コンビ処分場
県立高校北の廃屋跡のゲリラ現場から収集した証拠は埼玉県内の米屋の伝票、町工場の資材の包装紙など中小企業の雑多な廃棄物の混合物だった。一見するとぼろぼろになっていて古い廃棄物のようなのだが書類に書かれた日付は三か月くらい前のものが多く、中には一か月前のものもあった。どの廃棄物も千切れていたが機械で切断したものではなさそうだった。長嶋が証拠の排出元の事業所を特定して電話をかけると共通の業者として収集運搬業者のオブチがすぐに浮かび上がった。都の環境事務所に問い合わせてみると、オブチは収集運搬の専業者で狭い積替保管場を持っていることがわかった。捨てられたゴミの荷姿と証拠の日付からヤードに積み上げた産廃を建設重機で踏み潰してから流出させた疑いが濃くなった。
オブチに電話を入れて状況を説明すると神田工場長が飛んできた。小柄で几帳面そうな男だった。産廃の現場の叩き上げにしては礼儀正しい小柄な男で、愛想笑いの背後にどこかあきらめたような影が見えた。
「さっぱりわからないんです。当社はすべて許可業者としか取引しておりませんので」開口一番神田は神妙な顔で言った。言葉遣いからも営業マン風の人懐っこい印象を受けた。
「わからないといっても確認した証拠すべてがオブチに委託されたものだよ」長嶋の口調は相変わらずだが、それでもいくらか丁寧に聞こえた。
「当社が受注した産廃には間違いないと思います。お客様に対する当社の責任においても不法投棄現場の地主様のご迷惑を考えても撤去させてほしいと思います」
「撤去すればいいというものじゃないよ。オブチは収集運搬業だけなんだからどこかに運搬しているんだろう。そこから流出した可能性もあるんじゃないか」
「とにかくまず撤去させていただいてはだめでしょうか」神田は他の業者に累が及ぶのを避けたがっているようだった。
「運搬先を教えてもらわないと調査が終わらないよ」
「それでしたらうちはエコユニバーサルさんと特約しておりまして全部そこに運んでいるんです」神田は渋々取引先の社名を明かした。
「どこの業者ですか」
「同じ府忠にヤードがございます。でもあのできれば今度の件はエコさんには内密に願えませんか」
「どうして秘密にしたいんですか」
「うちはほかに持っていく先がないんです。ここに受け入れを断られるとうちは潰れてしまいます。そのかわり撤去は完璧にやりますから」
「ちょっと待ってください」長嶋は席を離れ伊刈に対応を相談することにした。「班長どうしますか。オブチがすぐに撤去したいって言ってるんすか撤去してしまえば証拠がなくなって調査は打ち切りになります」
「それを狙ってるわけかな」
「ええたぶん」
伊刈が品定めするように自分を見たのに気付き神田はぺこりと頭を下げた。「わかった僕が話を聞く」
「お願いします」長嶋は伊刈を伴って面接テーブルに戻った。
「神田さん、うちの事務所が収集した証拠はオブチが集めたものに間違いないんですね」伊刈は神田に正対してしっかりと目を見据えた。神田も目を逸らさなかった。慇懃な態度の裏でなかなか根性もあるなと伊刈は思った。
「お取引先のものばかりですからそうではないかと思いました」
「それなら不法投棄現場に流出した理由がわからないってことはないんじゃないですか」
「ええまあ」
「エコユニバーサルにしか出していないんなら、そこから流出した可能性もあるんじゃないんですか」
「それはありえませんので」
「どうしてですか。ほかに出してるところはないんですよね」
「はいエコさんにしか出しておりません」
「だったらエコから出たとしか考えられないんじゃありませんか」
「うちのダンプが足らないものですからいろいろ頼んでおりまして、たぶんそのダンプじゃないかなと」
「いろいろというと」
「いろんなダンプです」
「エコまで持っていくよう頼んでるんでしょう」
「はい」
「どこのダンプに頼んだか書類は残っていますか」
「ええ残っております」
「それじゃあその書類を拝見させていただきたいです」
「わかりました。お約束します。あのそれで撤去なんですが、明日にも始めたいと思いますがいかがでしょうか」
「どこへ撤去されますか」
「当社まで持ち帰りまして改めて分別いたしまして適正に処分いたします」
「いいですよ、それじゃ明日撤去してください。神田さんも立ち会われますか」
「もちろんです」
「撤去計画書を出してもらえますか」
「わかりました」
神田の申し出は証拠隠滅の意図が見え見えだったが、ぐずぐずしていて撤去できなくなるよりはましだと伊刈は判断した。
翌朝からさっそく撤去工事が始まった。神田が持ってきた運搬車両はオブチの社名が大書された自社ダンプだった。ユンボは近隣のリース会社のもののようだった。作業員はよく働いた。崖からこぼれた産廃は手作業で拾い集め二時間で現場はすっかりきれいになった。調査着手から三日というスピード撤去になった。現場から証拠が消えて神田はほっと胸を撫でおろしていた。
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