一斉清掃
それに、魔王の辞書には助命なんて単語はありませんよ?
城下街におりたアタシは影の魔物たちと共に、目についた人族を殺して回った。
以前のアタシなら決してしなかった殺戮行為。
生きるために殺すのではなく、殺すために殺した。
体に取り込んだ魔族の集合意識が叫ぶ。
――この地より人族どもを排除しろ‼
街に駐在していた兵士たちを殺すのは本当に容易であった。
家々の壁を縦横無尽に飛びかう影の魔物たちが速すぎて、人族の兵士たちではまともに捉えることができない。
例え運よく一刀を入れることができたとしても、影の魔物の体は泥や粘土のような柔軟さで構成されていて、火油、もしくは魔術のような魔力のこもった攻撃でないとダメージを与えられないようだ。
影の魔物に殺され、次々と屍をさらす人族たち。
勇敢に戦おうとする者。
怯え逃げようとする者。
戦闘員、非戦闘員。
男と女、若者と老人。
悪人、善人の区別なく、容赦なく殺していった。
転がる亡骸を影の中に取り込むたびに、アタシの力がどんどん増していく。
様々な影の異形が際限なく湧きだし、洪水の勢いで城下町をおおっていく。
耳をすます。
すでに人族の気配はない。
街の
騒ぎの中、影さんの誘導で城に逃げ込んだ魔族住民もいたが、幸運なことに死傷者はいないようだ。
こんな状況下でもパニックにならずに耐えた住民の皆さんの協力のおかげである。
彼らを安心させるため芋煮会を開催し、なぜかセットの豚汁でも振る舞いたい。
そんなことを考えていたら外に放っていた影さんが戻ってきた。
この王都から離れた場所に人族の野営地を発見したのだ。
そりゃまあ、そうだね、と思った。
これだけ大規模な城攻めをするなら、補給のために拠点の一つでもつくるよね。
ふうっとため息をつく。
どうやらまだまだ掃除が必要なようだ。
移動すること風の如し。
かっこよく言ったものの馬などはいない。
アタシはどういうわけか、馬や犬や猫など、人間となじみ深い四足動物との相性が非常に悪いのだ。
当然、二足歩行による
影さんの誘導するままに、スカートつまんでエホッエホッと駆け足。
人族の野営地に無事到着。
案内されたそこは闇の森の手前、草木の生えていない平原。
闇の森の獣との遭遇を恐れ、魔の国の住人ならめったに近づかない土地。
意表を突くという意味ではよいけど、野営地を構える場所としては適してないように思えるが……。
様子をうかがう。
無数の大型テントと荷運び用の馬車、その周りを細い丸太を尖らせただけの簡単な柵が点々と囲っている。
敷地はかなり広く、大きな村くらいの規模ではないだろうか。
中にいる兵士は千や二千ではきかないかもしれない。
さて、まずはどこからいこうか。
闇夜を照らす焚火がいくつも見える。
その周りには人が大勢いる……楽しそう、深夜だというのにキャンプファイヤーかな?
何人かが踊る姿にマイムマイムを連想……やめて、アタシの黒歴史。
とりあえず行ってみよう。
近づくと、さっそく第一
「なんだお前は⁉」
武器を構えた兵士に問われる。
その声に気が付いた者たちが、わらわらと集まってくる。
あっというまに兵士たちの取り囲まれる。
「こんばんは、魔族です、深夜突然のご訪問をお許しください」
真夜中、のんきに挨拶をする魔族の女。
訝し気になりながらも嫌な感じの笑い顔を見せる兵士たち。
男の兵士たちがニヤニヤしている。
女の兵士たちも何故かニヤニヤしていた。
中には哀れみの表情でアタシを見る者もいたけど少数である。
「なんだ、俺たちと遊んでくれるってのかい魔族のねーちゃんよ?」
その言葉に笑い声があがった。
暇つぶし相手が来てくれたとでも思ったのか?
「はい、仰るままに」
アタシは要望に応えるべく、声をかけてきた男を殺した。
影の怪物たちを百単位で開放するとあちこちで悲鳴があがる。
影が炎のように荒れ狂う。
近くで武器を振る音と雄たけびが聞こえた。
でもやっぱり直ぐ悲鳴に変わる。
影は紐となり、獣となり、影さんとなり悪魔のように延々と踊り続ける。
野営地を影法師が踊る。
辺り一面に赤い血が霧のように舞う。
その真っ赤な光景は震えるほどに美しく、幻想的で現実味がなかった。
……うん?
聖職者らしき若い女が杖を捨て膝をつき、涙と鼻水を流しながら、アタシに対して何かを必死に訴えている。
命乞いというやつですか?
正直見苦しいです。
それに、魔王の辞書には助命なんて単語はありませんよ?
ふふ、なんてね……。
殺した。
女の後ろに隠れていた非戦闘員らしき数人の子供もろとも殺した。
テントに炎が燃え移り、くすぶる煙と、血の匂いと、肉が焼け焦げる臭いが鼻についた。
城下町の戦いと比べても、片が付くのは驚くほど早かった。
正確な数は把握していないけど、この野営地に人族の兵士は四千はいたと思う。
しかし、数は問題ではない。
なぜなら今のアタシは死体を影に取り込めば取り込むほど、それを糧として魔物を造りだせるから。
敵が多ければ多いほど、アタシの力は増すのだ。
そうこうしているうちに働き者の影さんが、亡骸を全部食べてしまった。
影の獣を斥候代わりで遠方まで行ってもらい、しばらく待ってみたけど、人族らしき反応はなかった。
魔の国の城下街付近までは綺麗に掃除できたと考えていいだろう。
更に街の防衛もかねて影の獣を追加で造り辺りに解き放つ。
その最中にふと思った……彼らは野生化して繁殖したりはしませんよね?
ほぼ不死の化け物。
そんなのがワラワラ徘徊したら魔の国が本当の魔界になるんでは。
造り出した獣の数はすでにもう把握しきれないほどで……どうしよう、今更ながら不安になってきた。
うん、たぶん大丈夫。
現実逃避という名の自己暗示をアタシは試みた。
ええっと、ともかくだ。
アタシは人っ子一人いなくなった野営地の寒々とした風景を視界に収めながら、この戦いに関わった国々の権力者たちが集まる場所へ乗り込むことを決めた。
宣戦布告ではなく、彼らにこれからも魔族への虐殺行為を続けるか否かを尋ねるため。
平和か戦いか……その二択を彼らに選んでもらうつもりだ。
選択を迫ることを傲慢とは思わない。
何故なら、今のアタシには彼らと対抗し戦えるだけの力が有るのだから。
いや、先程の戦いとも言えない一方的な殺戮で、それ以上の力をアタシが持ち得ていると実感した。
行く方法については、人族兵士を生け捕りにして話を聞いていた。
乙女らしく、好き嫌い方式で彼らの指を一本ずつ切り離して質問したので、手に入れた情報に間違いはないはずだ。
あれほどの数の人族兵士が、魔の国に突然現れたカラクリ……それが転移陣。
ここには500単位の人数を運べる転移陣が存在したのだ。
人族がこの危険な場所に野営地を構えた理由である。
恐らくは遥か昔から使われ、戦争が終わるたびに隠蔽されていたものだと思う。
超大型の転移陣のため、魔力を貯めるのにも時間がかかり、二日に一回しか使えないらしい。
しかし、アタシの無駄に余っている魔力を注ぎ込めば使うことは可能だろう……たぶん。
捕虜の情報通り、一番大きなテントの中に転移陣はあった。
すぐさま魔族の集合意識に転移陣の解析を行わせる。
複数意識体による演算。
ジャスト3秒で解析終了をした。
あまりの手際の良さに、上手くいきすぎてるとわずかに不安を感じる。
いけないいけない、ネガティブ思考はいけない。
起動させるため、転移陣に魔力を流そうとしたら辺りがまぶしく光り、大勢の人族兵士が突然現れた。
驚いた。
向こうも地味な魔族女を見て驚いている。
お互いに驚いたまましばらく見つめ合った。
我に返って先に動いたのは、アタシでも人族の兵士たちでもなく、全然驚いてなかった影さんだった。
兵士たちの足元に影で底なし沼を作り、踊り食いにしてしまったよ。
凄いよ影さん。
というか、こちらから飛べるなら、向う側から来ることもあるんだから想像力が足りてなかった。
それに、もっと早く調べていれば、魔力をこめずともそのまま転移できたんじゃないだろうか。
まあ、いい……。
気を取り直して再び魔力を流そうとしたそのとき。
「お、お妃さまぁ~‼」
「ご無事でしたか⁉」
なんと野営地に闇竜の彼女と侍女二人が現れた。
心配になって、アタシの後を追って彼女と一緒に来たらしい。
彼女がいるとはいえ、この人たち結構な無茶をするな。
お互いの無事を抱き合いながらぴょんぴょん飛びはねて喜び、そのついでに今まで起きたことを簡潔に説明した。
二人は魔の城での惨劇に、顔を青ざめさせながらも胸に手をあて死者に対しての黙とうをする。
それから『後のことはお二人に任せましたよ』なんて魔王らしい厳かな感じで丸投げ……いえ、命じてみたら怒られた。
「お妃……いえ、魔王さま‼ とりあえずそこにお座りください‼」
地面を指さされる。
魔王さまなのに正座を強要される。
人間の国に行くなんてとんでもないと更に怒られた。
目の前で腕組みして立つ二人をアタシは見上げる。
「あ、あの……今のアタシって魔王で、この国の最高権力者で、下々の者に確実に命令できる高貴な存在ですよね?」
「魔王さま‼」
「ひぃ⁉」
恐る恐る意見してみたら追加で怒られた。
ねえ
クツクツと誰かに笑われた気がした。
闇竜の彼女に救援の視線を向けたら、なぜか目をそらされる。
君たち、いったい何があったの?
アタシの問いかけから逃げるように彼女は闇の森に帰っていく。
ひぇ、孤立無援だ。
口下手なアタシはそれでも諦めず、身振り手振り腰振り万歳を交えた交渉の末、侍女二人から人族の国へと行く許可を何とか勝ち取った。
その頃には侍女二人以外にも街周辺の生き残りの魔族の方々が、転移陣のあるテント周りに集まってきてアタシたちの醜態を遠巻きに見ていた。
魔王としての威厳が丸つぶれではないかな?
アタシは魔族の皆さんの白けた……いえ、信頼の熱い視線に見送られながら、魔力を充填した転移陣に飛び込んだ。
少女が生まれ変わって魔王になる物語 あじぽんぽん @AZIPONPON
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