第113話 災厄を呼ぶ悪性14
突然、現れたオカルト研究会のOBを名乗る男――東郷とともに丈司はオカルト研究会の部室へと赴いた。
部室に案内して、なにか用意したほうがいいのだろうか――と思っていると、東郷はこちらの考えを見透かしたように「長居するつもりはないから、飲み物なんてわざわざ用意しなくてもいい」と軽い口調で言った。
しばらく無言の時間が続いたのち、丈司は「どのようなご用件ですか?」と質問する。
「随分と丁寧だなきみは。俺が学生のときはそんな口は利けなかったもんだが――」
自嘲するような調子でそんなことを言って、東郷は部室の中を見渡した。その様子は、なにか懐かしいものを見ているように感じられる。
「俺がいた頃とそれほど変わっていないようだ。私が卒業してからまだ三年しか経っていないのだから当然かもしれないが」
三年前――というと、部長が一年生だったころに東郷はここにいたってことか。となると、年齢は二十五、六というところだろうか? ラフな格好をしているので、会社勤めをしているようには見えないが――
「俺のことが気になるかい?」
「そりゃ、そうでしょう。いきなりOBを名乗る人が現れたら」
しかも――このあたりで『なにか』が起こりかけているのだ。そうでなければ、OBが気まぐれにやってきてもなんとも思わなかったに違いない。
この男は――知っているのだろうか?
この街で起こりつつあることを――
それにつかさが関係していることを――
それが起こったらとんでもないことになるということを――
知っているのだろうか?
丈司は東郷に目線を送る。
「安心しろ。俺はきみが知っている以上のことはまだなにも知らない。昨日、連絡が来て、なんだか様子がおかしくなったから急いで東京に来たんでね。できることなら、ここでなにが起こっているのか私に教えてほしい。これでも私は専門家なのでね」
「専門家……」
専門家――というのは怪異の専門家ということだろうか?
いや、このタイミングで現れたのだから間違いないだろう。見た感じ、軽薄そうな男としか思えないけれど。
「ま、俺と面識のないきみが、俺のことを信頼できないのは当然だと思う。俺だってきみと同じ立場で、OBを名乗る何者かが現れたらそうやすやすと信用しないさ。最近、わけのわからんことをする人間は目につくようになったからね」
東郷を警戒する丈司の態度を不快に思っている様子はない。むしろ、感心しているようにも見受けられる。
だが――
信用できそうな振る舞いをしているからといって、信用していいとは限らない。
いや――
騙そうとしている人間ほど、上辺だけはよかったりするのが人間という生き物だ。
それに――
この事態の原因がつかさだと知ったら――
この男はなにをするだろう?
つかさを殺すというかもしれない。
そんなこと――あっていいはずがない。だって彼女自体はなにも悪くないのだ。なにも悪いことはしていないのに――悪い存在にさせられてしまっているのだから。
「ここに来る途中、何人も身体に黒い斑紋が浮かび上がっているのを見かけた。おしゃれで入れている刺青とは思えないが――いまここで起こりつつある『なにか』は――あれが原因かい?」
「…………」
丈司はなにも答えない。
答えることが――できなかった。
「沈黙――か。まあいい。きみの様子を見ていればあれがなにか関係していることくらいはわかるからね。とりあえずもう少し調べてみることにしよう」
東郷は軽い調子なのは変わっていないが、どこか真剣なものが感じられた。この男がどういうつもりなのか、丈司にはいまいちつかめずにいる。
「それにしても――あまり時間はなさそうだ。あの黒い斑紋は感染を広げているようだし――広がった結果、なにが起こるのか不明だが――あまりいいものではないだろう。これ以上、広げたくないところだが――関わるのが少しばかり遅すぎたかもしれない」
東郷が言ったその言葉は――とても不吉に思えた。
気がついたらあの黒い斑紋はこの街に広がっていた。広がるまでに、なんの異常も起こしていない。その音のなさがどこまでも恐ろしいと思える。
「遅すぎたら――どうするんですか?」
丈司は、気がつくとそんな質問をしていた。それを聞いた東郷は、少しばかり思案したのち――
「拡散を止められないのなら、根本を断つしかないないだろう。なにしろこっちは気の知れた後輩が巻き込まれているんだ。それを放置できるほど――俺は大人ではないのでね。それ以外になにか提案があれば遠慮なく言ってくれて構わないぞ」
「…………」
根本を断つ――ここでなにが起こりつつあるのかを知ってしまった丈司にとって、それがなにを意味するかは明白だった。
「それでは俺は失礼するよ。なにかあったらここに連絡してくれ。俺の勘だが――きみはここで起こっている出来事に大きく関係しているように思えるからね」
そんなことを言って、東郷は名刺を差し出してきた。それは――彼の本名と電話番号とメールアドレスだけが書かれた簡素なものだった。
机に置かれた名刺に目を向けたまま硬直している丈司に一度目を向けたのち、東郷は立ち上がって部室を出て行った。明かりのない部室に、丈司は一人だけ取り残される。
どうする――
それは、今日だけで何度行われた自問だろうか? 何回やったのかも覚えていない。
本当に東郷が専門家なら――すぐにこの原因がつかさであると見抜くのではないか? そうだとわかったら、あの男はどうするだろう?
それを考えると――心の底から恐ろしかった。
なにも――本当になにもできないのか?
つかさを殺す以外――彼女を救う方法はなにもないのか?
どうして自分はここまで無力なのだろう? ここまで自分が無力であることが嫌になったのは初めてだ。
つかさの顔が見たい。
まだ一日しか経っていないのに――もう何年も会っていないような気がする。
……会いに行ってみよう。
つかさの顔を見れば――なにかできるかもしれないじゃないか――
丈司は、机に置かれた名刺を放置して部室を飛び出した。
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