第111話 災厄を呼ぶ悪性12
自分は一体どうすればいいのだろう? 喫茶店を出た丈司はあてもなく街をさまよいながらそんなことばかり考えていた。
このままだと、多くの人が無意味に死んでしまう。アメリカで起こった消失事件と同じようなものが起こるのなら――かなり密集している東京で起これば――アメリカでの被害よりもさらにひどいものになるだろう。そうなったら――自分の知り合いが巻き込まれてしまう可能性はかなり高いはずだ。大学の近所に下宿している知り合いは数多くいるのだから。
だけど――
それはつかさを殺す以外に防げないという。
つかさは自分の意思に関係なく、周囲に悪性を感染させる。感染したものも同じように別の誰かを感染させ、最終的に――
人を呪う、地獄を創り出す
なんて話だ。どうして彼女がそんな目に遭わなければいけない。なにか悪いことをしたとでもいうのか? 明るく、楽しそうに生きていただけの彼女に――そんな運命を背負わせるなんて間違っている。彼女の実家の人間はそれをなんとも思わないのか? そこまで――『選別現象』というものに魅せられているのか?
ふざけるな。
なんの権利があってそんなことを。子供に、そんなことをしていい権利などあるはずがない。
黒い感情が丈司の中に混沌と渦巻いていく。
これほどまで誰かのことを憎いと思ったのは初めてだった。
――殺してやりたい。
なんの罪もないつかさにあんなものを背負わせた彼女の実家の人間の――なにもかもが憎い。いまから貯金をはたいて京都まで行って、彼女の実家の人間を一人残らず殺してやろうかと思う。
しかし――
それができたとして、つかさの実家に人間を仮にすべて殺せたとして、彼女は救われるのか?
恐らく――彼女の実家の人間をすべて殺し尽くしたところで、この街で起こりつつある事態は止められない。これは――彼女の実家が制御していないから起こっていることなのだ。
そもそも――藤井の話では、つかさの実家の人間は千年の歴史を持つ魔術師の家系だという。そんな存在を――自分のような無力な学生に殺せることなんてできるだろうか? こんな非道をする連中だ。自分が恨まれ、命を狙われるくらい当たり前に思っているだろう。京都まで行ったところで――結局なにもできないまま終わる可能性が高い。
それに――
つかさが彼女に実家に行ったなんてことを知ったら、なんて思うだろうか? 自分にそんなことをしてほしいなんて、つかさは思っていないだろう。つかさのためといって、彼女が望まぬことをするのはどう考えたって正しくない。そういうのが嫌だから、彼女は実家を離れて、東京に出てきたんじゃじゃいのか?
くそ。
丈司はブロック塀に拳を叩きつけた。
しかし、叩きつけたところで空虚な音と、鈍い痛みは自分の手に返ってくるだけ。なにも起こらない。起こりつつある事態はなにも変わらない。
どうする?
どうすればいいのかまるでわからない。
どういう選択をしても、つかさは救われない。
つかさを殺さなければ悲劇が起こる。自分が原因で多くの無関係の人が死ぬことになったらつかさが悲しむことは間違いない。
だからといって――
顔の知らない誰かのために、大切な人を殺せるほどの強さ――あるいは弱さを丈司は持ち合わせていなかった。
なにか――なにかないのか?
つかさを救うための手段は――
閉塞した行き止まりを破壊する手段は――
なにも――残されていないのか?
本当に?
どちらを選ばせるために藤井がそう言ったとは考えられないのか?
いくら考えても――
つかさに救いある未来を与えられる選択肢は見つからない。
怒りと焦りで頭がどうにかなってしまいそうだ。
怒っても焦っても、なにもできない自分がもどかしい。
なんで、こんなことになった? 自分もつかさも――ただ普通に生きたかっただけなのに――どうして。
選べない選択を選ばざるを得ないとは――なんと苦しいのか。
気がつくと――丈司はつかさの下宿先の前に辿り着いていた。マンションの前で、丈司はどうするべきかをまたしても考える。
つかさはいま、どうしているのだろう?
この街で起こりつつあることについて――自分が原因であることを知っているのか?
そんなの当たり前だ。
知っている。
知っているからこそ――京都から藤井がやってきたんじゃないのか?
つかさが原因となって――起こる事態を見届けるために。
つかさが心配だ。
彼女の顔が見たい。
だけど――
彼女が原因で、ここで起こるかもしれない事態を知ってしまった自分は――いままでと同じ顔ができるだろうか?
できる自信は――なかった。
だって自分は、もう――
そのとき、近くを男子学生のグループが通りかかる。そのグループのうち二人に、あの黒い斑紋が浮かび上がっていた。災厄を呼び込むための――刻印。気がつくとそれはまた増えている。そのうち、彼らもゾンビみたくなって――
背筋がぞっとした。
藤井が言った『選別現象』というものが具体的にどんなものか丈司にはわからない。どれだけの人が不幸になるのかもわからない。わからないけれど、あの日、つかさが見せた反応を思い出せば、それがとんでもないことであるのは簡単に想像できてしまった。
この日ばかり、想像力なんてなければいいと思った日はない。
結局、丈司はつかさのマンションを離れた。
どちらも選ぶことができないまま、無様に敗走したのだ。
無様だと笑えばいい。
愚かだと笑えばいい。
そんなことができるのは、お前らには他人事だからだ。選べない選択を選ばざるを得ない状況になったことがないからだ。勝手にしろ。お前らが笑ったところで――自分がなにかできるようになるわけでもない。事態はただ悪化していくだけだ。
大学のキャンパスは――いままでとはまったく違う異世界に見えた。
変わったのは――自分の認識のほうなのに。
世界が変わってしまったと思えてならない。
夕方のキャンパスは人の数が少なかった。時刻はもう五時。特にイベントもない日にこんな時間まで残っているのは少数だろう。
「宮本」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、丈司は振り向いた。
そこには――京子がいた。彼女はいつも通り鋭い目つきをしていたが――疲れているのか、肩で息をしている。
「……どうした?」
「失踪した部長が見つかった」
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