第3話
彼女はとてつもなく美しい人です。
いや、とてつもないというのが、こういう時に使う形容詞なのかは、いまいちよく解りませんが。
とにかく彼女と初めて会った時は、しばらく息をするのも忘れてしまう程だったのを覚えています。
黄金を糸にしたような髪。
何処までも深い碧(みどり)色の瞳。
極上の絹のごとき真っ白な肌。
それがエルフクルーであるケイトさんです。
おっと、『エルフクルー』について少し説明しないといけませんね。
このファストニア国では、フルダイブゲームであるリアルファンタージェンワールド(RFW)関連に従事している人、それを『クルー』と呼んでいます。
その中でもエルフの恰好をして仕事をしている人を、『エルフクルー』と呼んでいるのです。
他にもドワーフの人は『ドワーフクルー』、獣人さんは『ビーストクルー』なんて呼ばれてます。
変わったものなら、『リザードマンクルー』なんても極少数ですがおられます。
まあこの国のほとんどの人達が何らかのRFW関連に従事していますからね、ある意味『クルー』以外の人達の方が少ないのです。
そんなもんなんで、この国の人達はわざわざ『クルー』なんて付けずに、単に『エルフ』『ドワーフ』と呼ぶ事が多いのですが。
―さて、ここファストニア国は、国家自体がRFWの運営と同義語みたいなものですからね。
ですから国内の多くが、まるでRFWの世界に居るような環境に整備されています。
まあ某ネズミーランドのようなアミューズメントパークを、国家規模でやっている様なものです。
RFWにダイブしていない時も、その世界観を楽しむ事が出来るわけですね。
RFWのダイブ料金以外でも観光客から外貨を搾り取るため、とも言えるかもしれません。
ですから景観も中世風の街並みで、現代的なものはほとんど見られません。
この辺は徹底してますよ。
現代的なものは、全て地下や壁面といった見えない所にあります。
RFWのダイブ施設なんかもそうです。
警察組織だって、みな騎乗で鎧兜の騎士さんの恰好ですからね。
まあその姿に、ライフル銃なんかを装備しているのは違和感ありますが。
そんな景観に華を添えてくれるのがクルーの人達です。
単に中世の街並みだけなら、ファストニア国以外のヨーロッパ諸国でも幾らでもあります。
ですがその街並みにエルフやドワーフ、獣人さん達が普通に闊歩している所は、世界広しといえどもこの国だけでしょう。
そして驚くべきは、そのクルー達のリアリティーです。
コスプレなんてレベルではありませんよ。
彼、彼女達は『RFWの世界からこちらの世界にやって来ている』という設定になっているので、決してやって来た人達に『なかの人』を見せる事はありません。
ええそれはもう徹底していますよ。
かの世界一有名なネズミさんよか徹底しています。
そしてクルー達の姿です。
エルフといえばその美貌とエルフ耳ですよね?
まあ美しさの方は、ファストニアの人達って美形が多いので解る気もしますが、その耳ももの凄くリアルなんですよ。
近くで見ても、どう見ても本物にしか見えません。
しかもピコピコ動きますし!
まあ、エルフは耳を他人に触られるのをとても嫌がる―という『設定』なんでまだ触れた事は無いのですが。
RFWダイブの精神感応技術を応用したらしいのですが、すごすぎです。
これ、獣人さん達なんかもっと凄いです!
どう見ても本物のケモミミ&シッポです。
こっちも他人に触られるのは、家族以外はダメ、他人に触られるのはとても恥ずかしい事という設定なので、モフモフ出来ません。
とても悔しいです。
いつか仲良くなって、モフらせてもらおうと目論んでいます。
「…Mr.サンジョウ?
ちゃんと聞いていますか?」
「は、はははいぃっ!」
…えーと、それでケイトさんは、そのエルフ姿のクルーなんです。
「貴方という人は…。
ちょっと目を離した隙にいつの間にかいなくなってしまうし…。
解っていますか?
貴方はまだ移籍手続きの最中だったんですよ?」
ケイトさん、激おこ状態です。
いやあ、こんな超絶美人さんがお怒りになられると、とおっても迫力がありますね。
冷やかな目で見下ろされてる私は、もうガクブルです。
「いや、ほんっとに申し訳ありませんー!」
え、私ですか?
はい、周囲ののナンダナンダといった人だかりのなかで、土下座せんばかりの絶賛正座中でございます。
「もう!言い訳は手続きが全て終わってから聞きます。
さあ、行きますよ!」
「ははぁー!」
流石のケイトさんも周囲の視線に恥ずかしくなったのか、私は引きずられるように連れて行かれました…。
「‥‥はい、これで全ての書類手続きが終わったわ。
ご苦労様。」
「だああー!つ、疲れました…。
あっ!ケイトさん、これまでも本当にありがとうございました!」
「ふふふ…どういたしまして。
でもこれが私の仕事だもの。当然の事をしただけよ。」
「いや、それでもお礼を言わせて下さい。
だって自分で言うのもナンですが、よく手続きが通ったと思いますよ?
…主に顔のこととか。」
「まあね~、私も最初、出会った時は、『極東の凄腕スナイパーっ?!』って思っちゃったもの。」
「デューク○郷さんかよ!」
「それにうちの公安部が、しつこいくらい日本の領事に貴方の身許確認を求めてたしね~。」
「…え?ちょ、そ、そこまでっ?
それ本当ですか?!冗談ですよねっ?」
「あはは!
まあ終わったことだからいいじゃない。」
「…冗談じゃないんだ…。」
ケイトさん、やっとお怒りを解いて頂きました。
といっても彼女、近寄りがたい美貌をしていますが、本当はとってもフレンドリーでサバサバした性格なんです。
なにせこの国に日本から帰化するのに、まる2年かかりました。
そのほぼ最初から彼女は、移住コーディネーターとして私の帰化手続きをサポートしてくれたのです。
そんなもんなんで、もう彼女との付き合いもかなり長いものとなりました。
…移住手続きが全て終わったことで、晴れて私もファストニア国民となれた訳ですが、これで彼女との縁が切れてしまうのは少々…いえかなり淋しい気がします。
「ま、これからは同じ職場の同僚となるんだし、お互い頑張っていきましょう。」
「………は?」
「え?あら?
まだ人事院のMr.ガストンから連絡来て無い?」
「えーと、はい、なんにも…。」
「あちゃー、ちょっとフライングしちゃったかなー。」
「え?え?」
「だって貴方、ジャパニーズで始めての帰化出来た人間じゃない?」
「ええまあ、そうらしいですね。」
「あと英語にフランス語でしょ、それに中国国に韓国語、あ、当然、日本語も堪能ときている。」
「はあ、まあ、語学って好きなんで。」
「最後にRFW世界の各種言語まで収得してるじゃない!」
「いやー、古エルフ語は難しかったですよ!
なにせネット情報からの勉強でしたから。」
「え、ちょっと待って、古エルフ語まで修得してたのっ?!
…はああもう。
あのね、そんな優秀な人員を人事院が見逃すはずが無いじゃない!」
「ええー。」
「うち(ファストニア)は、外交関係の人員が圧倒的に足りないの。
まあこのあとすぐにでもスカウトが来ると思うわ。
覚悟しておいた方がいいわね。」
「…えっと、それって許否出来るんですかね?」
「あら。
私と一緒の職場は嫌?」
―そう言って可愛く小首を傾げて、少し上目遣いに私を見るケイトさん。
はああん、そんなの許否れないに決まってるじゃないですか。
「ふふ…夢と冒険のファンタジー王国、ファストニアにようこそ。
私たちは貴方を歓迎するわ!
Mr.サンタ・サンジョウ!」
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