ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕
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一、お嬢様たちと犬(ボク)♡
第一章、プロローグ&本文(丸ごと全部)
僕がその少女と最初に出会ったのは、初めて訪れた御本家の広大なる屋敷で迷い込んだ、古めいてばかでかい蔵の中であった。
「あなたは、だあれ?」
初めは、人形が口をきいたのかと思った。
何せ小さな明かり取り用の小窓しかないその蔵は、三方の壁に設置された
僕は言葉を発することなぞ完全に忘れ果て、その自分と同じ六、七歳ぐらいの少女の姿にただただ見とれ続け、その場を立ち去ることもそれ以上少女に近寄ることもできずにいた。
彼女の天使か妖精かと見まがうほどの
その時の僕はまだ、『
しかし少女のほうはというと、こんな場所にいきなり現れた来訪者がよほど珍しかったのか、床に散らばる人形を押しのけながら迫り来て、格子
「あ、あの……」
横一文字に切りそろえられた髪の毛の下で
僕は文字通り
「そこで、何をしてるの⁉」
突然背後から響き渡る、少女の声。
思わず振り返った僕に、更なる
そう。そこでわずかに
一、お
「……遠い、遠過ぎる」
もう秋も
これじゃ、毎日がハイキングである。
これが『毎日がピクニック』であれば、何となくイギリス映画の田園風景の中で美男美女の
自己紹介がすっかり遅れてしまっているが、別に僕はどこかの『なろう系』の主人公みたいに、突然異世界に転移して慣れないファンタジー世界の中で道に迷ってしまっているわけではない。あくまでも地方都市の一介の高校一年生であり、それにここはれっきとした現代日本国内に実在する某学園の敷地内なのだ。僕はただ所用があって、自分の教室がある校舎から別の校舎へと向かっているだけなのである。
あえて問題点をあげるとすれば、この学園が歴史的に複雑な事情を内包していて、その敷地が異常に広大であるということであった。
最初からできるだけ、
元々ここは、
しかし
けれどこれに猛反対したのが在校生の保護者や卒業生の皆さんで、つまりは長い女子校の歴史のうちに
その結果ほとんど妥協案とも言える解決策として、一応同じ敷地内の山の中に男子用の新校舎を建設はするものの、既存の女子校舎とは物理的にも相当の距離を置き、そのカリキュラムにおいても男子と女子とが同席することは原則的にないように設定され、クラブ等の課外活動においても体育会系等の
特に歴史的にもこの学園では女子のほうが権力が強く、何かにつけて男子を排除しがちで、そうなると男子は男子で一致団結する傾向をみせ、女子エリアと男子エリアがほとんど独立状態となり、生徒の行き来もほとんどない状況とあいなってしまっていた。
とは言うものの、このように何か用事がある者は、遠く離れた校舎間をわざわざ汗だくになりながら、何度も往復しなければならないわけなのだ。
まったく何なんだ、同じ学園内なのにこの『
どうせなら理事会で派閥争いでも起こって、きっぱりと男子校と女子校に別れてしまえばいいのに。たとえば宗教的にもカトリック校と仏教校とで反目し合って、おまけに互いの学園長がいがみ合っているお陰で生徒同士がまったく交流できず、見かねた転入生の元気な女の子が騒ぎを起こして両校の距離が(あくまでも心理的に)ぐっと近づくという、70年代の少女漫画のノリになればいいのではないかと、
ま、別にどうでもいいか。どうせうちの家系は代々『
うざいのは毎回教室を出る
──そう。この物語は二人のお嬢様に身も心も
……自分で言っておいて
とかなんとか、心の中でむしろ
何だか宇宙怪獣を見るような女子の皆様の視線が痛いが、そこは勝手知ったる他人の校舎、あえて平然な顔をして通路を早足で
……いきなり、
入口のすぐ手前で(いつから待ってたんだこの人?)腕を組み
とにかく身に
「何をしていたの! 授業が終わったら
ええと、あなた様のご容姿の紹介の途中だったのですが。
「男子校舎に行かれたことのない生徒会長殿は御存じないでしょうが、これでも六時限目が終わってすぐ「──言い訳をしない!」
しまった、忠実なる臣下失格だ。
この目の前の容姿といい言動といいまさに女王様然とした少女こそ、聖レーン学園高等部二年生にして現生徒会長の園内最高権力者、
この説明にはけして何ら誇張は入っていない。よく小説やマンガの学園物のヒロインが理事長の孫娘だったりするが、名門天堂本家にとってはこの学園の理事長など下っ端のそのまた下っ端の配下にすぎなかったりするのだ。
──天堂家──。数百年の歴史を持つこの地方都市を
予言の力を持つ『
そして天堂家の筆頭分家にして代々直系の女子の
天堂家における本家と分家は絶対的な主従関係にあり、つまり目の前の少女と僕とはいわば『女王様と犬』の関係にあると言っても過言ではないのである。もちろん約束の時間に遅れたりしたり、口答えしたりしようものなら、「どうやら、お仕置きが必要なようね」
ええっ⁉
「何がいいかしら。
「いい加減にしておきなよ日向。ほら、潮君が恐怖で震えているじゃないか」
「いいのよ。守り役の者が天堂本家の人間のために
「……いやしかし、今は明治でも大正でもないんだからさ」
ああ、何と幸運なことでしょう。この資料室におられたのは日向お嬢様だけではなかったのです。
そのお方は窓から
そう。そのベリーショートの茶髪とすらりとした長身からあたかも少年のようにも見えるが、勝ち気な黒目がちの
……しかし、共学なのに女生徒が『王子様』とはこれいかに。いったい男子の立場は?
まさしく彼女こそ天堂日向にとって唯一といっていいほどの大親友であり、本来名家の深窓の令嬢であり人見知りで引っ込み思案であった日向を生徒会長にかつぎ出したのも、誰あろう彼女その人であったのだ。
最初はあくまで美術部の
自身はあくまで副会長として一歩
言うなれば理事長ですらひれ伏す天堂のお姫様に
しかし日向にとっては、そのことが半分はうれしいようで、半分は
「何よ夕樹。人の守り役のことに口を出す
「ふっ。わざわざあんな時代遅れでネット環境も整っていない文化系部室棟なんかに行く必要はないよ。今はパソコンやタブレットが一台でもあれば、油絵でも水彩画でも思うがままに描けるんだからね」
そう言いながら自席である事務用の机につき、目の前のパソコンを起動させる。
「それに私が席を離れている
そして、いきなり
「決定的瞬間ですってえ⁉ あなた私をモデルにして、いったいどんな絵を描く気なのよ! 肖像権の侵害とセクハラは断じて許しませんからね! それに生徒会の仕事はお遊びじゃございませんから、いい加減な気持ちでやられたら困るわよ!」
「はいはい、お姫様の
と、わざとらしく胸に手を当てる王子様。
「もうっ!」
ぷいっと、
今し方夕樹副会長が口にした『サロン』とは、この生徒会資料室のことであるが、単に書類等が山積みになった
もちろん僕が日向お嬢様から毎日のように呼び出しを受けているのは、お茶会なんて優雅なことのためではなく──
「さあ潮、これとこれをコピーしていらっしゃい。この件とその資料については教務主任の
別に生徒会役員でもないのに、こうして日向お嬢様のパシリをするためである。いくら守り役といっても公私混同ではないのか?
「何よ、文句でもあるの? 安心しなさい。遅刻の罰ゲームは
有無を言わさずせき立てるお嬢様。僕は反論をあきらめ、書類の束を抱えてその場を
──そして所用をすべて済まして、ようやく生徒会
「お疲れさーん。日向ならもう帰ったよー」
出迎えてくれたのは、ネットサーフィンをなさっている王子様ただお一人。
もう帰っただと? いったい守り役を何だと思っているんだ。いくらここが天堂家の
「いやいや、潮君は本当によくやってくれているよ」
がっくりとうなだれる僕を
「だけど日向のやつ、いくら本家のお嬢様とは言っても、何で君に対してあんな態度ばかりとるのかねえ。だいたい君たちは
「……昔の話ですよ」
そうそれは、昔々の話。
まだ本家とか分家とか、次期当主とか
僕にとってもそれは、唯一大切に守り通してきた、
そんな僕の、『のすたる
「しかし何だろうね。あの仕事第一の日向が、毎日この時間になると急にすべての作業を打ち切って帰り
「……お嬢様のプライバシーまでは、関知しておりませんので」
意味あり気な笑みでカマをかけてくる副会長を適当にいなし、これ以上ここにいるのも無駄だとばかりに帰り支度を始める。
更なる頭痛の
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
学園のある山のふもとには、小さいながらもそれなりの街が整備されていた。
そう。あくまでも
閑静な住宅街と
お陰で守り役の僕の生活環境もすこぶる快適なものがあてがわれており、だんだんと紅葉めいてきた山を徒歩で
「ただいま~」
返事の有無を気にせずに、いつもの
短い廊下の突き当たりは十二畳もある広々としたリビングで、まだまだ真新しい調度品がシンプルと
この部屋で最も面積を占有してその存在感を誇示している、僕のお気に入りのクリーム色のソファベッドにまずは身を預けようと、ガラス製のテーブルの上に
何だあ、カエルでも紛れ込んでいたのか。
何か柔らかいものを尻にしいた感触に、慌てて立ち上がり振り返った僕の目に飛び込んできたのは、ソファの上に
ほっそりとした
「
とっさのことで我を忘れて慌てて
「
見事なアッパーカットを決めたその少女は、一直線に切りそろえられた前髪の下で
ふむ、たしかに。外見は我が学園の誇る女王様天堂日向生徒会長そのものであるが、今の一撃はただ者じゃなかった。お嬢さん、わしと一緒に『
「それでは我が
いくら犬でも『アパカ』を
「おなか
はあ?
「おなか空いた! おなか空いた! おなか空いた! おなか空いた! いったいいつまで待たせる気か。おぬしはそれでも『
一方的にわめき散らしながら、ソファの上でバタバタと手足を振り上げる『巫女姫様』。ああ、
何なんだ、そのわがままいっぱいのお子さまな
「……昼間はあんなに、女王様然と
「ああっ、また日向と一緒にした! 今度あやつと取り違えおったら、本気で
いや、あんたが言ったらシャレにならんから。
何せ、日本の政治経済を影で数百年も
そう、この目の前の尊大で
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
数百年にわたり、この国を影で支配し続けてきた
女系一族であるゆえに次期当主と
巫女の予言はほぼ完璧に的中し、一族に望むだけの繁栄を与えるのみにとどまらず、この国全体の政治や経済に対する多大なる発言力すらもたらした。
しかし明治維新以降百数十年間にわたり、天堂本家に双子の女児が誕生することはなく、戦争や大災害や経済変動が続いたこの激動の時代に、さしもの天堂家も大きく
そんな
かく言う僕、
そのための資金や人材はほぼ無制限に保証されており、一介の高校生であるはずの僕ではあるが、姉妹の養育のために必要ともなれば、一つの地方都市を買い取ることすら可能であったのだ。
しかし、守り役の実際の仕事ぶりときたら、そんな華やかなものでも楽なものでもなかった。
「ああ、やはり潮の作る御飯は最高じゃ。待った甲斐があるというものだ」
テーブルいっぱいに並べられた料理をすべて
シェフとしては感涙にむせぶところであるが、美麗なご
「ほんにどこぞの料亭やレストランも顔負けじゃろうて。しかも
そりゃあたゆまぬ
「次は湯浴みじゃ。風呂は
「御意」
ユニットバスだがな。
「よし、おぬしも一緒に来い。背中を流せ」
ありがたき幸せ♡「──じゃなくて!」
「姫様、何度も言うようですが、姫様ももう年頃なのです。いつまでも男手にそういうことをさせてはなりません」
本心ですよ、これ。
「今さら何を言っておる。幼少のみぎりは日向も加えて、一緒に裸で水遊びをしていた仲ではないか。それに我は巫女姫、世俗とは離れた存在ぞ。年頃とか男手とか気にする必要なぞないわ」
あんたが気にしなくても、こっちが気にするんだよ。
「そうではなく、大切な
「そんなもの、潮が守ってくれるのじゃろ?」
「それはまあ、それが僕の仕事ですから……」
「それならいいではないか、我とおぬしが一緒に湯浴みをしても♡」
「は、はあ」
あれ、どこかで論理がすり替わってないか?
「では参ろうぞ」
「あ、ちょっとお待ちを。て言うか、脱ぐな。あっさりと
「西欧伝来の下着は嫌いじゃ。何か
何という
「たとえ相手が守り役であろうと、男の目を意識してくださいと言っているのです!」
「手だの目だのうるさいやつじゃのう。初めて我らと
そんな『なつかしきお医者さんごっこの思い出』的なことを語られても。それにこのシーン『♡マーク』使いすぎ。
「とにかく僕は、替えの
「あ、こら。逃げるな、憶病者!」
正直に言うとおしい気もする。もしこれが彼女単独の問題なら構わない。しかしこっちは毎日彼女そっくりの妹さんと、学園という神聖な場で顔を合わせなければならないのだ。その際いろいろと想像して目のやり場に困るではないか。
そしていったいいつまで、こんな馬鹿げた『ガマン大会』を、僕はし続けなくてはならないのだろう。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──やっと今日も、長かった『一日』が終わった。
考えるまでもなく正式に
双子の美少女。しかも真性お嬢様と本物の
こう言うと何とうらやましい状況なんだと思われるかもしれないが、実態は
何で僕は、こんなことをしているのだろう。
──いや違う。
僕には、『守るもの』があるからだ。
それは、愛する者や地位や名誉とか、そんなご大層なものではなくて、もっとささやかでありきたりだけど、とても大切なもので。
そんな自分にとっての『守るもの』があるからこそ、僕は生きていけるのである。
同じ年頃の
だって僕らは出会ってしまったのだから、十年前、あの蔵の中で。
──その刹那。突然聞こえてくる、扉がゆっくりと開いていく音。そして、入り込んでくる夜風。
何かがベッドに
『思い出』が夢の世界からやってきたのであろうか。その時僕の顔をのぞき込んでいたのはあの日と同じ、真一文字に切りそろえられた前髪の下で
「……って、何やっているんですか。こんな夜分に人の部屋で。
「なんだ、起きていたのか。驚かそうと思ったのに」
いえいえ、十分驚きましたよ。というか、目は
「何度言ってもわからないようですね。あれほど人の寝込みを襲ってはいけないと申し上げてきたのに」
何だかこのパターンばっかし。これでいいのか巫女教育。
「違うぞ、これはれっきとした巫女の仕事なのじゃ」
「はあ?」
何が仕事だ。どうせ怖い夢を見ただの、おねしょをしただの、そういったお子さまな理由のくせに。
しかし、その巫女姫はしたり顔で言う。
「おぬし、夕刻帰ってきてからずっと、異様にイライラしっぱなしであろう」
「はあ」
それはすべて、あなた様のお陰です。
「
きっとそれは、長い黒髪に、人形のような顔をしているのでしょう。
「そこでだ。我がその悪い気をすべて吸い取ってやろうかと思って、こうして
「吸い取る?」
「そうじゃ、とっとと脱げ」
「脱ぐ?」
「そうじゃ、悪い気はため込み過ぎると健康に悪いと書物にも書いておったぞ。最低でも一週間に一回は放出せねばならぬそうだ」
あんた、最近どんな本を読んでいるんですか!
「帰れ! そして変な本は読まずにさっさと寝ろ!」
「何じゃと、人がせっかく親切に言っておるのに! おぬしはおとなしく裸になって、我のなすがままに任せればいいのだ!」
おまえはどこぞの
「いい加減にしないと怒るぞ! とっとと出て行け!」
布団から飛び出してくる二つの瞳。なぜかそれは怒りをはらみながらも
「なぜじゃ、なぜ我ではだめなのじゃ! そんなに
何でここで、日向お嬢様の名前が出てくるんだよ?
「知っておるのじゃぞ。おぬしが
な、ちょっと、それって。おいおい、守り役にはプライバシーもないのか。
「日向がなんじゃ。あやつは我らを
そう泣きわめくように叫んだあと、少女は黙り込みうつむいた。
まるで親とはぐれたひな鳥のように。抱え込んだ不安におしつぶされそうになりながら。
そうか、そういうことか。
巫女姫と呼ばれたところで、もう長い
誰でも
忘れていた。巫女姫なんて言っても、本当はただの女の子にすぎないことを。
「もういい、帰る。邪魔したの!」
「──
「僕は何も変わっていないよ、あの時から」
変わってしまったのは、むしろ──
かなり長い時間、でも実際にはほんの数分間。少女は何かを考え続け何かを決断した。
「ありがとう。でも
とぼとぼと部屋を出て行こうとするその後ろ姿に、もう僕にはかける言葉はなかった。
──これ以上の嘘は、大切な思い出さえも、壊してしまいそうだったから。
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