ふーあーゆー?

子竜淳一

第1話:大志の後継者

「先生は何で教師を目指そうと思ったの?」

 中学三年生のときの俺、平教也が恩師である先生に語りかけた。

「そうね、しいて言うなら大志、かしらね」

「大志?」

 俺は大志という言葉をあまりしなかった。困惑している俺に気づいた先生は、窓の外でやっている野球部を見ながら語りかけた。

「大志って言うのは夢のようなものなのよ。私が中学生のときに、先生に何でもいいから大志を抱くように言われたわ。私にとっての大志が教師なの」

「ふーん」

 少し俺には難しい話だと思った。中学三年生の夏休みだが、俺には夢がない。つまり先生と違って大志を抱けていないということだ。

「平くんは将来の夢とかないの?」

「んー、特にないかな。今だってとりあえず受験のために先生に英語教えてもらっているだけだし」

「あらあら、じゃあ尊敬している人とかいないかしら? その人を目標にして大志を抱くのもいいと思うわよ」

「尊敬ねー」

 俺の中で尊敬している人といえば一人しかいない。

「よし、決めた! 俺は先生みたいに英語の先生になる!」

「あらあら、うれしいことを言ってくれるじゃない」

 先生は近くに歩み寄ってきて俺の頭をなでる。俺が先生に頭をなでられた回数はこれで何回目なのだろうか。

「だから先生、俺が高校を卒業したらこの学校の先生にしてください」

「……先生はこの学校の校長じゃないのよ?」

 先生はくすくす笑いながら目を細めている。

「でも今は高齢化社会で教師が足りないから、高卒でもきっと教師になれると思うわ」

「そうかな?」

 俺は半信半疑になりながら考える。今の日本では高齢化社会に伴い、国が指定する高校へ入学すると教師に必要な免許、教員免許状を取得することができるのだ。

「ええ、本当よ。今のあなたの学力ならきっと高校に入学して先生になれるわ」

 先生は俺の目を見てやさしく語りかけた。今まで大志がなかった俺だが、なんだか本当に教師になりたいという気持ちがあふれてきた。

「……うん、決めた! 俺、本当に教師を目指すよ」

「ふふ、うれしいわ。そのためにももっと勉強しないとね」

「うん! 俺、数学苦手だから数学も教えてよ」

「先生、数学は昔から赤点の常連だったの……」

「だめじゃん」

 夏休みの教室に、俺たち二人の声が響き渡る。ほかの生徒は夏期講習や部活などに精を出しているところだろう。

「先生も平くんに数学教えるために勉強始めようかしら?」

「ううん、大丈夫。その代わり英語を完璧になるまで教えてね」

「ええ、約束するわ」

 先生は俺の胸の前に小指を突き出した。

「なにこれ?」

「なにって……、指きりよ」

「え、なんの?」

「必ず高校入試に合格するまで一緒に勉強するっていう指きりよ」

「おもしろいね、いいよ」

 俺は先生の小指に自分の小指を絡ませた。先生に触れるのは初めてだったから少し恥ずかしい。

「いい、絶対に約束だからね」

「うん、わかったよ」

 先生の小指が俺の指から離れる。なんだか少し寂しく感じた。

「じゃあまた明日学校に来てね。夏休みだけど夜更かししないできちんと朝起きてね。」

「うん、わかったよ。ばいばい」

 俺は教室のドアを開けて校門まで走った。先生に赤くなった顔を見られたくないからだ。

「また明日から大志のためにがんばらないとな」

 俺はつながれていた小指を見つめながらつぶやいた。しかしそのときの俺は知らなかった。先生と交わした約束、それが実現されないということを……。

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