ライオンの恋

松戸 尚

出会い、そして再会

 自分の事を理解出来る人間などいないであろう。

 長い間、俺はそのように思って生きてきたし、理解されたいなどという期待もしてこなかった。彼女が三度目に俺の前に現れるまでは。






 彼女との最初の出会いは高校での事だった。高校に入学し、俺の席の隣に彼女の席があった。彼女はとても明るく、友達も多い。そして美人であり、男からモテていたし、俺などが相手にされる訳がないと思い、彼女と多くを話す事はなかった。

 そのせいか、当時の彼女との思い出はほとんどなく、ただ隣に席があったという事実しか思い出せない。


 当時、俺はシノブに想いを寄せていた。シノブは活発な女の子で、男からは人気ではあったが、それはモテるというよりは、どちらかといえば男同士というような好かれ方をしていた。俺はそんなシノブが好きだった。俺は女性とうまく接する事が出来ないのだけども、男のように振る舞うシノブとは、他の女の子に比べたら、断然に接しやすかった。そしてたまに見せる女らしさが俺を魅了した。

 しかし、俺は高校生活の3年間で、シノブに告白をした事はない。後から考えたら、一度告白してみるべきだったと後悔した。



 二十四歳になった俺は、広告代理店で働いていた。

 広告代理店と言うと大きな仕事をしているように聞こえるが、俺が働いているのは小さな会社であり、主に電子機器メーカー向けの専門誌に掲載する広告を扱っていた。誰もが目にするような広告ではないし、地味な仕事ではあったが、顧客は有名企業であり、そのような企業と関わっているという事を唯一の社会との接点と感じ、どうにか頑張って生きていた。


 俺はいまだに生まれた街に住んでおり、都心からは三十分ほどとそれなりに近いものの、田舎町である事には違いなく、俺の大嫌いな故郷である。


 小さい会社で働いている事の良さは、気楽であるという事である。それほど忙しくないし、俺の事を気に入ってくれている上司からは、よく飲みに誘われた。

 そんな会社でも年度末だけは忙しくなる。俺が働いている部署、と言っても、上司と部下二人の全部で三人しかいない部署だが、契約のほとんどを四月に更改するのであって、だから三月の忙しさは物凄く、会社に泊まるなんて事は当たり前で、本来泊まるというのは、一晩をそこで過ごし、睡眠をとるという事な訳だが、実際には泊まるという表現は相応しくなく、睡眠などとっている暇などないほど忙しくなるのである。


 忙しい時期が終わり、また気楽な毎日を過ごしている時に、高校時代の悪友であるツカサから電話があった。近々、クラス会を開きたいと言うことで、どうせ暇だろ、来い、と言うのである。

 確かにどうせ暇である。暇だから呼ばれれば行くが、何もそんな言い方はないであろう。だからツカサは悪友なのであり、親友と呼びたくないのである。

 とにかく俺はツカサに誘われて、クラス会に行く事になった。


 クラス会の会場は、駅から十分ほど離れたところにある、如何にもクラス会で好まれそうな、田舎にありがちな、バーの雰囲気を持たせた居酒屋であった。中途半端に薄暗く、ドラマに出てくる店のような雰囲気を演出したかったのであろうが、その努力は実らず、いや、そもそも努力などしていないのかもしれないが、洒落ているとは言い難い、日本を知らない外国人が日本を描いた絵のように、バーを知らないオーナーがバーを作ったみたいな、そんな店である。


 四十人いたクラスではあったが、出席者は二十二人であった。

 みんな仕事を持っており、有名企業で働いている者もいれば、親の後を継いだ者、航空会社で客室乗務員をやっている者もいた。


 大嫌いな故郷ではあるが、懐かしく、楽しく飲んでいた。

 飲み始めて三十分くらいしてからだろうか、彼女が遅れてやって来たのである。

 それは突然の事だった。ハッとした。直視出来なかった。もともと美人ではあったが、こんなにも綺麗な女性がいるのであろうかと、出来るだけ顔に出さないように、心で思った。

 話したい。でも何を話せばいいんだ。高校の頃、隣にいたのにほとんど喋ったことがないじゃないか。今更、何を話せるんだ。


 クラス会が盛り上がってくると、みんな席を移動し、仲の良い仲間の隣に座って馬鹿騒ぎする者もいれば、昔好きだった女性の横に座って、口説いている者もいた。

 俺は久しぶりに会った、幼馴染のヒカルの隣に座っていた。女性と話すのが苦手な俺は、幼馴染が相手でも緊張した。ヒカルは男からも女からも人気があり、ヒカルと話をしようと次々に人がやってきた。それでも俺はヒカルの隣を独占していた。気分がいい。幼馴染の特権だ。


 特権を享受していると、俺の隣、ヒカルが座っているのとは反対側の隣に彼女が座った。俺は緊張した。そして高校の頃と同じように、何を話していいか分からなかった。彼女は、俺の緊張など関係なく、優しい話し方で喋っている。俺は相槌を打つのが精一杯だった。そして、そんな俺に愛想を尽かしたのか、俺を飛び越え、ヒカルと話しだした。俺の目の前で女同士の会話が飛び交う。文字が浮かび上がって、俺の顔の前を通過していく。俺はその文字を最初は目で追って、どうにか会話に入ろうと目論んだが、途中で降参、見るのを止め、黙って飲む事にした。それでも嬉しかった。彼女が隣に座っている。ヒカルもいる。俺はクラスの人気者二人を独占だ。


 そんな俺に腹が立ったのか、ツカサが俺を呼んだ。こっちに来て飲めと言うのである。まったく余計な事を言ってくれるものだ。俺は女同士の会話に挟まれてはいるものの、ベストポジションを独占しているのだぞ。しかしクラスの男どもは、俺の独占が気に入らないらしい。独占禁止法を盾にした公正取引委員会が、俺の独占を罰するかのように、俺は男しか居ないテーブルに呼ばれ、罰を与えられた。ワインのボトルを渡され、一気に飲み干せと言うのだ。ボトルには四分の一ほどの量しかワインは残っておらず、こんなものはどうって事ないとばかりに飲み干し、男だけのテーブルに腰を下ろした。ガッカリはしたが、ここでは黙ってしまう事もなく、喋り続けた。その後は男同士で飲み続け、クラス会は終わった。そして二次会となったが、ヒカルは二次会に来ていたが、彼女の姿はなかった。


 二次会が終わり、男だけの三次会に行くやつもいたが、多くは二次会を最後に帰宅していった。俺は家が近いヒカルを送っていくことにした。

 ヒカルの家までの道中、さっきまでとは違い、静かな夜に二人だけで、静かに話した。クラス会では明るく話していたヒカルだが、夜道がそう言う印象を与えているのか、少し寂しそうな感じがした。何も言わなかったが、きっと彼氏と別れたばかりなのであろう。女性の考える事があまり分からない俺でも、幼馴染の事ならなんとなく分かる。

 ヒカルの家が近づき、寂しそうなヒカルに、今度みんなで何処か行こうか、と誘ってみた。ヒカルが行きたいと言うので、近々電話をすると言って、ヒカルの家の前で別れた。

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