16 これがブリーズボード
俺と三人娘は、迎えの馬車に乗って王城へと向かった。
今度は止められることもなく正門を通り過ぎ、停馬場で馬車を降ろされる。
城の入り口で厳重な身体検査をされたあと、うやうやしく案内されたのは……無駄に豪華で広々とした空間。
太陽のようにデカいシャンデリアで、室内は真夏の昼間のように明るい。
床には道路みたいな広さのレッドカーペットがあって、部屋の奥までまっすぐ続いている。
そして部屋の最深部には……装飾で彩られた高台の玉座。
天井まで届きそうな背もたれの椅子には、すでに王、女王、王女が鎮座している。
壁面は、座っている人間も含めた彫刻芸術のようなデザインになっており……王族一家はさながらラスボスのように飾り立てられていた。
そして俺はようやく、ここが何をする場所なのか理解した。
王族が来客と会うための場所……いわゆる謁見場ってヤツか……!
でも、それにしたって……王様たちの所まではやたらと遠いなぁ……もっと近くに玉座を作れよ……これじゃ短距離走ができるぞ……。
俺は豪華さに驚くのもそこそこに、心の中で不満をブツブツとつぶやいていた。
でもぼやいても仕方がないので、早足でずんずんと進んでいく。
背後からはロールプレイングゲームみたいにぞろぞろと、三人娘たちが続く。
玉座の近くまで来たところで、俺は両手を開いて感謝の意を示す。
「フランシャリル、手配してくれてありがとうな! 王様、女王様、忙しいなか集まってくれてありがとう!」
なぜかギョッとなる王様と女王様。
座ったまま腹を抱え、足をバタつかせて笑い出すフランシャリル。
玉座の前に立っていたビリジアンが、鬼のような顔で飛んできた。
「あ……あなたっ! なんて態度なのっ!? しかも、フランシャリル様を呼び捨てになさるなど……ええい、それに頭が高いわっ! それにそれに……!」
女騎士はどこから突っ込んでいいのかわからない様子でまくしたてる。
「おっ、ビリジアンか! 今日はお前との約束を果たしに……おっ、おい!? なんだよ!?」
「いいから膝を折りなさいっ!」
問答無用とばかりに、俺の頭をぐいぐい押してくるビリジアン。
しょうがないので、俺は言われた通りに膝を曲げてかがみこむ。
「まったく、口うるさい委員長みたいなヤツだなぁ……なにが膝を折れだよ……なぁ、お前らもそう思うだろ?」
俺は後ろを向いて、三人娘に同意を求める。
しかし三人とも、キッチリと片膝をついてしゃがみこんでいた。
「れ、レイジさんっ、膝を折るって、そういう意味じゃありません……!」
小声でアタフタと注意してくるコリン。
「お前バカかっ!? ケンカを売りに来たんじゃないんだぞっ!」
なぜか怒っているグラン。
「王族の前でウンコ座りする人、初めて見た……」
軽蔑の眼差しを向けてくるイーナス。
どうやら俺の座り方がマズいらしい。
「まぁまぁ、別にいいじゃねぇか、座り方なんて……」
俺は三人に言ったつもりだったんだが、「よくないわよっ!」とビリジアンに突っ込まれてしまった。
フランシャリルがケラケラ笑いながら止めに入ってくれる。
「あっはっはっはっ! まあいいじゃん! それよりも新しいゲームを持ってきてくれたんでしょ!? 早く見せてよ! お父様なんて、会談をほっぽりだして帰って来てくれたんだから!」
すると、女王様がわざとらしいほど大きな溜息をついた。
「はあっ……ゲームのこととなると、ふたりともイノシシみたいに前が見えなくなるのだから……! まったく……こっちはリハビリ中だったというのに……!」
俺はここぞとばかりに口を挟む。
「聞いてるぜ、女王様よ……! あんまりリハビリが捗ってないんだって? 今日はそんなアンタのために、いいものを持ってきたんだ!」
ムッとした表情で、俺を睨み返してくる女王様。
「そなた、さっきから何なのですか!? 謁見を申し込んでおきながら、その態度は……! それにわらわはゲームはやらぬ! 不愉快です! 今すぐにこの者を……!」
「まぁまぁ女王様、アンタが絶対に喜ぶゲームを持ってきてやったから、処刑するのはその後にしてくれよ。それに、そこにいる女騎士と約束したんだ。アンタが喜ばなかったら、斬首でもなんでも受けるって……だから、ひと目でいいから見てくれないか?」
女王様はさも不快そうにフンッ、と鼻を鳴らしていたが、またフランシャリルが「まぁまぁ」と間に入ってくれた。
「お母様、ひと目見るくらいならいいじゃない。チョッとだけ見て、気に入らなければそのまま投獄しちゃえば……それにこのレイジくんがいるネステルセル家って、この前の品評会で白金褒章を取ったんだよ? きっとまたすごいモノに違いないよ!」
俺は「いいぞ、その調子でもっと言ってくれ……!」と心の中でつぶやきながら、ゴトゴトと運ばれてきた『ブリーズボード』の筐体のそばまで移動する。
筐体は事前に俺が注文していたとおり、赤い布で完全に覆い隠されていた。
しかし女王様はこの期に及んでも、まだ何かガタガタ言っている。
「しかしわらわは、『ゴブリンストーン』に興味はありません。品評会の時のネステルセル家のものも、いったい何がいいのか、さっぱり……!」
俺は遮るように叫びながら、赤い布を引っ張った。
「今回は『ゴブリンストーン』じゃねぇぜっ……! コイツを見なっ!!」
俺の手によって引き寄せられた赤布は、滑るようにして取り払われる。
ついにコリンの、グランの、イーナスの……努力の結晶が、白日の元に晒された。
天井から降り注ぐ光に照らされ、キラキラと輝く筐体。
そのタイトルボードに目を奪われる王族たち。
「「「「ぶっ……ブリーズボードっ!?!?!?」」」」
予想だにしなかった新作ゲームの登場に、王様とフランシャリルは玉座から立ち上がった。
「ゲームというから、『ゴブリンストーン』だと思っていたのに……まさか……そんな……!」
ビリジアンはまるで異星からの物体を前にしたかのように、立ち尽くしている。
そして、女王様はというと……、
「ぶ……ブリーズボードの、ゲーム……!?」
脚を悪くして立ち上がれない分、誰よりも前のめりになっていた。
「そう! 今回ネステルセル家が作ったのは、あの有名スポーツ『ブリーズボード』のゲームだっ……!」
「『ゴブリンストーン』以外のゲームだなんて……初めて見た……! っていうか、想像もしなかった……! ゆ……夢でも見てるみたい……!」
まだ理解が追いついていない様子の、王様とフランシャリル。
「ゲームといえば、『ゴブリンストーン』……? そんなつまらねぇ常識は今すぐ捨てろっ! さぁ、女王様……準備はいいかっ!? アンタがこのゲームを最初にプレイするんだっ!」
「わ……わらわが……?」
まるで百万人のオーディションに選ばれたかのように、女王様は信じられない様子でいた。
ゲームといえば『ゴブリンストーン』……それ一辺倒だった、王族のヤツら。
でものけっからカウンターパンチをくらい、常識をひっくり返されて、完全に浮足立っている。
もはやこっちのペースは揺るぎない……!
だが、驚くのはまだまだ、これからだぜ……!
俺はビシッ! と女王様を指さす。
「そう! アンタだっ! だってこのゲームは、アンタのために作ったんだからなっ! コイツがその証拠の……ひとつめだっ!」
俺のかけ声にあわせて、運び込んでくれたヤツらが筐体の向きを変える。
玉座のほうを向いていた筐体は、とっておきの側面をお披露目する。
「ああああーーーーーーっ!?!? お母様が、お母様がゲームになってるーーーっ!?!?」
絶叫するフランシャリル。隣の王様は言葉にならず、口を鯉みたいにパクパクさせるのみ。
そう、筐体の側面には……今回のターゲットである、センティラス女王のイラストが描いてあるんだ……!
「え………えええええっ!? わ、わらわが……わらわがゲームにっ!?」
衝撃の連続に、女王様は正気を失いはじめていた。
まるで夢の世界に迷い込んだかのように、瞳孔が開きっぱなしだ。
王族ともなれば、今までさんざん絵画や音楽、演劇のモチーフになっているはずだ。
だが、ゲームに採用されたのはこれが初めてのようだ……まるで宝くじで一等賞が当たみてぇに驚いてやがる……!
俺はこれ以上ビックリさせると、王族揃ってショック死しちまうんじゃねぇかとちょっと心配になった。
まぁ、そこまでではないにしろ……次の仕掛けを見たら、ションベンくらいはチビっちまうかもしれねぇな……!
俺は筐体のそばにあった、もうひとつの赤い布を掴む。
「そしてこれが、ふたつめ……! これが揺るぎない、女王のためのゲームである……その証拠だぁっ!!」
……しゅるんっ……!!
光沢を放ちながら翻る、シルクの赤布。
ついに明らかになった、新たなるサプライズに、
「えっ……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?」
まるでダムが決壊したような咆哮が、謁見場を大きく揺らし……黄昏に染まる城までもを震わせていた。
異世界ゲームクリエイター 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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