三度目の出会い
息子とキャッチボールがしたい。今時そんな事を言う奴はいるであろうか。まあそんな希望を息子に言ったところで、俺の息子はピアノに夢中で、野球やサッカーに興味がないらしく、基本的にスポーツは嫌いなようだ。
俺も妻もピアノは弾けるが、単に弾けるというだけであって、才能とは無縁である。だから、息子がコンクールで賞を取ったりしているのを見て、不思議でならなかった。本当に俺の息子なのか。まあ俺の息子であろう。母親と違って確かめようがないが。
たまに、世間から壮大な嘘をつかれているような気持ちになる時がある。全てが嘘で、俺は観察されている。そう言えばそんな映画があったな。でも、もし誰かが俺を観察しているならば、嘘のない人生を送らねばならないな、と思うのである。
息子とキャッチボールをする事はないが、釣りには良く一緒に行った。しかし最近は釣りにも行かなくなり、週末はすっかり暇になってしまった。
そんな暇な週末に、久しぶりにツカサから電話があった。ツカサやシンヤとは長い付き合いである。以前に比べれば会う事は減ったが、たまに連絡は取っていた。そして、俺もツカサもいまだにこの大嫌いな故郷に住んでいる。まあ、故郷が嫌いなのは俺だけで、ツカサはそんな事は思っていないだろう。
ツカサの用件はこうだった。二十年ぶりにクラス会を開きたいんだが、みんなの連絡先が分からないから、一緒に幹事をやってくれないか、一人じゃ全員に連絡が取れない、と言うものだった。
俺は一緒に幹事をする事を承諾した。なぜなら、ツカサと違って、俺はSNSでクラスの半分くらいとは繋がっていたからである。ツカサはそういうものには疎い。とても簡単であった。SNSで連絡を取り、直接電話を掛けた者もいた。中には誰も連絡先を知らない者もいたが、九割方連絡がついた。
二十年ぶりにしては上出来である。遠方に住んでいて来られない者、仕事が忙しい者、子供のサッカーの試合があって来られない者などがおり、結局集まったのは十七人である。男が九人、女が八人いた。
この中には彼女も入っていた。ツカサから連絡があった数ヶ月前に、SNSで彼女と繋がっていた。と言っても、単に繋がっただけであり、一度もメッセージのやり取りをした事はなかった。彼女のページには、娘二人と一緒に写っている彼女の写真があった。とても綺麗だった。相変わらずの美人である。俺はその写真を見る事が出来ただけで嬉しかった。
久しぶりという事で、二十年前に比べたら、多少いい店が会場となった。
二十年と言うのはすごいものである。 待ち合わせ場所に現れる顔を見ると、まったく変わってない者もいれば、誰だか分からなくなっている者までいる。十六人が揃い、残すはあと一人となった。
そして最期の一人がやってきた。二十年ぶりに会う彼女は、昔のまま輝いていた。
彼女は集合場所に来るとすぐに俺のところに来て、
「幹事、お疲れ様」と言った。俺は
「いや、大した事ないよ。SNSがあるし。久しぶりだね」と返した。
二十年ぶりの再会で、最初に俺のところに来てくれたのは嬉しかったが、店に着くと幹事の仕事があり、ツカサは盛り上げ役でみんなの中心にいたが、俺は端の方に座った。
ツカサが乾杯の音頭を取って会は始まった。みんな大いに盛り上がった。途中、俺の座る端の席にヒカルとワカコがやってきた。ヒカルが労いの言葉とともにビールを注いでくれた。飲み干すと今度はワカコが注いでくれた。ああ、幹事でよかった。二人に注がれたビールは美味い。
ここにいる全員が高校時代に戻ったようだった。みんな青春を謳歌している顔だ。古い友人というのは有難いものである。しかも久しぶりに会うから、その関係性は若い時のままである。
でも俺には少し気がかりがあった。ヒカルやワカコと話すのは楽しいし、俺はこの二人が好きだ。でも、ずっと心に引っかかるものがある。それは、彼女の存在である。待ち合わせ場所で最初に俺に話しかけてくれたのは本当に嬉しかった。しかしクラス会が始まって以降、彼女は一切俺と話そうという感じがない。さっきのあれは、本当にただ単に労ってくれただけなんだな。そう思った。
とにかく盛り上がって、クラス会は終わった。そして二次会となった。
主婦であるヒカルとワカコ、アキコは帰った。でも彼女はまだいる。しかし、さっきから彼女はずっとシンヤと話しているのである。
まあいいさ、そんな事は分かっていた事だ。俺は二十年振りに会った仲間との再会を楽しめればいいんだ、そんな風に考えながら、それでもやはり彼女の存在を気にしながら飲んでいた。
二次会が始まって1時間くらい経った頃だろうか。俺の隣で飲んでいたヒロシが別の席に移った。五分ほどその席は空いていたのだけども、なんの前触れもなく、彼女がその席、つまり俺の隣に座ったのである。
「やっと話せるね」と彼女が言った。
「俺も話したかった」と俺は言ったものの、何を話したらいいのか分からない。俺は話す言葉を何も用意していないし、普通の人が出来るような世間話も俺には出来ない。
そんな話が出来ない事が格好良く見える高倉健のような雰囲気の男であればいいのであるが、俺は単なるオッさんである。オッさんは努力をしなければならん。そうじゃなきゃ、ただのオッさんである。昔見た映画で、なぜか豚が飛行機を操縦していた。気が利いた言葉も言えないようなオッさんではいけない。豚だって飛行機を操縦するのだ、俺だって会話くらいしてやる。そう意気込んだものの、やはり俺はただのオッさんである事を思い知らされる事になった。会話が続かないのである。
でも幸いにも、彼女の方から積極的に話してきたのである。
「結婚したの?」
「したよ。息子が一人いる。娘は大きくなった?」
「もう大学生だよ。あと高校生の妹がいる。かわいい二人姉妹」
「そっかー。茜の娘なら二人とも可愛いんだろうね」
「そっちこそ、裕一の息子ならカッコイイんでしょ」
俺は少し驚いた。俺の息子だからカッコイイってどういう事だ。俺は自分がカッコイイと思った事など一度もなかった。
「カッコイイ訳ないだろ。俺がカッコイイか?」そう言うとすぐに彼女はこう返してきた。
「カッコイイよ。私はそう思うよ。前からそう思ってた」
カッコイイなんて言われた事のない俺は戸惑った。しかもそれを言っているのが彼女であるという事が余計に俺を驚かせた。前から思っていたってどういう事だよ。彼女のカッコイイは、シンヤだろ。シンヤはいい奴だ。しかも、いい大学を卒業し、今じゃ一流企業の出世コースに乗っている。社会的にも立派な人間である。そんなシンヤに俺が敵うわけがない。ただやはり悪い気はしない。それが嘘だったとしても。
結局彼女と二人では、三分程しか喋れなかった。すぐにテーブルにいる全員での会話に移行した。
二次会が終わり、みんなで帰る事にした。もうこの田舎町に住んでいない者も多く、駅まで送ることになった。駅まで歩く間、彼女はずっとシンヤと話していた。
二十年前に何度も見た光景である。少し気にはなるが、俺たちにはそれぞれ家族がある。もうそんな事は気にするな、と自分に言い聞かせる。
シンヤは都心に近いベッドタウンに住んでいた。結婚後、隣の駅の近くに家を建てたツカサや、会社の近くにマンションを買ったヒロシ、以前はこの田舎町に住んでいたほとんどが電車で帰っていった。気がつくと残ったのは俺と彼女だけである。
少し緊張したが、今度は俺から話し出した。
「今、何処に住んでるの?」
「ここから歩いて十分くらいのところ」
知らなかった。彼女がこんな近くに住んでいたなんて。
「いつ戻ったの?」
「二年前。娘二人との三人暮らし」
「え、三人」
「そうだよ」
彼女は寂しそうな顔をしていた。だからこれ以上聞くのはやめた。
「今度さ、飲みに行こうよ」彼女が言った。無理やり笑顔を作ったように見えた。
「いいよ。飲みに行こう」
夜遅かったので、彼女の家まで送っていった。
帰宅すると、家族はみな寝ていた。俺は眠る気がせず、しかし、かなり飲んでいたので、いつのまにか眠っていた。
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