七つ道具

 「潮干狩りの熊手を探してきてくれないかな。手でこう掘るやつだよ。子供のころ鮒橋ヘルスセンター前の海岸で使った覚えがあるんだ」伊刈は隣席の長嶋に向かって手振りを交えて頼んだ。

 「潮干狩りすか?」長嶋が耳を疑うように聞き返した。

 「小さな熊手だよ」伊刈は再び手招きの身振りをした。

 「なんに使うんすか?」

 「ゴミを掘るのに都合がいいと思うんだ。通恋洞のシュレッダーダストを掘って爪まで真っ黒になっちゃっただろう。ホームセンターとかにきっと売ってるよ」

 「ああそういうことすか」長嶋もようやく合点がいった。

 「通恋洞事件がどうして成功したか考えてみたんだ。ラッキーだったこともあるけど諦めずに証拠を探し出したことが成果につながったと思うんだ。ゴミを掘って掘って掘りまくり、証拠を探して探して探しまくり、撤去して撤去して撤去しまくろうよ。四人でできることはこれしかない」

 「一里の隧道を鑿の一撃から掘り始めた修行僧の心境すね」

 「まさにそうなんだ。たとえ一撃で進めるのは一寸でも百万回繰り返せばきっと山の向こうに通るよ。一手一手は地味でも積み重ねればきっとダンプ軍団を撃退できる」

 「ゴミ堀りは楽しかったですけど、そんなことでダンプ軍団に勝てるとは思えません」喜多が話に割り込んできた。

 「本課ならリモセンとかエアパトとかスマートな戦略もありかもしれないけど、うちは前線の歩兵だからね。だけど匍匐前進をなめちゃいけない。地面にはいつくばってゲリラ戦で勝ってやろう」

 「班長、それ面白いですね。熊手でダンプを撃退したら夜パトやってる本課の鼻をあかせますね」遠鐘は熊手作戦に賛成だった。

 「そのほかにもマンノ(万能鍬)とかゴミを掘るのによさそうなものがあったら頼むよ。普通のスコップじゃプラが絡まって掘れなかったからね。あと現場を封鎖するのに使えそうなロープ、マーキングに使う赤いラッカースプレーもあるといいね。それから証拠を入れておくビニール袋をとりあえず五百枚くらいほしいな。透明なのがいいな。皮手袋もあったほうがいいね。あとは…」伊刈は思いつくままに道具を並べあげた。

 「了解です。適当に見つくろって買ってきます。本課から支給された道具じゃ全然足らないってことすね」長嶋はすべてを言わせなかった。

 「不法投棄現場調査グッズなんて、そもそもないんだから自分で工夫するしかないさ」

 「おい行くぞ」長嶋は現場調査にたけた遠鐘を引き連れて事務所を飛び出した。喜多は置いてきぼりだった。

 一時間余りして二人はホームセンターのビニール袋を両手に抱えきれないほど提げて戻った。七つ道具どころか二十種類以上あった。手洗いのための水槽まで買ってきた。伊刈が欲しかった潮干狩りの熊手は頑丈な三本爪のついたプロ仕様だった。

 「どおっすか」長嶋は自分の買い物が自慢げだった。

 「さすがだなあ。コレなら頑丈だ」伊刈は子供が念願のおもちゃを手に入れたように熊手を振ってイメージトレーニングを始めた。

 遠鐘は証拠を修復するために使えそうなピンセット、大型ルーペ、特殊な糊や刷毛などを買い揃えていた。喜多もテーブルいっぱいに広げられた新品の道具をまんざらでもない顔で眺めていた。そんな監視班の浮かれた様子を他の所員が好奇の目で見守っていた。伊刈が赴任するまで不法投棄に追いまくられる一方だった落武者は、まるで信長の無敵の軍勢に加わりでもしたかのように見違えて頼もしくなっていた。買い揃えた道具を全部積み込むとXトレールの荷台は満杯だった。得物を手に入れて主戦の準備は整った。

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