シュレッダーダスト

 不法投棄にも正月休みがあるらしく三が日は平穏な日が続いた。ヤクザは一般人よりも信心深く縁起を気にする。縁日はヤクザの稼ぎ時でもある。門松も〆飾りも熊手もヤクザが作っている。正月四日を役所では御用始めと言う。不法投棄軍団にとってもこの日が仕事始めになった。

 「飯塚町の宮小路区長から通報だ。通恋洞の農道にダンプ三台分の産廃が捨て逃げされてるそうだ」四日朝のミーティングで仙道が言った。

 「それどこですか」伊刈が聞き返した。

 「扇面ヶ浦だよ」

 「そこなら場所はわかります」長嶋が言った。

 「よし全員出動だ」

 「海岸は寒いからな。正月から風邪を引かねえように気をひきしめていけよ」いつになくねぎらいの言葉を仙道がチームの背中に投げた。

 扇面ヶ浦は太平洋岸に垂直に切り立つ絶壁で東洋のドーバーと称賛される絶景だった。国道を走っているだけではこの絶景には全く気付かない。地元民にとっては景勝地というより夏の磯牡蠣の猟場としてなじみの場所だった。扇面ヶ浦の断崖の切れ目の通恋洞に河口を開く磯見川は早春賦に歌われているようなほのぼのとした小川だった。その川筋に沿って出荷を控えた花畑が広がっていた。潮風の吹きつける農道の行き止まりに産廃の黒いマウンドが見えた。ダンプ三台分百立方メートルだ。驚いたことにゴミから湯気が立ち上っていた。

 「これはシュレッダーダストですね」遠鐘が言った。

 「廃車を破砕したものだね」伊刈はダストを素手で掬い取った。「これまだ暖ったかいよ」

 「ほんとですか」喜多もダストを手にとった。シュレッダーダストはまるで胎内から出てきたばかりの卵のように暖ったかかった。破砕されてまだ間もないのだ。

 「夕べか、もしかしたら今朝切ったものかもしれませんね」遠鐘が言った。

 「破砕したてで犬咬に直行してくるなんてバカにされた感じだね。出どこはどうやって特定したらいいかな」伊刈が言った。

 「証拠になるものがあればいいんですけどムリですかね」長嶋が言った。シュレッダーで刻まれゴムくずで真っ黒になったダストから排出場所を特定できる証拠は出そうになかった。

 「ちょっと待ってください」ダストをじっと見ていた遠鐘が目の色を変え、宝物でも見つけたように手に取った紙くずに息を吹きかけながら埃をはらった。「ん~これいけるかもしれませんね」地質学専攻で学芸員の資格を持ち化石採取が趣味という遠鐘が本領を発揮するチャンスがやってきた。

 「どうなの」伊刈が真顔で遠鐘が拾った書類の切れ端を覗き込んだ。

 「たぶん読めると思います。これ以上は帰ってからやりますよ。残りの切れ端もあるといいんですけどね」遠鐘は紙くずがあった周辺からゴミを一点一点慎重に取り除き始めた。まさに露頭の化石探しだった。

 「よしダメモトで証拠を探そう。社名でも人名でも字が読めればなんでもいいよ。一点出たらそこを集中的に掘って残りを探してみよう」伊刈の号令で四人がかりの証拠収集が始まった。ダンプ三台分のゴミを手堀りするのはさすがに骨だった。ダストの中のゴムくずのせいで軍手がたちまち真っ黒になった。

 「ありました班長ありました」喜多が奇声をあげた。

 「何があったって」

 「紙くずですよ」まるで宝くじにでも当たったみたいに喜多はたかが紙切れ一枚に興奮していた。

 「班長こっちは静岡の会社が出したゴミすよ。たぶん神奈川の業者経由じゃないすかね」長嶋が額の汗を袖で拭いながら言った。早くも顔も腕もゴミでどろどろだった。

 「神奈川だったら犬咬より一原に行くはずなんだけどな」

 「一原で神奈川県警と合同捜査をやってるヤマがありますから向こうの現場が閉まってたんでこっちに回ったのかもしれませんね」

 「それで犬咬に来てみたら、こっちの穴も閉まってたんで苦し紛れにこんなとこに棄てたってことか」

 「こんな場所に手当たり次第投げられたんじゃ無差別ゲリラですね」

 難しければ難しいほど証拠探しは意外に楽しかった。ハリウッド映画の西部の砂金探しもさもありなん、四人はすっかりこのゲームの虜になってしまった。

 「こんなところでいいだろう」伊刈が号令した時にはいつの間にかもう昼時だった。円錐状だったシュレッダーダストの山は侵食が進んだ台地のように平らに崩されていた。見つけた証拠は十点に満たなかった。警察の実況見分にならって現場を背景にして証拠を一点ずつ写真に収めた。

 事務所に引き上げると直ちに証拠の整理にとりかかった。遠鐘はいつも車に積んでいるという化石採集セットを持ってきて、ピンセットとブラシを手にしてぼろぼろの書類の断片を丁寧に広げて、ルーペを使って消えかかった文字を一文字ずつ注意深く解読し始めた。まるで微化石の標本を調べているようだった。四人が協力して半日がかりで作り上げた証拠リストには中古車ディーラー、車の所有者、スクラップ業者、運送業者などさまざまな社名や人名が並んだ。

 「ルートは意外にバラバラですね」長嶋が調査結果をチャートに書き出しながら言った。

 「たったダンプ三台なんだし荷姿が一緒だから出所は一つだ。別々の委託ルートに出されたゴミが同じダンプの積荷になる可能性を考えてみればいいね。どこかでルートが交差して一つのヤードから積み出されたってことだ。そこがシュレッダー工場ならビンゴだ」伊刈のせっかくの説明を誰も聞いていなかった。そんなことはチームの三人にとっては今や釈迦に説法だった。

 翌日から完成した証拠リストに基づく電話大作戦が始まった。最初に書類の作成者や車の持ち主に電話をかけて、書類や車をいつどうやって捨てたかを聞き出す。次に書類や車を引き取った業者に、それをどこに処理委託したかを聞き出すのだ。ルートは一端枝分かれするが、やがてまた一点に集中するはずだ。それが証拠調査のロジックだ。伊刈は知らず知らずのうちに証拠調査と会計調査の二つのメソッドを開発していた。これは後日になって産廃業者診断法「アイメソッド」として結実した。

 証拠リストから特定できた委託ルートは神奈川県から静岡県にかけた広範囲なものだった。どのルートから犬咬にダンプが来たのか最初は見当もつかなかった。廃棄物が排出されてから不法投棄されるまでのルートを割り出していく作業は迷路解きに似ている。委託先が複数あれば迷路も複数に枝分かれする。相手が言い忘れた委託先があればそこから先にはいけなくなる。勘違いで無関係な業者の名前を聞いたら方向違いの袋小路に入ってしまう。迷路の中を行きつ戻りつし自分の判断を信じたり疑ったりしながら不法投棄現場に至るたった一つの出口をつきとめていく。出口は必ずある。なぜなら現場があるのだから。

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