右翼の会長
藍環業の社長が現場を見た翌朝、予想外の人物から伊刈を名指しで電話があった。
「福島で右翼の会長をしている高峰というものだが、あんたが伊刈さんかい」落ち着いた凄みのある声だった。福島訛りはなく声の張りからすると初老を過ぎていた。裏社会で会長は長老級の大物しか名乗れない。
「飯塚のゴミを調べているんだろう。その件は俺が栃木の親分から預かることになった。今回は俺の顔に免じて勘弁してくれ」
「はあ?」さすがの伊刈もすぐには意味がわからなかった。調査リストに載っているのは神奈川から静岡にかけての業者ばかりで栃木や福島は方向違いだ。思いがけない展開だった。
「あんたの言うとおりにするから、どうしたらいいか言ってくれ」
「撤去してくれればいいんですよ」伊刈はとっさの機転で撤去を求めた。
「それで勘弁してもらえるのかい」
「撤去してくれればそれ以上の追及はしませんよ」
「ほう」高峰は感銘を受けたように息をついた。「あんたさすがにわかりがいいな。よし明日撤去するからそれでいいね。朝七時にうちの若い者を現場に行かせるからあんたの思うように使ってくれ」
「場所はわかりますか?」
「わかるよ」
「それなら七時に現場でお待ちします」
事務所の定時は八時半だが伊刈は相手の流儀に逆らわなかった。
「それにしてもどうしてわかったんだ」
「何がですか?」
「まあいい。約束は守るからあんたも頼むよ」
「これ以上の追求はしないと約束しますよ」
「あんた役人らしくないな。話が早くて気に入った。いずれ挨拶に行くよ」高峰は大物らしい口振りで言うと電話を切った。
「通恋洞の現場は明日撤去されることになりました」伊刈は仙道に報告した。
「ほう、あの黒ずくめの連中が撤去することになったのか。なかなかやるな」
「いや彼らかどうかはわからないんです。昨日の今日ですからたぶんそうなんでしょう。ですが、これ以上追及しないという約束で別の人が撤去することになりました」
「別の?」仙道が意外そうな顔で伊刈を見返した。
「まあ白馬の騎士ってとこですね。撤去してくれれば誰でもありがたいですからこれ以上追求しないという交換条件で手打ちにしました」
「手打ちか、まるでヤクザ映画だな。それにしてもあんな連中と取引してほんとうに信用できるのか」
「やむをえないですね。こっちの調査も実のところねた切れだったし」
他のメンバーも伊刈に注目して聞き耳を立てていた。
「そういうわけだから調査は打ち切りだ」伊刈が振り向きざまにチームの四人に告げた。あまりの急展開に誰もが信じられない顔だった。
「何時からすか」長嶋が聞いた。
「七時からだから事務所に六時集合でいいかな」
「すごいです」喜多が手放しで驚いた。
「みんなの手柄だよ」苦労してゴミを掘った成果が出たのは誰しもうれしかった。全員がマイカー通勤だったから早朝出勤も大して苦ではなかった。
「それはそうと福島の右翼の会長で高峰って人物を特定できるかな。そいつが代理で撤去するっていうんだけど」伊刈は小声で長嶋に耳打ちした。
「聞かない名前すね。本物の右翼ならブラックリストにあるかもしれません。調べてみますよ」
「高峰は栃木の親分に頼まれたって言ってたんだけどそれも誰のことかわかるかな」
「さあそれだけじゃ難しいすねえ。栃木というと大耀会でしょうかねえ。最近の犬咬の不法投棄に栃木の組織がからんでたのは確かすよ。飯沼町でも松岡台でも去年の暮れ以降は栃木ナンバーのダンプばかり目立ちました。それと関係があるかもしれないすね」
「神奈川、静岡方面から目をそらすデマかと思ったんだけど栃木っていうのもあながちデタラメでもないのか」
「今回のヤマは神奈川の連中がやったようすけどバックに栃木がいてもおかしいことはないすよ。組織は全国につながってますからね。藍環業が不渡りを出したあと栃木の組織に買収されたって噂もありますのでね。とにかく明日のお手並みを拝見してからすね」
「本物の会長なら嘘はつかないかもしれないけど、どうして栃木の親分なんてわざわざ言ったのかかえって引っかかるよ」
「どうでしょうかねえ、あいつらは結局信用なりません」
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