第81話 宇宙からの襲来13
ヒカリには自分の身体がないという。一体それはどんなものなのだろうか? ふとそれが疑問になった。
自分の身体がないということは――なんといえばいいのだろう――魂……というか意識だけになって浮かんでいるということなのか?
よく、わからない。
わたしは身体を失って生きたことがないのだから当たり前だけど。
意識だけの存在になる――それは一体どんな感覚なのか? 身体を失ったら、間違いなく生きていけなくなるわたしにはまったくわからない。
ヒカリと出会ってから、わたしの身体をわたし以外の誰が動かすというのを経験したけれど――たぶん、それと身体を失うのはまったく違うものなのだろう。
ヒカリに身体の制御を受け渡しているときであっても、わたしには手足の感覚はちゃんと残っているのだから。身体を失って、意識だけの存在になるということは、その感覚すらも消滅するはずだ。
身体がなくなっても――わたしはわたしのままでいられるのだろうか?
恐らく――
――いられないと思う。
現在の人間にとって――いや、地球上に存在するすべての生物にとって身体は絶対的な存在だ。身体が存在しない生物(これを生物と言えるのか不明だが)はいまのところ地球上に現れていない。
そもそも――
わたしたちの意識の基盤は頭蓋の奥にある脳だ。脳のどこに意識があるのかは不明だけど――意識を生み出すのは間違いなく脳である。それすらも失ってもなお、いまのままでいられるほどわたしは強くない。
ヒカリは――どこかに脳だけあって、そこで自由に生きているのだろうか?
それとも――脳をコンピューターに接続して、自由に自分の意識を保存したり、ロードしたりできるのだろうか?
なんか――SF映画みたいだ。
それが――幸せなことなのかはわたしには判断がつかない。
でも――
そうなれば――不老不死の存在になったも同然だ。いまみたいに、病気で苦しんだりすることもなくなる。そういうところを考えれば――幸せと言えるかもしれない。ヒカリだって、自分の身体を失ったことを不便に感じていても、不幸とは思っていないようだし。
不老不死――か
死ななくなるというのは、本当に幸せなのだろうか?
それは、自分がなってみないとわからないことだと思うけど――どれだけ苦しいことや嫌なことがあっても死ねないのは――
少し――
いや、かなりつらいと思う。
これも想像だ。わたしは以前と完全に別物になってしまったとはいえ、身体を失ったわけでも、不老不死になったわけでも、意識をどこかに保存したりロードしたりできるようになったわけではないから、想像以上のことができるはずもない。
わたしは――死ぬよりもつらいものを知っている。
死んだほうが遥かに幸せだったはずの出来事にも遭遇した。
きっと――死にたくても死ねなくなるのは――わたしが遭遇したそれと同じくらいつらいもののはずだ。
でも――それをヒカリに言おうとは思わない。
わたしとヒカリはなにもかも違う。わたしと同じように考え、わたしたちに共感していたのだとしても――根本から違う存在だ。
わたしたちの『常識』がヒカリにとっての幸せであるとは限らない。
多様性というのは――自分と違うものをいかに認めるかってことだから。
だから、わたしは自分の考えを押しつけない――ようにしたいと思っている。
たぶん――
わたしがそう思うのは、わたしがもう普通の人間とは違っているからなのだろう。
ふと気がつくと、わたしは先ほどまでと違った場所にいた。
頭がふらふらする。そういえば――なにをしていたのだっけ? と思ったところで――先ほどまで動く死体を撃退していたことを思い出した。
こんなところで寝ているわけには――と思ったけれど、手足が光の輪で拘束されていてまったく動かせないことに気づき、そこでやっと動く死体に捕らえられたのだと自覚した。
ここはどこだろう? 手足を拘束されたまま首を動かしてここがどこかなのかを確かめる。
とりあえず――病院の外ではない。見覚えのある場所だった。長椅子がたくさん置かれているから――外来を受けつけている病棟のほうだろうか?
『大丈夫か?』
ヒカリの声が頭の中に響いた。その声を聞くと、わたしは少しだけ安心できる。
――なにが起こったの?
策はうまくいったはずだ。うまくいって、動く死体を一体、倒したのは間違いない。
『どうやら、動く死体は全部で四体いたらしい。それも想定していたが――動きが予想以上に早かったみたいだ。今回襲ってきた動く死体を少しばかりみくびっていた。きみをこんな目に遭わせてしまって本当にすまない』
頭の中に響くヒカリの声はいままでで一番申し訳なさそうに聞こえた。
――ううん。あの作戦を言い出したのはわたしだし、謝るのはわたしのほうだよ。
『そもそも、こんなことに巻き込んでしまったのはぼくのほうだ。そのぼくが想定を甘く見過ぎていたのだから、ぼくの手落ちだ』
ヒカリは頑として譲ろうとしなかった。その態度から、本当に申し訳ないと思っているのが強く感じられる。
――じゃ、どっちが悪いとかはまず置いといて、どうやって逃げるかを考えよう。
『そうだね。確かにいまはそっちのほうが重要だ』
ヒカリの言葉を聞いたあと、わたしは芋虫みたいに身体を動かして、まわりの状況を確かめてみる。
そこには――昼間とは打って変わっておどろおどろしい、誰の姿も見られない空間が広がっている。わたしを捕らえたはずの動く死体の姿も見られない。どこにいったのだろうか?
それに――
動く死体を操っていたダークはどこにいるのだろう? 動く死体に――ダークが寄生していたとは思えないけれど。
――誰もいないの?
『ああ。ぼくが目覚めたのはきみより少し前だが、ぼくらを捕まえた動く死体の姿もなかった。当然、ダークが寄生している人物も見ていない』
――いまのうち、逃げられないかな?
『無理だな。ぼくたちにできないとわかっているからこそ、こうして放置しているんだろう。なんの目的があって放置しているのかは不明だが』
どうやら、わたしたちは動く死体に襲われていたとき以上に追い詰められているらしい。
――この手足を拘束してる光、なんとかできない?
『外すくらいはできるが――相手の隙を作らないと危険だ。拘束を解除しようとすると、なにかトラップが動くかもしれない。それで、きみの手足が吹っ飛んだりしたら大変だ』
手足が吹っ飛ぶのは――嫌だ。そうなったら本当に逃げられなくなってしまう。そんなことになるくらいなら――即死してしまったほうがいい。
――いつまでこうしているのかな?
『少なくとも――夜勤が終わる時間には解放されるだろう。ダークとしては、ぼくたちをこのままここに職員が出勤してくる朝まで放置しておく理由がないからね』
――交渉とかできるかな?
『いや、やめたほうがいい。やつらは邪悪だ。交渉をしたところで、ちゃんと守ってくれる保証はない。最終的には――こちらが言ったことを守らないはずだ。だから、交渉して譲歩を引き出すのではなく、なんとか隙を作って、撃退するしかない』
交渉はできない。どうしてそう言うのか理由は不明だけど――ヒカリのその言葉には説得力が感じられた。
そのとき――
廊下のほうから高い足音が聞こえてきた。しばらくするとその姿が見えてきて――
「ずいぶんと無様だな。現地の下等生物に気を遣うなんてお前らしい馬鹿馬鹿しさだ」
ダークに寄生された、医師が姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます