけたのか。私は疑問だった。でもすぐにわかった。

 それは今までに味わったことがないことを体験しているからだ。本物の星空は見たことがなかったわけではない。私が泊まりで外出したことは本当に数少ないが、いずれも夜になると空を見上げた。

 だが、誰かと一緒に見るのは初めてだ。きっとこれが、今夜までの私の体験と決定的に違うのだ。

 だから夢を描けた。新しい世界に足を踏み込んだから。その先を見てみたいと自分の中で本当に願ったからだ。

「じゃあその時までにあの天文台、リニューアルしないとね」

 葉子が言う。

「もっと新しい展示があるといいと思いますよ。私が何か、アイデアを出しましょうか?」

 かつての自分なら、否定的な意見をぶつけていたと思う。しかし実際に私が放った言葉は、葉子の提案を否定するどころか、むしろ助長しているものだった。

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