闇の命令

 予期せぬことに不気味な静寂が訪れた。チームゼロの夜パトをかいくぐって犬咬市内で連日活動していた大規模不法投棄現場がまるで申し合わせたかのようにパッタリ活動を休止してしまったのだ。県下の他の地域ではなんの変化もなく犬咬市だけの異変のようだった。こんなことはかつてなかった。連続夜パトを開始した当初の数日だけを除いてこの十年来休むことなく不法投棄が続けられてきたのだ。まさに謎の沈黙だった。

 「班長はどう思われますか」長嶋も不思議そうだった。

 伊刈が理由として思い当たるのは通恋洞事件しかありえなかった。たったダンプ三台の産廃を撤去させただけだ。しかし、藍環業という超大物が関与し高峰という白馬の騎士が登場して見事な幕引きが演じられた。

 「どうしてわかったのか」高峰はしきりに伊刈に尋ねていた。シュレッダーで刻まれた産廃から足がつくはずがないと信じていたからだろう。まさかルーペまで使って鑑識まがいの調査をしたとは思わなかったのだ。高峰がほんとうに右翼の会長だとしたら役所や警察と渡り合ってきた経験から、伊刈が率いるチームの並外れた調査能力を鋭敏に嗅ぎ取ったのかもしれない。

 「やっぱり高峰ですか」長嶋も思いは同じだった。

 「栃木の親分の存在がもっと気になるよ。犬咬の不法投棄を支配する影の大物が実在するなら撤収命令を出しても不思議はないだろう」

 「暴力団の組織は流動的で一枚岩と呼べるような鉄の結束は存在しないですよ。犬咬に集まっていたダンプはどこかの組織に組み込まれているわけではなく、大半は一発屋と呼ばれてる一匹狼なんです。やつらは口コミの情報網を頼りに自分の判断で行動してます。情報はトラック無線や携帯電話を介して口から口へ伝播し、ノロシ通信みたいに数時間のタイムラグで関東一円に行き渡ります。仮に「犬咬に行くな」という指令が上から発せられたとしても十年以上も続いてきた不法投棄がそれだけで全面的に休止してしまうとは考えられません」長嶋は警察官らしい懐疑を述べた。

 「だけど現にそうなってるよ」

 「それが不思議っすよねえ」長嶋も自席で腕組みした。

 「このまま犬咬の不法投棄が沈静化に向かうとは思わない。一時的に自粛してもすぐに我慢できなくなるよ。我慢の限度はせいぜい二週間だろうな。それでやつらは戻ってくる。日銭稼ぎの連中にとってたぶんそれが限界だろう。ここで二の矢三の矢を放つことができるかどうかが勝負だ」

 「自分もそう思います」

 「やっぱりここがふんばりどきだな」伊刈はチームの気の緩みを引き締めた。

 「それはそうと、西が出てきました。一発牽制しておいたほうがよくないですか」

 「西って誰だっけ」

 「ヤマジの庄野の内縁の夫すよ」

 「ああ琴山トンネルの」

 「そうです。西が出てくるってんで弁護士が所轄に出向いたそうです」

 「なんで?」

 「JRがヤマジ相手に仮処分申請を出してるんだそうっすよ。琴山トンネル脇にヤマジが不法投棄した現場があったっすよね。産廃が線路に崩落して事故が起こる心配があるから措置せよという内容のようです」

 「JRもやるね。わかったヤマジに行ってみよう。庄野が夜の女王かもしれないって一度は疑ったからな。けじめはつけとかないとな」

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