第57話 略奪の悪魔11

 最高の気分だ。

 自らの裡を満たすのは、目論見を見事に成し遂げた達成感と歓喜。俺に満ちていくこの二つ感情はとろけてしまいそうなほど甘く香ばしい。


 嬉しいのは確かである。

 達成したのもまた事実であろう。


 だが――


 上を目指すのであれば、ここで満足してはならない。高みを目指す歩みは満足した時点で止まってしまう。俺が目指すべき到達点は遥か上にある。


 まだ足りない。もっともっと手に入れなければ。俺は――間違いなくさらなる高みを目指せる存在なのだから。


 願いを叶えよ。

 悪魔と呼ばれるに相応しいだけ愚かな人間の願いを叶えよ。


 偽りの仮面を被り、愚か者たちを扇動せよ。

 そして、その対価を得てさらなる高みを目指せ。

 俺はまだ、一つ目を成し遂げただけである。


 次を重ねよ。

 次を重ね続けよ。


 そして――その果てに俺が真に価値のある唯一無二の存在であることをこの世すべての知らしめるのだ。自身に価値があることを証明する――それが俺の存在意義である。


 ここで満足してしまえば、その時点で俺の価値は決まってしまう。価値が決まれば――あとは無様に墜ちていくだけだ。


 あの無価値なものと同じように底の見えぬ奈落へ落ちていく――それは、それだけはこの俺自身が許さない。


 先ほど、学園内で起こっていた騒動のことを思い出した。

 理性の内側に隠された獣性を露にして闘争する娘たち――


 愚かしいことこのうえない。人の歴史は闘争の歴史であると言われてしまうのも頷ける。


 あの娘たちは特別な存在でも、逸脱した存在でもない――どこにでもいる普通の娘たちだ。そんな普通の娘たちですら、その殻にひびを入れてやるだけであそこまで人間の本性を露わにしてくれた。


 きっと――

 人の闘争は――彼女たちのように理性という殻にひびを入れられた者たちによって彩られたものなのだ。


 理性という殻にひびを入れる――それには様々なものがあるのだろう。


 ある時代では宗教であり、別の時代では政治的なイデオロギーであり、時には悪魔などと呼ばれる存在が原因であった時代もあるかもしれない。


 考えれば考えるほど――理性を持ちながら獣のごとき本性を拭い去ることができない愚かしさを実感する。


 しかし――その愚かしさが俺が高みを目指すための糧になるのだ。愚かしいからといって唾棄すべきものではない。


 それは醜いのは事実だ。が――これはこれで味のあるものではなかろうか。間違いなくゲテモノの類ではあるが――ゲテモノだからといって悪いものとは限らない。クセが強ければ、それだけ――惹きつける力がある。


 これで扉は開かれた。

 あとは勝手に、開かれた扉に引き寄せられていくだろう。

 そのとき、この場所で一体なにが起こるのか――それが楽しみだ。


 愚かな人間が織りなす喜劇を――開演から終幕までそのすべてを見届けよう。

 それが――彼女たちからかけがえのないものを奪った俺の使命でもあり、略奪した俺があの娘たちに見せるべき礼儀でもある。


 喜劇の開演だけを考えるのなら――すべての人間から奪う必要はない。理性にひびを入れられた者の数がある程度に達すれば――それに引きずられて、俺にひびを入れられていなかったはずの者たちもそれに呼応して自ら殻を割ってくれるはずだ。


 狂気は狂気を駆り立てる。

 いつかの遠征のように。

 いつかの革命のように。

 いつかの大虐殺のように。


 人の世は閾値を超えた狂気がさらなる狂気を呼び込み続けた結果収拾がつかなくなり、後世まで語り継がれる痛ましい悲劇を何度も繰り返し起こしてきた。


 狂気の感染は――恐らく、この地球に存在するあらゆる伝染病よりもその拡散速度は速い。


 そうでなかったのなら――こんな悲劇を何度も何度も起こしやしないはずだ。

 俺からしてみれば――どこまで学ばない存在なのだろうと思う。


 たった百年足らずなにもかも変えてしまうほどの知性を持ちながら――自身の裡に存在する獣性を律することができず、どうしてここまで愚かしいことを何度も何度も繰り返すのだろうと。


 俺には持ちえなかったかけがえのないもの持っていながら――どうしてそんなことができなかったのかと疑問を抱かざるを得ない。

 その疑問について少しだけ考えて――


 だからこそ――なのか、という結論が出た。


 百年足らずですべてを変える知性と、理性の奥に隠されたとてつもなく大きな獣性と、その獣性を律するにはあまりにも脆弱すぎる理性を持つ人間が――その理性にひびを入れられてしまったとき、一体どのようになってしまうのかを――情報としてではなく、実感したいのかもしれない。


 いや、人の愚かさを揶揄する俺もなかなか傲慢である。


 傲慢だからこそ――理性にひびを入れられた人間がなにをするのかを見たいなんて好奇心を持ったのかもしれない。


 それもまた是である。

 俺はどこまでも傲慢であるがゆえに、上を目指しているのだから。


 そして――今日もまたメッセージが俺のもとに届く。内容はもちろん、願いを叶えてほしいというものだ。これでまた一つ、俺の中に価値のあるものが積み上がり高みに近づき――そして、これから起こるはずの喜劇の行く末を思うと笑いが止まらない。


 俺に望む愚かしくも愛らしい小娘に対して会う日取りと条件を礼儀正しく丁寧に書いてメッセージを送り返した。


 なにもかも無価値なものに満たされた暗黒の世界を泳ぎながら、俺はさらに昂っていく。


 願いがあるのなら、好きなだけ願いといい人間。

 いくらでも、どんなものであっても叶えてやろうではないか。

 その代わり、対価としていただいていくぞ。


 俺は公平なので、対価として望むものはなんだと問われればしっかりと答えてやろう。その一切を包み隠さずに。


 いただくのは貴様らの『自制心』だ。

 貴様らの理性を構成する『自制心』を――願いを叶えた代償としていただこう。


 それを失うとどんなことになるのか俺の知ったことではないが――願いを叶えてもらうのだから、それなりのものを要求して当たり前ではないか。


 貴様らからいただいた『自制心』は――俺が上を目指すために有効的に活用してやるから心配する必要はない。

 貴様らよりも遥かに価値のある俺に貢献できたことを光栄に思うといい――人間よ。


 もしかしたら――奪われた貴様らにも幸せが訪れるかもしれないぞ?

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