隠遁神社
きま細胞
壱 雪月花奏
“魂に鬼を住まわせよ
さすれば力を得られん
鬼憑きとなり戦ひ給へ“
黒板に文字を書きながら説明する教師。それを真面目に聞いて勉強する生徒。それとは逆に友人と小声で話したり寝たりと不真面目な生徒も居る。
そんなどこにでもある授業風景は一番後ろの窓際の席からよく見える。
そんな風景をぼーっと見ている俺も真面目だとは言えないだろう。
机の上に教科書とノートが開かれているが授業が開始された時と姿が全く変わっていない。
「ねぇかなで。ちゃんと授業受けなくていいの? 馬鹿になっちゃうよ」
頭に響く幼い無邪気な少年の声。その声は、言葉は確かに俺に向けられたものだ。そもそも俺にしか聞こえない声なのだ。
声の主は詳しくは知らないが鬼という奴だ。正確に言うなら俺に憑いて魂の住んだ鬼。
この鬼には俺の考えていることが筒抜けらしい。逆に俺はこいつの考えていることは全く分からない。だからこいつからはよく嫌がらせを受けることある。
今のような授業中にでも容赦なく話しかけてくるのだ。
授業を真面目に受けているわけでは無いが耳障りでしょうがない。何より対応がめんどくさい。
頼むから静かにしてくれ。
そう願うがいつも意味はない。むしろ逆効果だ。
「なんでさ。おいらはかなでの事を心配して言ってあげてるのに」
そんなもの有難迷惑なだけだ。お前はどうやったら黙るということを覚えてくれるんだ。
外からの声なら耳栓をするなり対処法があるが、こいつにそんなものは無意味だ。
まさに騒音。
あぁ、本当に迷惑なやつだ。
「でもよくこんなことやるよねぇ。なんで?」
それには同意する。なぜこんなものを覚えないといけないんだ。
よく帰ってくる答えは、社会に出るための学力、知識。それがあって社会に貢献できる人間になれるのだ、と。
そんな方程式作ったの誰だよ。
別に全然勉強が出来ないというわけではないが、めんどくさいことに変わりはない。
得意不得意は当然教科によるが……。
「では澄宮君。この人物が何故このような行動を起こしたのでしょうか」
突然名前を呼ばれ指名をもらう。嬉しくない。俺の喉からは周りに聞こえない程度のため息がこぼれた。
今の授業は俺の苦手な国語だ。最初のページから動いていない教科書を見てもその人物の気持ちどころか話の内容すら理解できていない。
そもそもしっかり読んでいたところで答えを出せていたのかも分からないが。
物語の人間の気持ちを理解しろだなんて、その手の問題が一番苦手だ。
そんなもの理解できていたら、世の中はもっと平和だろう。
人との会話が苦手なわけでは無い。まぁ、めんどくさい部分もあるから苦手なところもあるが。
所謂、気遣いが嫌なのだ。気の利いた言葉なんて俺の頭には浮かんでこない。
「わかりません」
俺はお決まりの言葉を口にした。
教師はまたかと困ったような表情をして他の生徒を指名した。頼んだぞ頑張れ犠牲者。
もう今日は当てられる事は無いだろう。
俺はまた鬼の戯言を聞きながら、何を考える事もなくぼーっとした。
放課後。
俺が学校を出るのは早い方だ。
いつも校門を出る頃に昇降口が騒がしくなるくらい。
この時、たまに一人の一年がでかい声で話しかけてくるが今日は回避することができた様だ。
「誰かと一緒に帰らないの?」
知っているだろ。騒がしいのとか苦手なんだよ。めんどくさいし。
「なんでもめんどくさい、めんどくさいって言うのどうなの」
お前もそのめんどくさい相手の一人だよ。
俺が昇降口の門をくぐった頃、予想通り昇降口が一気に騒がしくなる。
あんな所に居る人間はどんな精神の造りをしているんだ。あんな人の密集したところに居たら気分が悪くなるだろ。
俺個人の意見だが。
「かなでぇ。あの中に入ってこれば? 友達作らなきゃ」
嫌に決まってんだろ馬鹿。人混みに酔うわ。
学校を出て五分ほど歩いたぐらいの所で俺は細い道へ足を踏み入れる。
車では入れないような、歩いてしか進めないほどの道。歩き進めるとコンクリートは無くなり、草と土の道へと変わる。
左右に並ぶ木が青葉闇を作り、程よい涼しさを与えてくれる。自然豊かな場所だ。
静かで、人の気配も暑苦しい空気も無い。
その道の先には俺の目的地である喫茶店“幸福の鳩”が現れる。
隠れ喫茶店というやつだ。
静かな空間で、好ましい。のだが……。どういうわけかここの店員は無駄に俺に絡んでくる。俺にとってはどうも苦手な人種だ。悪い人ではない。
「苦手な人のとこに頻繁に行くなんて、かなでも物好きだよねぇ」
あぁ、それについては自分でも思う。しかしここの出す食品はそれほどの価値があるんだ。少なくとも俺にとっては。あの場所に惹かれるものがあるのは確かだ。
それに来るのが癖になってしまっているのだ。
OPENと書かれた札を確認して、扉を開けるとカランカランという音と同時に、エアコンから出された冷たい空気が肌に当たった。
なんかいつもより温度が低い気もするが……。気にすることでもないか。
店内を見回せばどうやら客は俺だけのようだ。
隠れ喫茶店というだけあって、来る人は限られてはおり、多くはない。
しかし不思議とこの店は問題なく経営を続けている。何故こんな所に店を建てたのかという考えも理解できない。
ここにあるおかげで俺も常連になることができたのだが。
人通りの多い場所の喫茶店はうるさくて落ち着くことなんてできやしない。
俺は入ってすぐ左の席に腰掛ける。すると奥の部屋から、待ってましたというようにあの店員が姿を現した。満面の笑みで。不気味だ。
「おっやぁ? 常連さんじゃないですか。またお一人ですか? さて、ご注文はいつもの梅干しでいいですか?」
だれがいつそんなものを頼んだんだよ。
「ホットココアとフレンチトーストで」
「梅干しじゃないんですね。残念です」
残念なのはお前の頭だ。
どうやったらこいつを黙らせることができるのだろうか。
だがここ品、俺の頼んだ物もあの人が作っている。俺もただ静かな空間というだけでは通うようにはならない。
ここの出す品はかなり美味しい。言動は可笑しな奴だが腕は確かなのだ。もし人目の付きやすい場所に建ててあったのなら、間違いなく繁盛し行列でもできていたのでは無いかと思うほどだ。
それ程の評価がここにはある。あくまで俺にとってはだが。
そういえば。あの人以外の店員を見たことがないな。接客も調理も一人でしているのだろうか。だから休みの日がバラバラなのだろうか。
見た目的判断だが、若いのによくこんな事ができるものだな。まだ高校生の俺が言えるようなことでは無いだろうけど、さすがだと思う。
さて、品が来るまでどうしようか。
どうしようといっても、いつもぼーっとしながら、何の感想もなく、外の風景を眺めたり店の中心に堂々と立ち屋根を貫いている木を見上げたり。いや、木を見てでかいなという感想くらいは持つか。
「お待たせしました! フレンチトーストとホットココアです」
「早いですね」
「誉め言葉をありがとうございます」
誉め言葉というか、思ったことを言っただけなんだけどな。
にしても早すぎる。俺がこの時間に来るのを予想でもしてたのか。
俺がフレンチトーストを食おうとフォークを掴んだと同時くらいに椅子を引く音が正面から聞こえた。
「なぜ正面に座るんですか。というかなんで座ってんですか」
「いいじゃないですか、たまには。常連さんにはお話があるんですよ」
今は俺しか居ないが、他の客が来るんじゃないのか。
「何を話すっていうんですか。俺には話すことなんてありませんが」
「不愛想な人ですね。そんな態度だと友達できませんよ?」
確かに俺には友達は居ない。しかし人から言われるとなんだか腹が立つな。それともこの人が言うからだろうか。
「学校はどうですか? 高校二年生とは結構大変な時期でしょう」
そうだな、勉強の難易度が変わってくるし。
大変といえば今のアンタへの対応のなかなかに大変なんだけど。
その意味をこめて店員の方へ目を向ける。
「そんな嫌そうな顔をしないでくださいよー。コミュニケーションでしょう?」
嫌そうというのに気付いているなら絡んでくるなよ。俺にとってはコミュニケーションではなく嫌がらせに感じる。
「にしても、朝はあんな晴れ晴れとしていたのに雲が多くなってきましたね。雨が降りそうです」
「そうですね」
おや、と言って窓に向けていた顔をこちらに向ける。
「やっと返事をくれましたね。無視され続けるのは少しつらいものですから」
そんな風には見えなかったけどな。俺は早く話を終わらせたいから返事をしただけだ。どっち道この人は話し続けるのだろうけど。
「傘は持ってきてるんですか?」
その返答として頷く。一応いつ必要になってもいいように、常時鞄の中には入れている。
店員にとってはそれは意外だと思うことだったようだ。
「めんどくさがりっぽい常連さんは入れていないと思ってましたよー。驚きですね」
めんどくさがりという事は間違ってはいないが、そこまで怠惰な人間ではないぞ。
客に対して結構失礼なやつだな。
何か用があるなら、単刀直入に言って終わらせてほしいんだけど。俺は目で訴える。
「そんな怖い顔なんてしないでくださいよ」
「悪いのはアンタだろ……」
「僕はアンタって名前じゃありませんよ。兎野聖斗です」
客に名乗ったところでなんの意味があるんだ。やっぱりこの人の考えていることは分からない。
「……名前の紹介もしたところですが。もう一つ紹介しましょうか」
意味ありげに兎野さんは笑う。奇妙で、何かを企む裏のありそうな笑みだ。
刹那。空気に変化が訪れた。張詰めた空気というべきだろうか。自分の中で緊張感が走る。
「常連さん。奏くんは鬼というものを知ってますよね」
「は……?」
鬼。知っているもなにも、俺にとっては身近な奴だ。何故この人は鬼を知っているんだ。
それになんで言ったこともない俺の名前を。
「奏くんは今、疑問でいっぱいでしょうね」
兎野さんの長く括られた髪がふわりと浮く。なんとなくわかった。この人も俺と同じ。
——鬼憑きだ。
「物はそこに確かに存在する。よくあるでしょう。そこにあったはずなのに何処かへいってしまった。しかしそれは人の勘違い。元からそこには無かった。これはそんな術ですよ」
何か仕掛けてくるつもりなんだろうかと思った瞬間、突然、机と椅子が消えた。
机に肘をついていたため、前方に倒れそうになるが手のひらで何とか止める。
「さすが奏くんですね」
そう言って片手を前に出して何かを握るような動作をする。
「何がさすがですか。いきなり——っ」
上半身を起こし、立ち上がろうとしたがそれは出来なかった。がくんと力が抜けきってしまったように、力が入らない。
「さあ、奏くん。君の力も見せてくださいよ」
脳が危険信号を出す。ほぼ身を守る本能として、俺は術を、——零風術を使った。
「おや、なんだか温度が極端に低下しましたね。これが……っと」
俺の周りの床は薄く凍結し、ただ一直線、兎野さんに向かっては鋭い氷柱が伸び顔の先で止まっていた。
しかし兎野さんは少し驚きはしたものの、動こうとする素振りは見せなかった。
「大胆な事をしますね。しかしこれは君が生まれ持っているものでしょう。もう一つあると聞きましたが」
聞いた、ということは誰かからの情報か。しかし俺のことを深く知っている奴なんて俺も知らないぞ。
「兎野さんが言っているのは霊喰の事だろ。あれは上手くコントロールできないから。鬼からも使い方間違えれば暴走して自分自身の身体を壊すらしいからな」
逆に兎野さんは何なんだ。さっき俺に何をした。誰から俺の事を聞いたのか。それらをまとめて兎野さんに質問した。
「そうですね。お答えしましょう」
パチン、と兎野さんが指慣らしをすると、消えた机と椅子が現れ、俺の足もいつも通りに戻った。
「僕の持つのは忘無術。さっきも説明した通りです」
忘れる事は無くすと同じ。そんな術だと兎野さんは言う。
「まぁ、使うには対象のものを知る必要がありますけどね。知らなければ忘れるという事もありませんから。……空っぽにする力なんですよ」
話す兎野さんは眉を下げて笑う。さっきまでのふざけた笑い方とは違うものだ。
何か思うことがあったのだろうか。
「実践して見せたので分かりやすかったでしょう? 対象が物の場合と人の場合」
表情は戻る。
実践か。理解する前にかなり驚いたんだけどな。戸惑うしかなかった。
「誰から奏くんの事を聞いたのか、という質問に対しては僕がお答えするよりも本人に会って話した方が良いかと。その方とは後ほど顔合わせをしていただくので」
それは確定してんのか。俺の意見を聞くつもりはなしか。
「では奏くん。連絡先だけ教えていただけますか?」
正直教えたくは無いが、俺の事を兎野さんに教えたやつの事が気になる気持ちの方が強い。
鬼、という事。そして零風の事を知っているのならたぶん普通の奴では無いのだろう。
俺は鞄の中からメモ帳を取り出し一枚千切り、そこに自分の携帯番号を書いた。
それを兎野さんに渡すと確かに受け取りましたと、胸ポケに入れられた。
携帯なんて父さんが死んでから使う機会はほとんど無く、一応持っているだけのものだった。
このような事で使うことになるとはな。
あぁ。バイトが急に入る時ぐらいにはかかってくることはあったな。
「案内する日はここに連絡させていた事はさせていただきますので。無視しないでくださいね」
無視するなと言われてもな。寝てたら無視することになるだろ。
外を見るともう暗くなり始めていた。時間にしては早いなと思ったが、雨が降りそうな天気だという事を思い出す。
そろそろ帰るかと財布を取り出し勘定を済ませようとした。
「あ、今日のお代は結構ですよ。サービスしときます。今日店を開いたのも奏くんにあの事を話すためでしたから」
「……じゃあお言葉に甘えて」
軽く頭を下げ、出入り口に足を向ける。後ろからは兎野さんのお気をつけて、という声が聞こえた。
外はもう雨が降っている。俺は折り畳み傘を広げて肩にかける。
傘の下、静かな空間には雨の当たる音だけが響く。
早く帰らないと猫の飯の時間に間に合わなくなってしまう。そんな事を考えながら、小道を早歩きで進んだ。
雨が本格的に降り出してきた。地面で弾かれた水でズボンの裾はもう水を含んでいる。
早く帰りたい思いでいつも通る公園の前を、いつも通り過ぎようとしていた。が、突然聞こえた絶叫に足を止めた。
止まった場所は丁度公園の入り口前。公園内の様子がよく見える。
そこに居たのは二人だ。腰が抜けて声を荒げる細身の中年男性。もう一人はいかにも怪しく、変なお面を付けた人物。髪もお面から伸びた人工的なものらしく、髪型も分からない。
「あ、あぁ……。やめっやめてくれぇぇっ! どうか、命だけはっ」
中年男性は後ずさり、壁にぶつかる。
逃げ場が無くなった事に絶望らしき顔色な変わり、体を丸くして身を守ろうとしていた。
「見ちゃったかぁ」
こちらに顔を向けられてはいない。だが、問いかける言葉はそこにいる男性に向けたものではなく、俺に言ったものなのだろう。
その声は肉声では無くまるで機械を通してできたモザイク音声のようなものだ。
「まぁいっか。どうせどうもならないんだし」
そう言ってお面男は目の前の人物の顔に触れる。
「いいねぇその表情。そういう表情は何度見ても飽きないや」
その手からは煙のようなガスのようなものが飛び出し、男性を取り囲む。
「ぎゃああああっっ! いたいイタイいタイイタイいたい痛いぃぃぃっ!」
足をバタバタと動かしもがき苦しみ、理性を失ったように声をあげる。
「アッはははっ! そりゃあ痛いだろうねぇ、皮膚から肉! 骨! 順番に腐っていくんだからさぁ!」
ブチッ。グチャ、グチャッ。
ブチブチッ。グシャ。
バキンッ。ブチッ。
「あッは、あははッ⋯⋯腐ったものは潰しやすいなぁ⋯⋯」
水分を含んだものが潰されるような気色の悪い音、何かが折れる音が聞こえる。そして鼻が曲がりそうな程の悪臭。
「あいつやばいよ。逃げようよ」
鬼が逃げることを急かすが、驚愕で足が動かない。もしくは死に対する不安からの恐怖か。
何にしろ、兎野さんな時みたいに術で不能にされたのでは無く、人間の本能でそうなってしまっている。逃げる事ができたらとっくにしてる。
煙の色が薄くなり再び姿を現したそれは見るに堪えない姿だった。
中年男性が背を預けていた遊具の壁とそこの地面には臓器や血がぶちまけられている。白い砕けた破片は骨だったものなのだろう。
肉塊となったそれを見て、胃の中のものが逆流しそうな感覚になり口を押える。当たり前だ。こんなものを目の当たりにしてしまえば吐いてもおかしくはない。
気分が悪い。気持ちが悪い。
しかしそんな俺の気分を他所にお面男は俺にゆっくりと近づいてきた。
そいつから出される禍々しいものが辺りを侵食する。踏んだ地にある植物はその瞬間に枯れ黒く変色する。
俺に近づくに連れてその嫌な空気は強くなり、風ではない何かが俺の持っていた傘を吹き飛ばした。
同時に瞬きをする。そして次に開いた時にはお面男は目前にまで近づいていた。
やばい。死、という直感が俺の脳を刺激する。
「あらら、よく見たらお前は……運がいいなぁ俺は。今、消しとこうか雪女」
——キィン。
耳鳴りがした。思わず頭を押さえる。
「あの人か言う通り、お前は残しとくと面倒だからね」
手が伸びてくる。体は金縛りにあったように全く動かない。
触れるか否かのところで俺はその手を睨みつけた。
「睨み一つでそんなことできるなんて、さすがだね」
俺に触れようとした手は肘辺りまで氷付いていた。
「ふぅん、なるほどね。でも次は……」
「けっ、警察ですかっ? 人殺し……、男の子が襲われてますっ!」
女の人の声にふっと金縛りが解ける。その瞬間に糸が切れたかのように後に倒れ、尻もちをつく。
お面の男は大きなため息をついて俺から一歩引いた。
「あの女……面倒なことを。またいつか会う事になるだろうな。この姿の俺と」
それだけ言ってお面男はその場から逃走した。
汗がどっと流れる。とはいっても傘が飛ばされたせいで服も身体も濡れてどれがどの水分かは分からないが。
「大丈夫? 何もされてない? 警察は呼んだから……」
「はい。ありがとうございます」
親切に俺の方に傘を傾けてくれている。もうびしょ濡れだから意味はないと思うんだが。
女の人が公園が見えないように傘を傾け、極力公園の中を見ないようにしているのが分かる。まぁ、あんなものまともに見れる奴なんてそうそう居ないだろうな。
俺もそうなんだろうけど、女の人の顔は青い。
少し経ってから警察が来て、俺と女の人は事情聴取をされることになった。心理検査も兼ねて。
公園の監視カメラには何も役立つことは映っていなかった。俺が見たものを角度を変えて見ただけのものだ。
「声も分からずか……最近のヤツはよく分からんもんばっかだな。惨すぎる。あらゆる所で殺人があるらしくてな。……っと、こりゃ言っちゃいけねんだったな。お前さんが初めての目撃者だったんだよ」
確かにあの中年男性の悲鳴は普通のものでは無かった。近隣住民にも聞こえないはずは無い。
「死体にも気づかないんですか」
「あー、誰にも言うんじゃねぇぞ。いつもはどっかの葬儀屋にでかい木箱が送られてきてな。そん中に死体が入ってんだ。そんで殺した場所が書いてあんだ。確認のためにいくと犬が反応する。ひでぇ時はバラバラな死体もあったもんだ」
あまりにも酷い事のため公にはできないらしい。報道されることは「殺人犯、未だ逃亡中」程度のことらしく詳しい内容は伏せられているそうだ。だが、ネットなどでは噂程度にはなっているらしい。警察の話によると十中八九は偽の情報らしい。だが、一二はそういう事なのだろう。
「お前さんが見たやつが犯人何だろうけど気味の悪い奴だな。このお面⋯⋯昔のアニメのキャラクターだぞこりゃ。まぁ、なんだ。単独行動は控えるようにしてくれ」
単独集団で変わるようなもんなのか。あれは人外の力だ。しかし、俺や兎野さんのとは似つつも全く違うもの。
殺意、悪。負の感情。鬼憑きというものとは違うものなのだろうか。言葉的には鬼も悪い意味合いを持ってそうだが。
「とりあえず車で家まで送るからここ出た所で待ってろ」
「わかりました」
部屋を出るとさっきの女の人が椅子に座っていた。
「終わったんだね。私も今終わったところだよ」
やっと帰れると女の人は話す。
俺は椅子には座らず、壁にもたれかかった。
「座ればいいのに」
「いえ、大丈夫です」
大して長い時間待たされるわけでもないだろうし。それに初対面の人のすぐ隣に座るのは少し気が引ける。電車などでもわざわざ人の近くに座らない人も居るだろう。それと同じだ。空いていたとしても俺は座らないことの方が多いが。
「白い兄ちゃん。車準備できたから来な」
俺だけなのか? この女の人はまだ何かあんのか。この人もあの公園の前を通っていたわけだし家はあの近場だと思っていたんだけどな。
「ありがとうございました」
礼を言うと突然頬を引っ張られた。間違ったことはしてないと思うがこの人にとって何か気に障る事をしただろうか。
女の人はにっと笑う。
「笑顔」
「は?」
「そんな無愛想な顔してないで。笑顔を大切にね」
「……」
不愛想なのは生まれつきだ。指摘するのはやめてほしい。
案内されて外に出ると一台の車がそこにあった。
その運転席には若い男の人が座っている。俺が出てきたことに気づくと、こっちだよと手を振った。
「こいつぁ喧しい奴だが全部無視してていいからな。七憧、ちゃんと送ってけよ」
「父ちゃんヒッデェ。了解」
この二人は親子なのか。言われてみれば似ているような気もするな。
……親か。
「じゃ、気をつけてなー」
車が動き出し、俺の家に向かう。
時間を見ればもう九時近くだ。
兎野さんの所を出たのが五時くらいだというのに。帰るのがだいぶ遅くなってしまった。
猫が腹を空かせて待っているだろう。
帰ったら飯の準備をしないとな。
また変なことが起きなければいいが⋯⋯。
結論としては俺はその日無事送り届けてもらった。
送ってくれたその人は言われた通り煩い人だった。
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